小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 老シスターと別れたのち、アランはしばらく修道院の中を散策した。
 人も少なく、静かな佇まいだが、意外に建物は大きい。アランが寝ていた部屋の他にも客室が設けられ、食堂や講堂も備え付けられていた。特別な貴賓を迎える際の部屋まで造られているという。
 今でこそこのような状況だが、かつては海を見守る由緒正しき教会だった、という話を、ここに住む女性から聞いた。その女性は、何でも乱暴者の夫から子どもとともに逃げてきたそうで、アランの衣服を用立てたのも彼女であった。
「あんたみたいな男前が着てくれてよかったよ」と朗らかに笑う姿からは、とても苦境を味わってきた人間には見えなかった。
 もの珍しさと解放感でゆったりと歩いていたアランは、ふと、まだ顔を合わせていない仲間のことを思い起こした。
「そういえば、ヘンリーとマリアはどこにいるのだろう?」
 シスターの話では、アランたちがここに辿り着いてから今日で三日目だという。ヘンリーとマリアは一晩休んで英気を取り戻すと、積極的に修道院の手伝いを買って出たそうだ。その間自分はずっと眠り込んでいたということになる。申し訳なさを感じ、アランは彼らの姿を探した。
 マリアの姿は比較的すぐに見つかった。彼女は二階にある書斎で聖書と向き合っていた。アランの姿を認めると、聖書をしまうことも忘れて立ち上がる。
「アランさん! ああ、よかった……! お元気そうで……。ここに着いてすぐ、死んだように眠ってしまったから、どうなることかと」
「心配かけてごめんね。マリア、君こそ体はいいのかい?」
「はい。アランさんやヘンリーさんのおかげで、このとおりです」
 胸元に手を置き、彼女は微笑んだ。その姿は奴隷だった頃とはがらりと変わっていた。
 ここに住むシスターのお下がりなのだろう。清潔感のある落ち着いた色合いの修道服に身を包み、体も綺麗に清めている。そうすると彼女が持つ白磁の肌がさらにきめ細やかな輝きを放って見えた。
 ヘンリーの言葉を待つまでもなく、彼女は美しかった。加えて、まるで生まれてからずっと修道服を着こんでいたかのように、シスターの格好は彼女にしっくりと馴染んでいた。
 アランは素直に称賛した。
「よく似合っている。綺麗だよ、マリア」
「あ、ありがとうございます……」
 まさかそのような声をかけられるとは思っても見なかったのだろう。マリアの顔が真っ赤に染まった。その反応にアランは微笑む。
 マリアの傍らにいたシスターが言った。
「アランさん、でしたね。あなたはこのマリアさんと一緒に樽に乗って、奴隷生活を逃れてきたとのこと。このようなことを言うのは不謹慎ですが、あなたがたが無事で本当に良かったですわ。特にマリアさん。彼女と話せば話すほど、マリアさんの心の美しさが伝わってきます。彼女こそ、シスターとなるために生まれてきたような方ですわ」
「そんな……私なんて」
 マリアは恐縮していた。その表情が、ふと曇る。
「ただ、こうして神に祈りを捧げる生活をしていると、どうしても考えてしまうのです。教団の教えを広めるために、何百人、何千人もの奴隷の人たちを虐げ、犠牲にする――それは、どうみても間違っていることだと」
「うん……そうだね」
「アランさん、聞いてくれますか」
 マリアの瞳に真摯な光が宿った。
「こうして生きていること、これは神の思し召しなのだと思います。ただ……あの大神殿で今もなお働き続けている奴隷の人たち、そして兄のことを考えると、それを心から喜ぶことはできません……。ですから私は、彼らのためにここで祈りを捧げることにしたのです。それが、私に与えられた使命だと思うのです」
「……そうか」
 アランはつぶやいた。
 マリアの決意は固い。彼女の表情を見ればそれは一目瞭然だ。ただ、そうなるとヘンリーはどうするのだろう。ここで彼女と一生を添い遂げるのだろうか。
 それもいいように思えた。
 十年、苦楽を共にしてきた親友と別れるのは寂しいが、もうヘンリーは十分に頑張ってきたのだ。ここで愛する人と平穏に、幸せに暮らしていくべきだろう。
 自分についてくれば、待っているのはさらなる苦難かもしれないのだ――
「ふふ……」
 なぜか、マリアが笑った。アランの考えをすべて見通しているかのように、彼女は穏やかに言った。
「ヘンリーさんには、もうこのお話はしました。私はここに残りますと」
「……彼は、何て?」
「笑っておられました。いつもの調子で、『元気でいろよ』って言ってくださいました」
「え!?」
 驚いた。それではまるで、マリアに別れを言っているようではないか。
「本当に、ヘンリーはそんなことを? どうして」
「『俺にはまだ、支えてやらなきゃならない奴がいる』……そうおっしゃっていました。アランさん、旅に出られるのでしょう?」
 唐突な問いかけに、アランは口ごもった。ややあって、「うん」とうなずく。
「僕にはやらなければならないことがあるんだ。父さんのために。母さんのために」
「ヘンリーさんは、あなたのことをよく理解されているのですよ。きっとひとりで無茶をしようとしている、だから俺が助けるんだって」
「……まったくヘンリーは……。でもマリア、君はそれでいいのかい? その、ヘンリーと一緒にいなくて」
「これが今生の別れというわけではありませんし……そ、それに」
 なぜか、再びマリアは顔を赤らめ身をよじった。
「い、いつか必ずお前を迎えに来る、そのときはずっと一緒にいてくれないかと、ヘンリーさんが……」
「なるほど、ね。ははっ、よくわかったよ」
 何てことはない、実に彼らしいではないか。
 きっとヘンリーは、逃げた奴隷としてではなく、きちんと身を立ててからマリアと添い遂げたいと考えているのだ。こういう見栄っ張りなところは、子どもの頃から変わっていないのだなとアランは思った。
「うん。必ず、ヘンリーを君の所に届ける。約束するよ」
「アランさん、あの」
「ん?」
「私……祈っていますから。あなたに、大いなる神のご加護と幸せな未来が訪れるように、と。だからどうか、無茶だけはしないでください。生きて、再びそのお顔を見せてください。どうか」
「わかった。ありがとう、マリア」
 アランが言うと、マリアはほっとしたように微笑んだ。

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