小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 脱力したのは、ベラだけではなかった。
「まったく、何なんだよ。お前」
 ザイルもまた、どことなく疲れた表情で大きく息を吐く。投げた手斧を回収するそぶりも見せず、その場にどっかと腰を落とす。
「初めてだよ、お前みたいなやつ」
「えへへ。そう?」
「嬉しそうにするな、まったく」
「だってさ、友達ができるのは嬉しいじゃない」
「……お前、名前は」
「アランだよ」
「そっか。アランってのか」
 ザイルはぽりぽりと鼻の頭をかいた。どうしようか、思案している顔だった。アランは言う。
「ねえザイル。春風のフルートのことよりもまず、ゴースさんとお話をしてみたらどうかな」
「爺さんと……?」
「とっても心配しているみたいだったよ。それに、ゴースさんはポワンさんのことをよく知っているみたいだった。僕たちの言葉が信じられなくても、ゴースさんのことは信じられるでしょ? 話を聞いてみなよ。春風のフルートは、それからでもいいからさ」
 アランの言葉をベラは黙って聞いていた。彼女としては今すぐにでも目的の物を奪還したいだろうが、ここはアランに任せることにしたようだ。
 するとザイルは困った表情を浮かべた。
「でもよぉ、アラン。俺が聞いた話だと、妖精族はすっごい悪いことをしてるってことだったぞ? 妖精の村にしろ、妖精族の城にしろ、いっぺん引きずり出して、痛い目に遭わせなきゃ絶対に変わらないって。そのために春風のフルートを奪うんだって」
「それよ、ザイル」
 ベラが口を挟む。途端にザイルが顔をしかめるが、彼女は構わなかった。
「妖精の村はともかく、何故あなたが妖精族の城のことまで知っているの? これは妖精族だけの秘密になっているはずだけど」
「そういえば、さっきからザイル、誰かから聞いた話だって言っているね。誰から聞いたの?」
 アランも首を傾げる。口の中でもごもご言いながらザイルはそっぽを向いていた。彼が口を開くのをじっと待つ。やがてザイルは、気まずそうにつぶやいた。
「『雪の女王』様だよ」
「ゆきのじょおう?」
「その人が俺に教えてくれたんだ。妖精族がひどいことをしている、こらしめるためには春風のフルートを奪うのが一番いい方法なんだって」
「何ですって」
 ベラが気色ばむ。アランは口の中で「雪の女王……」とつぶやいた。
「じゃあその雪の女王とやらと話をさせなさい。文句を言ってやるわ」
「無茶言うなよ。あの人は、ほとんど人前に姿を現さないんだから」
「でもザイル、僕たちはやっぱり、その人ともお話しなきゃいけないと思うんだ。春風のフルートのことがあるし……もし、その人が納得してくれたら、ザイルも春風のフルート、返してくれるよね?」
「む、むーん……」
 アランの言葉に腕を組むザイル。
 そのときである。
『なりませんよ。ザイル』
 冷ややかな風とともに、声が響く。アランの背筋がぞわり、と震えた。
 次の瞬間、いくつもの雪つぶてがどこからともなく現れ、ザイルの背後に集まっていく。それらはやがて白い光を放ちながら、人の形を作っていった。
「妖精族や、それに与(くみ)する人間の言葉など聞いてはなりません」
 そう言って一歩踏み出したのは、全身を白い薄衣で覆った長身の女性だった。服だけでなく、肌まで色が抜けている。前髪で顔はほとんど隠れていて、小さく口元が見えるだけである。まるでナイフで木の表面に切れ込みを入れたような、鋭く冷たい印象を受けた。
「そやつらはお前に危害を加えようとした者たちと同類。殺してしまいなさい。あなたの積年の恨みを見せつけるのです」
「雪の女王様……」
 ザイルがつぶやく。躊躇いを見せる彼を、雪の女王は静かに見下ろした。
「私はあなたに真実を話した。妖精族は危険だと。それがわからなかったのですか」
「そ、それはもちろん。ただ、その」
「何です?」
「こいつらは、そんなに悪い奴に見えないというか」
 口ごもる。すると雪の女王は慨嘆した。
「情けない。この程度でせっかくの恨みをふいにしおって」
「待ちなさい。さっきから聞いていれば、好き勝手なことを言っているわね」
 ベラが一歩前に出た。その目には、今まで見たことがないほど強い苛立ちが浮かんでいる。
「妖精族が危険だなんて、言いがかりもいいところだわ。そんな理由で春風のフルートを奪うなんて許せない。あれは私たちだけでなく、人間たちみんなにも関わることなのよ」
「だから何だと言うのです」
 絶句するベラに、雪の女王はいかにもつまらなそうに言った。
「人間などという矮小でくだらない存在など、妖精族以上に考慮するに値しない。私にとって春風のフルートは害悪でしかない。だから奪った、それだけです」
「……あなた、一体何者なの?」
「ベラ、気をつけて。この人普通じゃない」
 アランが剣を構える。すでに全身は戦闘態勢に入っていた。ザイルを前にしたときとは明らかに違う。明確な悪意を、アランは皮膚で感じていた。チロルもまた、毛を逆立てて威嚇を始めている。
 初めて雪の女王が、忌々しそうに表情を歪めた。
「嫌な目をした子……お前がザイルをたぶらかしたのですね」
「ゆ、雪の女王様!」
 ザイルがアランたちの前に出る。その声には必死さが滲んでいた。
「教えてくれ! 春風のフルートを奪ったのは妖精族を懲らしめるためだって……でも、さっき女王様は」
「邪魔です。下がりなさい。あなたにもう用はありません」
 面倒で仕方がない、そんな感情が滲み出ている声だった。ザイルが愕然とする。
「じゃあ、じゃあ、今までのことは全部……」
「これだから人間は鬱陶しい。さっさと騙されたことを認め、消えるのです」
 否定のしようがない言葉だった。立ち尽くすザイルを無視し、雪の女王はアランたちを見下ろした。
「妖精。そして人間の子よ。春風のフルートを奪いにきたお前たちを生きて帰すわけにはいきません。――ザイルともども、凍りつくがいい」
 周囲の冷気が、一気に強まった。

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