小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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「いやあ。やっぱキレイだよなあマリアは」
「嬉しそうだね、ヘンリー」
 寝床に横になりながらアランは苦笑した。親友は興奮冷めやらない様子で喋り続けている。
 結局あの後しばらく、アランたちはマリアとの談笑に興じていた。そのとき抱いたマリアの印象は、とにかく淑やかで包容力のある女性だというものだった。
 ヘンリーが熱を上げるのも、大いにうなずける。
「こう言っちゃあ失礼だけどよ、あの人は絶対こんなところにいていい人じゃないぜ。王城にだって、あんなに綺麗で清楚は人はいなかったぞ」
「そっか。さすがにあの悪い癖はもう直っているみたいだね」
「悪い……? あ、アランお前、あのいたずらのこと言っているのかよ!?」
「はは。前に言ってたじゃないか。ヘンリーは気に入った相手ほどイタズラしたくなるって」
「そりゃ、言ったけどよ。何年前の話だ、それ。もう俺はそこまでガキじゃねえぞ」
「そう? 実を言うと、マリアにいたずらしないかってハラハラしてたんだ」
「あのな。……ま、真面目な話、マリアはここにいるべき人間じゃないよな」
 部屋の奥、間仕切りの布をヘンリーは見つめる。彼は表情が引き締め、つぶやいた。
「せめて、彼女だけでも助けられないかな」
「……すぐには難しいかもしれない。彼女がどうやってここまで来たかわかれば、突破口はあると思ったんだけど」
「やっぱり彼女もモンスターに連れて来られた口かな」
「たぶん。今僕たちにできるのは、彼女が無事に生き延びられるよう守ることだと思う。今まで以上にきつくなるけど、ヘンリー、構わないよね?」
「誰にもの言ってる。当たり前だろうが。むしろ、マリアを救うためならどんな労働だってへっちゃらだぜ」
「頼もしいね」
 アランは笑った。するとヘンリーは小声でアランに言った。
「……だからよ、できればその……彼女のことは俺に任せて欲しいんだ。俺の力で、彼女の手助けがしたい」
「それは構わないけど……なにかあるの?」
「まあほら、そこは男の意地っていうか、なんていうか。アランが絡むと皆お前ばっかり見るじゃんか」
「そんなことないよ」
「少しは自覚しろ。……さっきもマリア、お前の方によく目が行ってたみたいだし。今回は俺、お前に負けるわけにはいかないんだ」
「勝ち負けとかそんなの関係ないと思うけど……ヘンリー、君の心配していることはわかったよ」
 肩に手を置く。励ますようにぐっと力を入れた。
「僕は君の良いところをたくさん知ってる。だからきっと大丈夫さ。必ず、君とマリアさんは上手く行くよ。だから君は君の力で、彼女を守るんだ」
「アラン……」
 ヘンリーは声を詰まらせ、慌てて寝床に横になった。
「お前、十年前からちっとも変わってないのな。羨ましいぜ。俺も見習わなきゃな」
 こういう言葉を素直に口にできるあたり、ヘンリーは十年前から大きく成長した。アランに言わせれば、それこそ羨ましいことだと思う。
 しばらく他愛のない談笑に興じ、周囲が一人二人と寝入った頃になると、二人もまた束の間の眠りに入った。


 それから数日後。
 ヘンリーは自身の言葉通り、何かにつけてマリアを手助けするようになった。初めは遠慮がちだった彼女も、ヘンリーの陽気さ、押しの強さに徐々に慣れていき、今では二人並んで笑顔で歩いている姿も見かけた。
 奴隷に与えられた時間は短い。そのわずかな時間を惜しむように言葉を交わす二人に、アランは目を細めていた。
「アニキ、何か良いことでもあったんですか?」
 ――いつものように岩を運んでいる最中、ふと、隣の髭男から声をかけられた。
「なんか、笑っていられることが多くなったような」
「僕の友達が、自分の幸せを見つけたことが嬉しいんだよ」
「はあ……。あ、ヘンリーアニキとマリアさんですね? 確かにあの二人、いつも一緒にいますね。楽しそうだ。マリアさん、奴隷服着ててもすごい美人だし、ヘンリーアニキも格好いいし、やっぱお似合いなんでしょうねえ」
「君もそう思うかい?」
「ええ、まあ。でもアニキはいいんですかい、親友が女作っちゃって」
「どうして? 良いことじゃないか」
「……心からそう言えてるところがアニキのすごいところです。知ってます? アニキはヘンリーアニキ以上にモテモテなんですよ? ここで働く若い女は、みーんなアニキを狙っているって噂があるぐらいで」
「それはさすがに言い過ぎだろう。あくまで噂じゃないか」
「そうですかねえ。アニキがその気になれば、そこらの女どもなんてイチコロだと思うんですが。ほら、あそこの水くみの女の子だって、アニキの方見てますよ」
「好意はとても嬉しいけど、たぶん、僕は誰かとそういう関係にはならないよ」
 どうして? と目で聞いてくる髭男に、アランはどこか遠い目をした。
「……僕には、やらなければならないことがあるからね」
 聞こえるか聞こえないかの、小さなつぶやき。
 髭男はアランの様子に気づいたのか、それ以上何も尋ねてはこなかった。
 二人並んで岩を運び続ける。と、そのとき――
 鞭の振われる音とともに、聞き慣れた声が遠くから聞こえてきた。

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