「着いた…のか?」
降り立ったのは森の中。人影どころか動物一匹もいない。ただ木々が生い茂っている。
「ここが……?」
その名とは似つかわない雰囲気が漂っている。そもそも肝心の精霊が見当たらない。
ミレーユも苦い顔をしていた。
「……どうやら外界へ出されてしまったみたいです」
「外界?」
ミレーユは頷く。
「には精霊が住むと邪霊体が住まうに分かれています。本来なら精霊の私は聖界へ行けるのですが……」
そこで彼女は口をつむいだ。
……捨てられた精霊は聖界へ入る権利は無いってわけか……。
「ここから聖界まで、一時間程度で着くと思いますから、歩いていきましょう」
「おう。あ、でも、ミレーユは空を飛ばないのか?」
「飛んでしまうと邪霊体に見つかってしまいますから」
「へえ……」
俺たちは足を止めずに会話を続ける。
「邪霊体って、何なんだ?」
「力が暴走してしまった精霊のことを言います。そうなってしまうと、聖界を追放されてしまうんです」
「力が暴走しただけで?」
「邪霊体になると、ある程度の周期で精霊を|食せねばなりません。彼らは体を維持するためのエネルギーが足りていませんから」
なるほど。暴走しているから、生産で追いつかない分のエネルギーを他の精霊から頂くわけね。
「……ところで、ミレーユ」
「はい」
「邪霊体ってさ、ミレーユみたいな人のような形をしているの?」
「いえ、私のように人型は最上級の精霊だけです」
「なら、ミレーユって、強い精霊なんだな」
「ええ、まぁ。それで邪霊体のほとんどが異形な形状をしています」
「オーケー。大体わかった。そのうえで一つだけ忠告するな」
上を指差して俺は言う。
「もう見つかっているぞ」
「……え?」
俺につられてミレーユも見上げる。
そこにいるのは青い体をした一つ目の怪物。ミレーユとは対照的な汚れ、破れている羽をはためかせ飛んでいた。
空腹なのか、けがらわしいよだれを垂らしている。
…………あ、目があった。
「グオァァァ!」
それを合図にして邪霊体は俺たちに急降下してくる。
「伊弦! つかまってください!」
「わ、わかった!」
ミレーユの手を掴むと、空に向かってはばたく。邪霊体と入れ違えるようにして飛んだため、少し距離が出来る。
「このまま逃げ切ります!」
ミレーユはスピードをどんどん加速していく。これなら振り切れると思った。
だが、その考えは甘かった。
「ガォルァ!」
空中で停止した奴はすぐさま方向転換をし、俺たちを追いかけていた。
「くっ!」
ミレーユは最上級の精霊だ。だが、それは規定の中。それを破った存在である|邪霊体はいとも簡単についてくる。徐々に距離も縮んできていた。
「ガァ!」
その口から青白い液体が発射される。それが運悪くミレーユの片翼に直撃すると、その翼はパキパキと音を立てて、氷づいた。
「きゃっ!?」
「うおっ!」
片翼が機能不全となったミレーユは二人分の体重を支えきれなくなり、落下し始める。
「ミレーユ!」
俺は彼女を抱きとめると背中を地に向けた。地にうちつけられると、痛みが駆け巡る。
「――――っ!」
だが、ミレーユが懸命に羽を動かしてくれたのが幸いし、骨が折れた様子はない。
「大丈夫か!?」
「お、おかげさまで……」
「じゃあ、走るぞ!」
飛べないミレーユを抱きかかえると、奴の視界から逃れるため森の中へと逃げ込んだ。
○
「ハァ……ハァ……!」
少し走って、おそらく森の中腹。
とりあえずは姿を隠すことに成功した俺たちだったが、あの怪物は上空をさまよっていた。どうしても、俺たちを食べておきたいらしい。ミレーユは最上級の精霊らしいからな。最高の獲物なわけだ。
「……ふぅ……はぁ……」
大きく肩を揺らすミレーユ。氷は翼だけにとどまらず、少しずつ彼女を侵食していた。今は両翼とも使えない状態だ。呼吸も整っていない。しばらくは動けないだろう。
逃げることもできない。日も少しずつ暮れてきているし……。ミレーユの話を聞く限り、ここに長居するのもまずい。
なら、とるべき行動は一つ……か。
「ミレーユ」
「な、何でしょうか?」
「俺に……あいつの倒し方を教えてくれないか……?」
俺が戦う。それだけ、だ。