小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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「よーし、今日はここまで。各自さっさと部屋に戻れ!」
 一日の労働終了が告げられるのは、日も暮れかけた頃である。
 疲れ切った奴隷たちは競うように――といっても疲労の余りその足取りは覚束ないものだが――自分たちに割り当てられた部屋へと戻る。
 アランもまた、ヘンリーとともに自分の寝床へ向かった。地下へ降り、作業現場を横目にして奥にある入り口から、舗装もされていない粗末な洞窟へと入る。蜘蛛の巣のように入り組んだ道の先に、その部屋はあった。
 単に岩盤をくり抜いて作った空間――そう評した方がいいかもしれない。
 空気穴は確保されているものの、十数人が雑魚寝する地面には藁が乱雑に敷いてあるだけだし、便所代わりの壺も寝床のすぐ脇に無造作に置かれている。基本的に男女同室で、病人や特に若い娘などは奥に作られている別室で休むこととなっていた。別室といっても、遮るのは薄汚い布一枚でしかない。
 もっとも、穴蔵のような場所で日々を生き残るのに精一杯な自分たちに、男女で間違いを起こすだけの余裕も空間もない。アランにその気がないのならなおさらだ。
 ヘンリーなどは年相応に『そちらのこと』にも興味があるようで、時々年長者から『体験談』を聞いていたようだ。アランも何度か同席したことがあるが、ひどく厳粛な気持ちになる以外にこれといって感慨を抱くことはなかった。
「お前、若々しいのは体だけってのは悲しいぜ?」とはヘンリーの弁である。もっとも彼は、この奴隷生活の中でことに及ぼうという気はないらしい。ここじゃ自分も相手も不幸になる、というのが彼が信念だそうだ。アランもそれには同意できた。
 とにかく自分にできるのは、少しでも体を鍛え、自分の力の続く限り周囲を支え、体力を蓄え、やがては脱出する機会を窺うのみである――と、アランは考えていた。
 鍵付の扉をくぐり部屋の中に入る。ひとときの休息だ。自分の寝床に腰を下ろし、アランは就寝前の柔軟を始める。こうすると疲れが残りにくくなるということを、ここに来て教わった。
「ヘンリーも体を解(ほぐ)しておかないと、また明日がつらいよ。……ヘンリー?」
 顔を上げる。いつもなら真っ先に寝床に倒れ込んで寝息を立てる彼が、今日に限ってはそわそわしていた。自分の寝床に戻らず、奥に続く間仕切りの布の前で様子を見ている。
 アランは彼の側に立った。
「どうしたのさ」
「いや。別に、何でも?」
 誤魔化しているなとすぐにアランは気づく。伊達に十年も親友として付き合っていない。
 間仕切りの先は病人と若い女性がいる区画だ。アランは横目でヘンリーを見た。
「ここにいる間は自重するのが信念じゃなかった?」
「ばかやろ、当たり前だろが! これはその、新入りにひとつ挨拶でもしてやろうかなあ、何てよ。俺たちこの部屋じゃかなり年季の入った人間じゃんか。だから」
「新入り?」
「気づいてなかったのか? 昨日からここで寝泊まりを始めた女の子だよ」
 アランは首を傾げる。確か昨日は特別忙しくて、朝晩なしにあっちこっちで働いていたため、帰るとすぐに寝入ったことまでしか覚えていない。
 と、日中に監視人から聞いた話が脳裏に蘇る。
「もしかして、マリアって名前?」
「何で知ってんだ!?」
「ちょっとね。今日、そういう話を人づてに聞いたんだ」
 苦笑すると、ヘンリーは何やらもじもじし始めた。
「でもよお、話ができる時間なんて限られているし、かといって堂々とこの布の向こうに行くのもなあ。何だかがっついているみたいで気が引けるんだよ」
「じゃあ一緒に行こうよ。挨拶するんでしょ? 別に何も悪いことないじゃないか。……すみません、アランです。今、入ってもいいですか?」
 アランは布越しに声を掛けた。返事がきたことを確認して、布をめくる。
「ほら、ヘンリー。行くよ」
「……ときどきお前がもの凄い奴に見えて仕方ないぜ」
 首を傾げる。「何でもない」とつぶやいたヘンリーは、大人しくついてきた。
 仕切り布の奥は細く短い通路があって、その先に小振りな部屋がひとつある。数人が横になっていたが、アランたちが入ると笑みを浮かべて迎えてくれた。
 部屋を見渡す。すると、壁際に見知らぬ女性がひとり、編み物をしているのが見えた。脇にはこの部屋の取り仕切り役をしている年配の女性がついている。
 編み物をしていた女性が、気配に気づいて顔を上げた。
 美しい瞳と相対する。
「あなたは……」
「彼はアラン。その脇にいるのがヘンリーだよ。まだ若いが、ここじゃ一番の古株だね」
 年配の女性が答える。「そうでしたか」と女性――マリアは微笑んだ。
 着ているものはみすぼらしい奴隷服だ。埃をかぶっている。だが、そうであってもなお美しく輝く黄金色の髪に、華奢で日焼け知らずの滑らかな手足が深窓の令嬢を思わせる。眉目も整っていて、まるで教会の女神像のような神々しさを秘めていた。
 アランは目を丸くして、思わず声を失う。脇腹をヘンリーに小突かれた。彼はどことなくぎこちない口調で言う。
「あー、俺がヘンリーだ。お互い大変だろうけど、頑張ろうぜ。何か困った事があったら遠慮なく言ってくれよ。さっきも話に出たけど、こう見えて奴隷生活は長くやってるから、ここのことにはずいぶん詳しいんだ。な? アラン」
「あ、うん。そうだね。ヘンリーの言う通りだよ」
 我に返ったアランは言う。これだけ美しい娘が、どうしてこんな場所にいるのだろう。そんな疑問を覚えながら、できるだけ穏やかに伝えた。
「大変だけど、希望はあるよ。だから諦めずに一緒に乗り越えよう」
「……はい。お二人とも、ありがとうございます」
 マリアは華が咲いたように笑むと、深々と頭を下げた。彼女の姿を慈しみの目で見つめていた年配の女性は、気の毒そうにアランたちに言った。
「マリアちゃんはね、もともと光の教団の信者だったのにここに連れて来られちゃったのよ。何でも教祖様の大事なお皿を割ってしまったとかで……。その程度のことでこんないい子が奴隷にされるなんて、あたしゃ辛くて辛くて」
「いいんです、おかみさん。ありがとう」
 マリアは年配の女性の手に自らの掌を重ねる。それからアランたちに向き直る。
「私がいけなかったんです。最近、教祖様のお考えについていけないところがあったから……。それに、今までこんなに大勢の方々が教団のために奴隷にされていたなんて、私、全然知りませんでした。それがとても恥ずかしい」
「何を言っているんだい。マリアちゃんは悪くないよ! ねえ、あんたたち!」
「そうさ! マリアさんは悪くない!」
 ヘンリーが勢い込んで同意する。
 親友の様子を微笑みながら見たアランは、ひとつだけマリアに確認を取った。
「ちょっと、いいかな? マリアさんは、どうやってここに連れて来られたの?」
「……すみません。よく、覚えていないんです。奴隷として働くようにと言われた後は、気づいたらここに……」
「そうか。わかった。ごめんねマリアさん、変なこと聞いて」
「いえ。それに私のことはマリアで結構ですよ。アランさん。それから、ヘンリーさんも」
「え!? マジ!?」
「はい。お二人とも、これからよろしくお願いしますね」
 微笑むマリアの前で、ヘンリーは大げさに喜んでいた。

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