小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 ぱしん、とチェーンクロスを手元に収める。わずかに遅れて、モンスターたちの姿がそろって消滅した。アランは大きく息をつく。
「すごいな……この武器」
 しげしげと先端の槍部分を見つめる。鞭と言えば相手を打ち据えるものだと思っていたが、チェーンクロスはそれだけに留まらず、相手を『切り裂く』こともできた。蛇のようにうねる軌道は敵に回避されにくいし、一度に多くの対象を巻き込むこともできる。
 何より、初めて握ったにも関わらず、まるで以前から使い込んでいたような扱いやすさがこの武器にはあった。
 アランはそれを武器の性能だと考えた。己の才能ゆえだとは露ほども考えないのが、この小さな戦士の気性であった。
 ずいぶん奥までやってきた。
 モンスターが棲みつく前は、さぞかし立派な神殿だったのだろう。見上げるほど高い天井と上下に複雑に入り組んだ通路構造、そして行く先々で目にする精緻な彫り物がその印象をさらに強くする。
 チロルがしきりに匂いをかぎ始めた。喉の奥で低く威嚇の唸り声を上げている。
 しばらく先に、詰所に似た真四角の建物があった。木製の扉があり、窓がくりぬかれている。窓の位置はそんなに高くない。アランは壁にはりついて、中の様子をうかがった。
 下卑た笑い声が聞こえてくる。
「まあ、ちょろいもんだぜ! ここにガキを連れてくればでかい金で買ってくれる。楽な商売だ」
「こいつを持っていれば、ここのモンスターにも襲われないときた。しかし、何者なんだろうなぁ、俺たちの雇い主は」
「考えても仕方ないさ。俺たちは働いて稼ぐ。ガキをさらって売りさばく。それだけよ」
「今回はすげーよなあ。王妃サマのご依頼ときたもんだ。えらーい人の考えるこたあわからんわい。ああ、おっかないおっかない。……よおよお、いくらだった? あの鼻持ちならねえサイテー女が出した金は?」
「ふひ、ふひひ……」
「だめだ。こいつ金を数えることにどっぷり浸かっちまってる。こりゃしばらく戻ってこないぜ」
「まあ、これだけあればしばらくは安泰だな。あの女からは王子を殺せとは言われていないし、攫った後どうしようとこっちの勝手。これから王子を奴らに売りさばけば、さらに金が手に入る。まったく笑いが止まらない」
「違いない。おい、また乾杯しようぜ。酒だ酒!」
 アランはそっと窓を離れた。
 今し方耳にした話を頭の中で反(はん)芻(すう)する。
「ヘンリーは、きっとこのどこかにいるんだ。でも……」
 ――今回はすげーよなあ。王妃サマのご依頼ときたもんだ。
「王妃様……? 家族の人が、ヘンリーをさらえって言ったの? どうして……」
 ――ヘンリー王子について、皆の心が必ずしも一枚岩ではないということだ。
「お父さん。僕、やっぱりわからないよ。そんなの」
 アランは唇を噛みしめた。
 だが、ひとつだけはっきりしていることがある。
 それはアランの全力をもって、何が何でも、ヘンリーを救い出さなければいけないということ。
 きっとパパスも同じことを考えているに違いない。
 アランは眦を決し、より厳しい表情で通路のさらに奥へと進んでいく。
 やがて彼らは、大きな地下水路に行き当たった。どこまでも透明な水がさらさらと流れている。水路の幅は広い。サンタローズを流れる川の三倍はありそうだった。とても歩いて渡れるものではない。
 水路は神殿の外縁を巡るように作られているようだ。水の行き先に目を凝らすと、岩盤をくり抜いた穴の先に続いていた。水路岸には舗装された細い通路がある。あいにく、その道は水路の対岸にあるため、アランの立つ場所からは向かうことができない。目の前にある道は水路に背を向け、再び神殿内部へと続いていた。
 後ろ髪を引かれる思いで歩き出す。
 すると、チロルの耳がぴくんと立った。それを見たアランも立ち止まって、意識を集中する。
 ――遠く、剣戟の音が聞こえてきた。
「チロル、急ごう」
 相棒とともに一気に駆け出す。通路沿いに走っていると、剣戟の音はどんどん大きくなってきた。
 突き当たり、大きな部屋の入り口に差し掛かったとき、ついにアランは父の後ろ姿を見た。
「お父さん!」
「む、アランか!」
 ちらと顔だけで振り返るパパス。彼は剣を構えていた。眼前にはおびただしい数のモンスターがひしめいている。パパスは、たったひとりでこの群れに立ち向かっていたのだ。
 多少の数の不利は問題にしないパパスでも、さすがに分が悪い。特に頭上にいるモンスターには手が回らない状態だった。
「チロル、お父さんの力になってあげて。僕は他のモンスターを倒す!」
「がるるっ!」
 相棒がパパスの側に駆け寄る姿を見届けると、呪文を唱えた。
 風の呪文、バギ。
 上にいた『ダークアイ』たちが風の刃を受けて攻撃の手を緩める。その隙にアランはチェーンクロスを振りかぶった。気合一閃、ダークアイの群れをまとめてなぎ倒す。
 さらにパパスの背後から近づこうとした『がいこつへい』には、銅の剣の一突きで吹き飛ばした。
 二人分の戦力を得たパパスはここぞとばかり攻勢をかけ、ついにモンスターの群れを退けることに成功したのである。

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