小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 その後、アランは少々遅い昼食を摂った。マリアも厨房に立った料理は、質素ながら懐かしい味がして、アランは思わず大きく息を吐いた。天井を向いて「おいしい」と感嘆の声を上げたのは、マリアたちに涙を見せないためだった。
 もうしばらく休むようにと言われたが、アランはやんわりと断った。
「ちょっと外の空気を吸ってきます」
 そう言って、アランは修道院を出た。
 降り注ぐ陽光。とても天気が良い。ここに吹く海風は柔らかいから、ただ歩くだけでも心が洗われるようだった。サンタローズで春を迎えたときのように、全身が安らぎに包まれる。
 ――ああ。外の世界はこんなにも素晴らしい。
 目を細め、修道院の庭から水平線を望んだ。潮騒の音がささやかに、規則正しく耳を打つ。アランは深呼吸した。一度息を吸う度に、心の中に活力が湧いてくるように思えた。
「……うん。もう大丈夫」
 つぶやく。アランの意志は固まった。
 この修道院はとても居心地が良い。優しく、穏やかで、涙が出るほどあたたかだ。
 だからこそ、アランは一歩を踏み出さなければならない。あの老シスターが教えてくれたように、この先の道はアラン自身が決め、アラン自身の足で歩き出さなければならない。
 アランの求めるものは、この広い世界のどこかにあるのだから。
 ふと、名前を呼ばれる。
 振り返ると、近くの木柵の上にヘンリーが腰掛けていた。彼の方は相変わらず継ぎ接ぎの多い奴隷服姿だったが、綺麗に洗濯されていくぶん小綺麗になっていた。風呂に入って泥を落とした彼の爽やかな笑顔が光る。
「よっ。もう具合はいいのか?」
「ああ。心配かけてごめん」
「謝るなって。俺の方が、樽の中じゃ役立たずだったんだから。謝るのは俺だっつーの」
 軽い口調で言う。言葉だけ取れば謝罪の気持ちがあるのかどうか怪しいが、それがヘンリーという人間なのだとアランは知っている。
 軽い身のこなしで柵から降りる。アランの前まで来た。
「さて、と……そろそろ出るのか?」
「うん。でもヘンリー。君はやっぱり」
「ああ、言うな言うな。どうせマリアから話を聞いたんだろ? 彼女の言った通りだよ。俺はお前の手助けがしたい。マリアを迎えに行くのは、それからだ」
「また格好つけて……」
「な、何だよ。悪いかよ」
 狼狽えるヘンリーにアランは苦笑し、首を横に振った。
「ありがとう。君がいれば心強い」
 二人で拳を軽く当てる。親愛の証だった。
「じゃあさっさと出発するか。当座に必要なもんはこっちで揃えておいたから、取ってくるわ。ついでに世話になった皆にも声をかけてくる」
 そう言うとヘンリーは修道院に走った。しばらくして、中からぞろぞろと人が出てくる。意外な人数の多さにアランは少し面食らった。
「行かれるのですね」
 この修道院の院長を務める女性が静かに告げた。アランはうなずく。
「大変、お世話になりました」
「迷える子羊に救いの手を差し伸べるのは当然のこと。ですが、あなたは自分で光り輝く力を持っている。この先、幾多の困難が待ち受けているでしょう。旅に疲れたときは、いつでもここを訪れなさい」
「はい」
「うぅー。おにいちゃん、もう行っちゃうの? せっかく遊んでもらえると思ったのに!」
 シスターの隣で小さな女の子が頬を膨らませた。アランに服を仕立ててくれたあの女性の娘である。アランは苦笑した。
「ごめんね。でも、きっとまた一緒に遊ぼう。ね?」
「きっとだよ。約束だよ?」
 アランはうなずいた。女の子はにぱっと笑った。
 一通り住人たちとの激励の挨拶が終わった後、最後にマリアがアランとヘンリーの前に来た。その細く美しい手で、二人の手を包む。
「お二人とも。どうかお気を付けて。ご無事をずっと祈っております」
「ありがとう、マリア」
「マリアのお祈りがあれば、そうそう死にはしないさ。俺が保障する」
 ヘンリーの軽口にマリアは笑った。奴隷のときから微笑みを絶やさなかった彼女だが、今は表情からぎこちなさが消え、その笑みからは彼女が持っている深い慈愛の心が溢れていた。
「アランさん、ヘンリーさん。これを。兄が持たせてくれたお金です。私が持っていても仕方ありません。どうか、お二人で役立ててください」
 袋を受け取る。ずっしりと重かった。これならば当面、金銭面で困ることはないだろう。アランは再び礼を言った。
 ふと、ヘンリーが彼女の手を握る。
「マリア」
「はい」
「待っててくれ。必ず、君を迎えに来る」
「……はい」
 小さな声ながらも、はっきりとうなずくマリア。アランは微笑み、親友たちから少しだけ距離を取った。シスターたちに向き直る。
「では、そろそろ行きます」
「ええ」
「ここから北に向かえば、オラクルベリーという大きな街に出ます。とても賑やかなところと聞いています。まずはそこを目指されるのが良いでしょう」
 シスターの一人が助言してくれた。人捜しをするアランにとってはとても有り難い情報である。
「アラン」
 マリアと言葉を交わし終えたヘンリーが声をかける。背嚢を肩にかけ、アランは修道院の人々に深く頭を下げた。
「ありがとうございました。僕たちは行きます。皆さんのことは、決して忘れません」
「あなたたちの行く道に、神のご加護がありますように……」
 修道院長が静かに祈りの言葉を捧げた。
 いつまでも手を振ってくれる彼女らを背に、アランとヘンリーは広大な内陸地へと歩き出した。

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交響組曲「ドラゴンクエストV」天空の花嫁
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