小説『ある死神の憂鬱な日々』
作者:睡眠()

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〜第一話 就任式は憂鬱の元〜


『仲野宮副隊長!』

「…………」

 隊舎の奥からの呼び声に目を覚ますと、僕は眠そうに目を擦った。頭が未だに覚醒していないのか、周りの物が全てボヤけて見える。

 大きな欠伸をすると、睡魔の誘惑に負けた僕は、再び布団を頭から被り、寝ようとする。

「仲野宮副隊長! もう起きてください!」

 しかし、完全に意識が長期旅行に出かける前に、突然僕の布団は剥がされた。

 冬の肌寒さが僕を刺激し、思わず身震いをしてしまう。

伊勢(いせ)ちゃん……少しは優しく起こしてはくれないの?」

「隊長格揃って同じセリフを言わないでください。起床時間はとっくに過ぎていますよ」

 思わず、僕は目の前でキリッと眼鏡を繰り上げた八番隊第三席の伊勢七緒(ななお)さんを、恨めしそうに睨んでしまった。

 連日連夜あのサボりの帝王とも言えるうちの隊長が仕事をしない所為で、僕の寝不足も腹痛も二百年も前に限界を超えている。目の下には常に隈が出来てしまっている。

 「はぁ……」と深いタメ息を吐くと、そのまま立ち上がり、枕元に置いてあった死覇装を手に取った。

「着替えるから、とりあえず部屋を出て行ってくれないかな? 君が居たんじゃ落ち着いて着替えることもできないよ」

 背中越しから彼女がこの部屋から出るのを聞くと、ダラダラと寝巻きを脱ぎ、真っ黒の着物へと着替え始める。

 この毎日の習慣もこれまで何回繰り返したことか……。

「それにしても、霊術院の時の夢を見るなんて……お陰であの馬鹿を思い出しちゃったじゃないか」

 まるで現実に起こったかのように、まだ鮮明に覚えている。頭が蹴られる感触、アイツを殴る時の感触、そして、アイツとの口喧嘩。

 どれもまるで実際に昨日起こったみたいに、とても現実染みた感覚があった。

 昔の夢を見るなんて……爺でもないんだから。

 自分で自分に呆れながらも、僕は着替えを終え、いつもの赤いニット帽を被り、部屋を出る。

「やぁ荒葉君。また目の下に隈が出来てるけど、あまり無茶はしちゃ駄目だよ?」

「誰の所為かと思ってるんですか。貴方が仕事しない所為でこちらが苦労してるんですから」

 直ぐ外には、派手な着物を隊首羽織の上から羽織り、大きな笠を被ったとても怪しそうな人物が立っていた。

 だが、この前の前の人物は一応は八番隊隊長、つまり僕の上司である。こんなふざけた人が隊長になれるのか実際のところかなり疑問だけど。

 八番隊隊長の京楽(きょうらく)春水(しゅんすい)。実に何百年と隊長を続けている、経験・実力共に護廷十三隊ではトップレベルの――信じられないけど――かなり『凄い』死神だ。

 しかし、卒業生の中で初の隊長ということもあって、霊術院ではかなり美化されているけど、実際はただの仕事しない女好きのオッサンだ。

 無論、実力は申し分ない。おそらく現時点では京楽(きょうらく)隊長と更木(ざらき)十一番隊隊長、朽木(くちき)六番隊隊長に山本やまもと総隊長が実質的にはトップだろう。

 でも、実力と事務仕事の練度は話が違う。

 実際には僕に全て押し付け、自分はどこかフラフラと散歩しに行ったり黄昏ていたりする。

 また今日もそんな仕事を押し付けるんだろうと、僕は深いタメ息を吐いた。

「書類なら自分でやってくださいよ? もしくは伊勢ちゃんにでも全部押し付けてください。僕は今後、隊長の仕事は一切しません」

「ハハハ……よっぽど苦労をさせてるみたいだね。自重するよ」

「――と言いながら明日にはまた全部僕に押し付けるのがいつもの展開なんですけど」

 本人にも心当たりがあるのか、再び「ハハハ……」と苦笑いを浮かべた。本人は悪気は無くても、隊長のやり残した仕事は全て副隊長に回されるのが常識だ。つまり、たとえ僕に回すつもりは無くても、必然的に仕事は全てこちらへと来る。

 京楽隊長もいつも仕事を任せてるのは悪いと思ってるだろうけど、こればかりは仕方が無い。

 まぁ、これも京楽隊長が仕事をし始めれば済む問題なんだけど。

「あ、そうだ。そろそろ出ないと、間に合わないんじゃないの? 阿散井(あばらい)君の就任式」

「そういえばそうでしたね」

 隊長の言葉に僕も用事を思い出し、手を合わせた。

 今日は護廷十三隊に新しく副隊長が任命される。名を阿散井恋次(れんじ)と言い、一応は後輩に当たる。彼は六番隊の副隊長に任命され、これで僕と同じ地位になった。

 元々は五番隊の隊士で、しばらくして十一番隊の席官になり、ようやく六番隊の副隊長になった。

 霊術院生の時に色々と教えた所為か、僕もその就任式に呼ばれている。式とは言っても、数人の隊士で集まるだけだけど。

「そろそろ出ておきます。遅れるのも色々と失礼ですし」

「うん、いってらっしゃい。阿散井君にも宜しく伝えておいてくれ」

「へーい」

 最後に隊長に一礼すると、僕は隊舎の外へと出た。

 とっくの昔に朝になっているため、眩しい太陽の光が僕の目に突き刺さる。早朝特有の肌寒さも今日は無く、比較的蒸し暑い気温になっていた。ニット帽を被っているため、ますます暑く感じてしまう。

 でもニット帽を脱ぎたく無いのが僕の駄目な所。基本的に僕の見た目は『平凡』を体現したような容姿だから、このニット帽が無いと他の隊士に気づいてもらえない。それどころか、不審者として連れて行かれる可能性もある。

 それだけは僕の微量なプライドが許さない。

 僕はそのまま就任式の場所である五番隊隊舎へと向かった。

「おはようございます、仲野宮副隊長」

「うん、おはよ」

「あ、おはようございます! 仲野宮副隊長!」

「おーっす。ご苦労」

 道行く隊士たちに挨拶される。

 副隊長になって既に軽く百年は超えてるけど、未だにこうやって挨拶されるのは気分が悪い。性格上の問題なんだろうけど、こういう礼儀とかはいつまで経っても苦手だ。隊士にはいつも堅苦しい敬語はやめろ、と言っているんだけど、効果が現れる気配は無い。

 瀞霊挺の道を歩きながら、何気なく周りを見回してみた。

 僕が初めて副隊長に就任した時と比べると、随分と変わったみたいだね――町並みも顔ぶれも。

 昔は今より建物がかなり少なく、他の隊士も年上が多かった。今ではさらに多くの建物が増やされ、護廷十三隊の顔ぶれも驚くほど変貌している。唯一変わっていないのは山本さん、京楽隊長、浮竹隊長、卯ノ花隊長、そして雀部副隊長だけだった。



 そしてなにより、僕の隣からアイツが消えた。



 まぁ、今となってはその変わっていった人たちは戻ってこない。いつまで引き摺っていても仕方が無いね。

 五番隊隊舎へとたどり着いた僕は、そのままコンコンと門を二回叩く。

 しばらくしてから門が開きひょっこりとある人物が顔を覗かせた。

「あ、仲野宮副隊長。おはようございます」

「仲野宮って呼び捨てで良いっていつも言ってるだろ? お前だってもう副隊長なんだから」

「いえ、まだ仲野宮さんを呼び捨てに出来るほどあたしは頑張っていませんから」

「そう言いながら結局誰も馴れ馴れしくしてくれないんだよなぁ……雛森ちゃんも、そういう所が良い点でも悪い点でもあるよ」

 顔を出したのは五番隊副隊長、雛森桃さんだった。

 阿散井君とは同級生で、彼女も彼と同じく院生時代に僕が何度か講習や演習などをしてあげた。

 彼よりは一足先に副隊長になったけど、実力的にはそこまで大差は無い。ただ彼女の場合、剣術ではなく鬼道の達人だから、ある意味阿散井君より副隊長としては向いている。

 なんせ阿散井君は、思いっきり戦闘タイプの死神だからね。流石は元十一番隊。

「もう阿散井君に吉良君、ついでに班目さんも来ています」

「へぇ、あのハゲが来てるんだ。あの野郎がこういうのに来るなんて、意外だね」

 自分の弟子である阿散井君の就任式だから来たんだろうか、彼の名前が挙げられるのは意外だ。班目なら面倒臭いと一蹴していただろうに。よっぽど、阿散井君を可愛がっていたみたいだ。

 そんな僕の反応を見た雛森ちゃんは、「本人の前では言わないでくださいよ」と苦笑いを浮かべている。

 当然のように、班目はハゲと呼ばれるのを嫌っている。草鹿ちゃんからは『つるりん』と呼ばれ、それを聞くたびに青筋を浮かべている。だが、そんな気配りをあのハゲにするほど、僕には良心が無い。

 隊舎の端っこまで来た僕たちは、そのまま襖を開け、部屋の中へと入って行く。

「おーっす。皆集まってるね」

「あ、仲野宮副隊長も来られたんですね」

 吉良君と阿散井君が慌てて立ち上がり、頭を下げた。

 そんな二人に「畏まらなくても良いって」と言うが、やはり二人共それを受け入れてくれない。ここまで慕われるようなことをした覚えはあまり無いんだけどなぁ……。

「おいハゲ、先輩に向かって挨拶しろよ」

「誰がハゲだ、チビ」

 奥の方で座っていた班目は僕ろ見るなり睨みつけてくるが、それを無視し、挑発するようにあからさまに『ハゲ』と呼んだ。それに反応したのか、班目の目力がさらに上がり、壁に立てかけておいた斬魄刀にも手を伸ばしている。

「知ってる? ハゲよりチビの方がモテるんだぜ?」

「チビなんざ貧弱にしか見えねぇさ。それにハゲって言うんじゃねぇ、このクソチビ」

 しばらくの間にらみ合うが、その間に雛森ちゃんが入り、「二人とも喧嘩はしないでください」と仲裁に入った。

 班目は舌打ちをして再び座り込み、僕は反対側の壁に腰を預ける。

 そろそろ就任式を始めるのか、吉良君と雛森ちゃんが机の一方の座り、阿散井君が反対側で向かい合うように座っている。緊張しているのか、その表情は少し硬い。

 ゆっくりと、はっきりした声で彼女は就任式の口上を述べ始めた。

 こうして見ると、どこか微笑ましく感じてしまう。

 前回は雛森ちゃんの就任式で、そのまた前回は吉良君の就任式。どちらも今の阿散井君と同様、緊張で固まっていた。その時は僕が就任式の口上を告げていたけど、今回はあの霊術院トリオの最後の一人ということで、この二人が自ら立候補し、僕も喜んでそれを許可した。

 始めはどこかあどけなさが残っていて使い物になるか心配ではあったけど、今となっては同じ副隊長だ。そう思うと、つい最近までと思っていたことがずっと昔になっていることに気付き始めてしまう。

 うーん……最近少しジジくさいことが多い気がする。昔の夢を見たり、時の流れに感慨深い物を感じたりと。

 現世ではとっくに還暦を超えているらしいけど、ここ尸魂界(ソウルソサエティ)ではまだまだ青年の部類に入る。

 五百年超えてようやく爺かな?

「――――これにより、元十一番隊六席、阿散井恋次を、六番隊副隊長に任ずるものとする」

 口述を読み終えた雛森ちゃんはにっこりと笑みを浮かべると、「おめでとう!」と嬉しそうに阿散井君に告げた。

 吉良君も終わったことで緊張が解けたのか、同じく笑みを浮かべている。

「お、おう。あ、お褒めに預かり光栄でございます! 雛森副隊長!」

「良いよ普通にして。もうあたしたちは同じ副隊長なんだから」

「そのセリフ、そっくりそのまま君たちに返したいよ」

 僕も彼の隣に歩み寄ると、背中をバシバシと叩いた。

「おめでとっ、阿散井君」

「な、仲野宮さん……」

「これで君は立派な隊長格になった。あと少しで追いつけるんじゃないの?」

「そうだ。これでお前も一歩近づいたんだろ? 朽木白哉に」

 朽木白哉。現六番隊隊長であり、隊長格の中では一番有名と言っても良い。

 名門貴族である朽木家の当主。その天才的な才能と霊力は、他を寄せ付けないほど凄まじい。

 そして、死神になってからずっと、阿散井君の目標であり続けた死神でもある。理由は教えてもらわなかったが、何か個人的な理由であるのは明白だ。

 無理やり聞き出すつもりはない。ただ、僕はそれを入手するための手助けをしたに過ぎない。

 気を引き締めたような表情を浮かべた阿散井君は、拳を握り締めた。

「一応は朽木妹ちゃんに言っとかなくてもいいの?」

「あぁ、ルキアの奴は今日から現世での任務があって一ヶ月ほどここを開けるんスよ。なんで、アイツが帰ってきた後でいきなり『副隊長だ!』って言って驚かしたいんスよ」

 笑いながらそう言う阿散井君の表情には、少し曇りが見えた。

 何か嫌な予感がするのか、少し雰囲気が優れていない。

「ま、なんとかなるさ。なんせ、あの志波(しば)海燕(かいえん)が鍛えたらしいからね」

 十三番隊副隊長、名を志波海燕という。霊術院ではアイツ以来の天才と呼ばれ、あの馬鹿が保持していた霊術院卒業の最速記録を二年近く差を付けて破った。僅か一年足らずで卒業までの単位を獲得し、たったの六年で隊長にまで上り詰めた、脅威の男。それが、志波海燕である。

 そんな彼が鍛えたのが、阿散井君の友人の、朽木ルキアちゃん。

 そこまで会ったことは無いけど、何度か見かけたことはあった。そこまで使えそうになかったけど、あの志波君が鍛えたんだ、それなりには戦えるだろう。

「仲野宮さんはどうだったんですか、現世での初駐在任務は?」

 吉良君が興味深そうに訊いてきた。

 他の二人も気になるのか、それぞれが注意深く耳を傾けている。

「危うく魂魄だったのに餓死しそうになったよ。頼る所はどこにも無かったし、なにより連日連夜の虚ホロウとの戦闘で、僕の体力は限界を超えていた。だから、現世の駐在任務って、体力が無い人にはかなりハードな任務なんだよ」

 無論、魂魄が餓死することは無いが。

 それでも、空腹は感じるし、疲労だってある。

「そ、そうなんスか? アイツ大丈夫かよ……」

 それを聞いた阿散井君は不安そうな表情を浮かべる。

「ま、僕の初の現世駐在任務はまだ僕がひよっこだった時だったから、それなりに経験を積んでいる朽木妹ちゃんならそれなりに楽だと思うよ? なんせ、あの朽木家のお嬢さんなんだから」

「だと良いんスけどね……」

「阿散井君は心配し過ぎだよ。そんなに考え事をしてると身体が持たないよ? 副隊長になってこれからもっとストレスが増えるんだから」

 ずっと表情を明るくしない阿散井君を見かねてか、雛森ちゃんがそう喝を入れた。

 その言葉をしばらく頭の中で彷徨わせた彼は、うんうんと頷いた。

「悪い、アイツは昔っから変な所で失敗するような奴でよ。下手すれば死んでたっつー事も何度もある」

 その言葉に、僕も肯定するように頷く。

 そう、人というのは分からないものだ、失敗も成功も全て偶然の産物でしかない。

 だから、ちょっとした行動が生死を分ける時もある。アイツみたいにね。一瞬の油断のお陰で集中力が途切れ、馬鹿みたいに拘流に飲み込まれて死んだ。

 彼女には、そんなアホの二の舞は踏んで欲しくない。



「安心しなよ。君は僕とは違う。君の大切な彼女は、絶対に失敗なんてしないよ」



 顔を赤くして「アイツは彼女じゃ――」と言おうとしているが、それを無視し、僕は五番隊隊舎を出て行く。


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