小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 周囲を見回し、敵モンスターが全滅したことを確認する。ようやくアランは肩の力を抜いた。
 パパスに呼ばれ、振り返る。戦士の顔付きながら、目元をわずかに緩ませた父の姿があった。
「よくぞ追いついてきた。偉いぞ、アラン」
「ごめん、遅くなっちゃって……」
「構わぬ。お前が覚悟を決め、自分の足で歩いてくるまでに要した時間だ。その上無事にここまで来られたのだ、誰にも文句は言わせぬよ。胸を張れ、アラン」
 パパスはアランに回復魔法をかけると、まだ呪文の温もりが残る手でアランの頭を何度も撫でた。
「強くなったな。本当に強くなった。今日このときほど、私は親として誇りに思ったことはない。そして……お前を敢えて危険な環境に残した、この父を許して欲しい」
「お父さん……」
 思わず目頭が熱くなって、アランはうつむいた。ごしごしごし、と腕で目元を拭い、さらにもう一度、ぐいっ、と拳で涙を払った。
「まだ、胸ははれないよ。ヘンリーがつかまっているんだ。助けないと。ぜったいに!」
「うむ。その言葉、お前の口から聞けて私は嬉しいぞ」
 パパスは後ろを振り返る。モンスターの群れがいたのは石造りの祭壇と言えるような場所で、その先には奥へと続く通路がある。さきほどパパスが見つけた祭壇の仕掛けにより現れたものだ。
「おそらくこの先に、ヘンリー王子が囚われている。アラン、お前が先に行くのだ」
「え?」
「私はお前の背を守ろう。後ろは父に任せ、お前はただ前を見据えて進むのだ。もうお前は私の力がなくともここのモンスターと十分に渡り合えるだけの力を持っている」
 父の言葉に、アランは唇を引き締めて頷いた。
 パパスという力強い同行者を加えたアランは、これまで以上に早足で神殿のさらなる奥を目指す。
 現れた通路を先に進むと、再びあの水路が見えてきた。水際に申し訳程度の船着き場が造られていて、そこに一床(しよう)の筏(いかだ)が係留されていた。
 パパスもまた、この水路の先が怪しいと睨んでいたようだ。「よし」と満足気にうなずいていた。筏があれば、水路の先まで辿り着くことができる。
 慣れた手つきで係留を解き、備え付けられていた櫂(かい)で水上を進む。流れが非常に緩やかな分、粗末な筏でも十分渡ることができた。
 水上から、あの大きく開いた穴の先を目指す。
 穴をくぐると辺りは一気に暗く、湿っぽくなった。岸壁に松明が設えられていたが、神殿内部のような荘厳な空気はない。ただただ寒々しい。
「む……!」
 パパスが何かを見つける。目を凝らすと、薄暗闇の中にいくつもの牢が並んでいるのがわかった。急ぎ、筏をつける。
 目的の人物は、そこにいた。
「ヘンリー王子!」
「ヘンリー!」
 親子の声を聞き、牢の奥で縮こまっていたヘンリーが顔を上げる。泣いていたのか、目が赤くなっていることが乏しい灯りの中でもわかった。
 アランは牢に取り付く。とたん、水気を含んだサビがべったりと両手についた。牢の扉は施錠されている上に複雑で、アランのカギの技法を用いてもまったく歯が立たなかった。
「アラン、私に任せるのだ」
 パパスは言うなり、鉄格子を掴む。直後、彼の体が一回りほど大きくなったように見えた。全身にあらん限りの力を込め、カギのかかった鉄格子をこじ開けようとする。
「ぬ、おおおおおおおっ!」
 雄叫びと同時に鉄格子がひしゃげた。役に立たなくなったそれを放り投げ、パパスはヘンリーの元へと駆け寄る。アランも後から付いて牢の中に入る。
「王子!」
「……!」
 ヘンリーは一瞬、嬉しそうに顔をほころばせたが、しかしすぐに顔を背けた。全身を恐怖と寒さで振るわせながら、虫の鳴くような声で彼は言った。
「ふん。ずいぶん助けに来るのが遅かったじゃないか。しかもお前たち二人だけで」
「申し訳ありませぬ。国家の一大事ゆえ、堅攻よりも拙速を重視しました」
「国家? 一大事? 笑わせるなよ」
 ヘンリーは笑みを浮かべた。その表情の痛々しさにアランは眉をしかめた。
「俺だって、自分がやってきたことぐらいわかっているさ。いろんな奴が俺を嫌っているってこともな。だからこうして攫われたんだ」
「王子……」
「戻ったって一緒さ。何にも変わりはしない。ずっとここで考えて、よくわかったよ。自分の立場ってヤツが。……王位は弟のデールが継ぐ。その方が国にとっても、みんなにとってもいい。俺はいないほうがいいんだ」
 誰とも目を合わさないヘンリー。我慢しきれなくなってアランが口を開こうとした、そのとき――
 パパスの張り手が、鋭くヘンリーの頬をはたいた。
「なっ……! パパス、きさま!」
「いい加減にしないか、王子! あなたは、お父上のお気持ちを考えたことがあるのか!?」
 一喝。ヘンリーは押し黙った。唇を噛んでいる。瞳が再び充血し、目尻に涙が溢れてきた。ヘンリーの顔をこちらに向けさせ、パパスは一語一語、噛んで含めるように言った。
「あなたは、決していらない子ではない。あなたの父上は、あなたをとても大事に思っている。アランも、そして私もそうだ。だからこそ今、ここにいる」
「…………」
「今はまだわからぬやもしれぬ。だが生きよ。あなたはまだ、いくらでも、何度でも希望を持ってよいのだ。決して、いなくなってよい命ではない!」
 静寂が降りた。すん、すん……とすすり泣き始めたヘンリーの前からパパスは下がる。
「アラン。王子を頼む」
「……はい」
 ヘンリーの手を取り、パパスとともに牢を出る。
 その直後、通路の奥からモンスターが現れた。一体、二体……さらに増えていく。「気づかれたか」とパパスはつぶやき、剣を抜き放った。
「行け、アラン! 王子を連れて逃げるのだ! ここは私が食い止める!」
「お父さん!」
「パパス!」
「私は大丈夫だ。さあ、早く行け!」
 震えだしたヘンリーの肩を強く抱き、アランはぎゅっと目をつぶった。大きく深呼吸をして、覚悟を決める。
 覚束ない足取りのヘンリーを半ば抱えるようにして、アランは筏に飛び乗った。次第に小さくなる父の姿を横目で捉えながら、アランは必死に櫂を操り、その場を脱出した。

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