小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 休憩所を出て、さらに歩く。
 道行く人の多くから、ヘンリー王子の腕白ぶりを嘆く声が聞こえてきた。この広い城でそれだけ名が知られるのは、ある意味凄いことなんじゃないかとアランは思う。
 ひとしきり城内を見学し満足したアランは、そろそろ戻ろうかと踵を返す。謁見の間に続く広間までたどりついたとき、ふと、まだ足を踏み入れていない区画があったことに気がついた。
 ちょうどデール王子と王妃の部屋とは反対側に位置する通路である。
 そちらへ足を向けかけて、思い直した。もうずいぶんと時間が経っている。一度戻った方がいいのではないか――そう考えたのだ。
 ところが謁見の間まで戻ってきても、玉座の前にパパスの姿はなかった。困惑して辺りを見回していると、当の国王が教えてくれた。
「入れ違いだったな。そなたの父には、我が子ヘンリーの守り役を頼んだのだ。あの武勇に加え清廉潔白でもある男が師となれば、ヘンリーの行状も少しは改善されるかと思ってな」
「そうだったんですか」
「アランといったか。わしからの頼みだ。そなたもヘンリーの友となってくれないか。あやつには不憫な思いをさせてしまっているからのう……」
 ため息をつく国王。温厚で懐の深いこの人に、ここまで心労をかけるヘンリー王子とはどんな人だろうと思った。
 国王の話では、ヘンリー王子の居室は謁見の間からほど近い場所にあるらしい。さきほどアランが足を踏み入れようとして諦めた場所だ。礼を言い、王子の部屋へと向かう。
 扉を抜け、一本道の廊下へと出る。城の外縁部分にあたるのか、窓から外の光が入っていた。北側に面しているせいで、日中にも関わらず心なしか薄暗い。
 使用人や兵士の姿が見えないがらんとした廊下に、パパスがひとり佇んでいた。珍しく思い悩んだ様子である。
「どうしたの、お父さん」
「おお。アランか」
 息子の姿を認め、パパスはほっと息をついた。ますます珍しい。「実はな」と父は切り出した。
「ヘンリー王子の守り役を陛下から仰せつかったはいいが……どうやら当のヘンリー様にひどく嫌われてしまったようでな」
「え!? お父さんが!?」
「おかげで王子の居室にも入れず、こうして廊下に立ち尽くしている有様だ。アラン、すまぬが代わりにヘンリー王子の様子を見てきてくれぬか。話ができるようになれば、なお良いのだが」
「……わかった。ちょうど僕も、王子と話がしたいと思っていたし」
「頼む。王子の部屋はこの先だ。一本道だからすぐにわかるだろう。私はここで見張りを続ける。何かあったら呼ぶのだ」
「うん」
 チロルを引き連れ、廊下を進んだ。右に折れた通路の先に、木製の扉がひっそりとあった。足元には絨毯が敷かれ、入り口の両隣に煌々と松明が灯されていたが、アランは妙な寂しさをその扉から感じた。
 人の気配がする。扉を叩いてみたが、中の人物が返事をする様子はない。何度か叩いて、ようやく「なんだよ」という声が聞こえた。
 とりあえず扉を開ける。
 部屋の内装は、王妃たちの部屋とほとんど同じだった。しかしあちこち傷があり、衣服や食べ物で室内は散らかっている。
 くだんの王子は、部屋の中央にある揺り椅子の上であぐらをかいていた。年はアランと同じくらい。深い緑の髪は綺麗に切りそろえられ、身に付けているのはデール同様、空色の服だ。着心地は良さそうなのに、持ち主の扱いが悪いのか裾が汚れてよれよれになっていた。
 身なり以上に気になるのは、彼の表情だ。眉根を寄せ、口元をひん曲げていて、まさに『ふて腐れた』という表現がぴたりと当てはまる。
「誰だ、お前」
「え、えっと」
 アランはうろたえた。すると何を思ったか、ヘンリーは次々とまくしたて始めた。
「あ、わかったぞ。お前、パパスの息子とか言う奴だな!」
「あ、うん」
「はっ。お前も父上に言われてほいほいやってきた口だな。まったく、父上がどんなことを吹き込んだか知らないが、どいつもこいつも俺のことを馬鹿にしてる!」
「いや、そんなつもりは」
「いーや! してる! 馬鹿にしてる! そんなのちょっと顔を見ればわかるさ。こいつら嫌々俺に会いにきてるんだなって。どうせお前も同じこと考えてるんだろ」
「そ、そんなことないよ!」
「どーだか。ま、その代わり俺だっていろいろやらせてもらってるけどな。俺が何かすると皆あたふたするんだ。いい気味だ」
「お城の中で聞いたけど……やっぱり良くないよ、そんなの」
 アランが言うと、ヘンリーの視線が険しくなった。彼は椅子を降り、アランの前までやってくる。向かい合うとほとんど背が変わらなかった。
「パパスも同じこと言ってた。お前も追い出してやろうか」
「追い出して……って、君がお父さんを?」
「そうだよ。偉そうなことを言うからだ。俺はあんな奴嫌いだね」
 アランは黙った。彼の変化に気づかないヘンリーは、なおもパパスの気に入らないところを列挙していく。
「――だから俺はあいつを、って、どうした、お前?」
「……るな」
「え?」
「お父さんを、馬鹿にするな!」
 怒鳴った。歯を食いしばって怒りの表情を浮かべる。今度はヘンリーがうろたえた。
 真正面からアランが睨みつけると、ヘンリーは罰が悪そうに視線を逸らした。大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着けながら静かにアランは言う。
「僕は君と話がしたいと思ったからここに来た。友達になりたいと思ったんだ」
「……へ?」
「たしかに君のことを悪く言う人は多かったけど、食堂のおばさんや王様は君のことを心配してくれていたよ。だから、きっとぜんぶ悪い人じゃないんだって思ってる」
「そんなこと」
「あるよ。僕もそう信じてる。だからこそ、もう悪口は言わないでほしい」
 ヘンリーは口を閉ざした。ちらちらと横目でアランの顔を見る。アランは目を逸らさなかった。
「……王子ってやつは」
 ぽつりと、ヘンリーは言った。
「王子ってやつはな、王様の次に偉いんだ。お前みたいな弱そうな奴と……と、友達になんてなれるか」
「またそんな」
「だから! その代わりにお前を俺の子分にしてやる! それなら文句ないだろう?」
 王子の言葉に、アランは怒りも忘れてぽかんとしてしまった。

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