小説『カゲロウデイズ』
作者:hj()

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8月15日。時刻はだいたい午後12時半ごろ。
公園から見上げた空は、病気でもしそうなほどの快晴で、雲はどこにも見当
たらなかった。
「夏っていったら、やっぱり海とか山とかなのかな」
彼女は猫の首を撫でながら、平然とした態度で答える。
「どうなんだろうね。夏って言ったらアイスとかカキ氷くらいしか思いつか
ないけど」
「それを言ったら夏祭りが思いつくな」
「夏祭りって言ったら、焼きそばとかたこ焼きも思い浮かぶなあ」
猫を撫でながらうっとりする。
「でもまあ、夏は嫌いかな」
「………そうだな」
太陽の日差しが容赦なく襲ってくる。
ただいまの温度、約35℃くらい。灼熱地獄とほとんど変わらない。
「ごろごろ………」
猫がのん気にのどを鳴らす。
「猫って暑いの平気なのかな」
「平気なんじゃない?全然暑そうに見えないし」
平然と答える。額に汗を滴らせながら。
という僕も、額どころか腕にまで、汗を滴らせてる有様だ。
「ごろごろ………」
………今ほど猫になりたいと思ったことはきっとないことだろう。
そのまま、無言の時間が流れる。
町を行き渡る人たちと、車達と、動物達と。
まるで、何かの映画の背景でも見ている気分だった。
「そろそろ、どっか行こうか」
「うん、そうだね」
眼を細めて、静かに答える。
携帯を取り出して、時刻を確認する。そのときだった。
「きゃっ」
猫が、彼女の薄いメモ帳を咥えて逃げ出した。
「あっ!!」
逃げ出した猫の後を追いかける。

そして、彼女は赤に変わった信号機に飛び出したのだった。

「危っ!!」
僕の口よりも早い何かが通り過ぎた。
トラックだ。
「ブウウウウウウウッ!!」
トラックのクラクションが耳に鳴り響く。何かを轢きずりながら。
血飛沫が巻き上がった。
トラックが止まり、車体の後ろに何かが倒れていた。
彼女だ。
血飛沫の色と君の香りが混ざり合い、僕はむせ返った。
どろどろとした物が、僕の足元に滴り、生々しいものを感じた。
(これは夢だ!!夢なんだ!!)
そんなことを、思い込ませるように何回も呟く。
何十回も何百回も。
「嘘じゃないぞ」
何かが耳の近くで、あざ嗤う。
ゆっくりと顔を持ち上げて、それを確認する。
陽炎だ。
眼の錯覚だったのかもしれない。けれど、それは今、僕の目の前に確かに存
在していた。
「嘘じゃないぞ」
何かが僕の中で生まれる音がした。
(やめろ!!これは夢だ!!)
胸の中で呟くたびに、あざ嗤う声が大きくなる。
何か真っ暗なものが、こみ上げてきた。
夏の水色。かき回すような蝉の音。
世界がだんだんと歪み始め、そして眩んだ。

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