小説『俺と彼女と精霊演舞』
作者:友笠()

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「え? あの、これは、その?」
 彼女は反応に戸惑っていた。きっとこんなこと言われたことがないのだろう。対処の方法がわからないのだ。
 だったら、それを俺が教えてやればいい。

「泣いて……いいんだぞ?」

「――――――っ!」
 その言葉を聞くと、彼女は俺の胸に顔をうずくめて、泣きはじめる。今までのものを全て吐きだすように。寂しさ、痛み、悲しみ。だれにも打ち明けられなかった苦しみを流すように。

「……それでいいんだ……」
 彼女が泣いている間、俺はミレーユを抱きしめ続けた。



「すいません……。みっともないところをお見せしてしまいました」
「別にいいよ。誰だってあることだから」
「はい……」
 泣きやんだ彼女はまだ俺の腕の中にいた。親から離れたくない子供のように抱きついている。

「そういえば……」
 彼女は顔を上げる。目は少し腫れていた。
「あなた様のお名前を聞いていませんでした」
「……あ〜……」
 すっかり忘れていた。彼女の服装に気を取られていたからな……。今はもう着替えているけど。

「佐さ戸川とがわ 伊い弦づる。高校生。伊弦って呼んでくれたらいいよ。ええと……」
「ミレーユで良いですよ?」
「じゃあ、ミレーユ。よかったら、聞かせてくれないか? 君のこと」
「…………」
 彼女は考えるように瞼を閉じる。でも、それも一瞬で。開いた瞳には、さきほどまでとは違う意思があるように感じられた。
 きっとそれは……決意。

「……わかりました。あなた様には助けていただいた恩もあります。話しましょう。私のこと」
 彼女は意を決して語りはじめた。
「まず、私は――この世界の住人ではありません。(精霊世界)という場所にいました」
(精霊世界)……?」
「はい、あなた様が住むこの世界とは別の次元にある世界。精霊と邪霊体が暮らす世界です。――と、どうかいたしましたか」
「あ、いや。別にこれと言ったわけでもないんだが……」
 ヤベ。……頭が痛くなってきた……。早速ついていけない。
 てっきりミレーユは俺と同じ・・・・だと思っていた。まさか、精霊などというメルヘンな名前が出てくるとは。……いや、早計だ。彼女が精霊だという証拠がどこにある? 
ミレーユのことは助けたい。まずは、こういうことも含めて信頼関係を築くべきだ。そのためにも、やはり彼女に聞くのがベストだろう。

「なぁ、ミレーユ」
「はい、なんでしょう?」
「何か精霊という証拠を見せてもらってもいいか?」
「証拠……ですか?」
「ああ、ミレーユのことを信じていないわけじゃないんだ。ただ、なんか実感がつかめないというか、その……」
 くそ。うまく伝えられない。こんな時に限って、俺は……。国語、しっかり勉強しておけばよかった。
 でも、みっともなく言い訳を並べる俺にミレーユは優しい言葉をかけてくれる。

「気にしないでください。信じられない伊弦の気持ちもわかりますから」
「そ、そんなことは……」
「安心して。この世界には精霊という概念が存在しませんから、伊弦のようにどうしても思ってしまいます。それよりも、むしろ……」
「……むしろ?」
「むしろ……精一杯、信じようとしてくれて……私は嬉しいです」
 ミレーユの頬が赤らんだ。その表情に少しドキッとした。つい、意識してしまう。

「伊弦? 顔が赤いですよ?」
「だ、大丈夫だ、問題ない。今はそれよりも……」
「わかっています。証拠、ですね?」
 ミレーユは立ち上がり、背中を向けると、着させておいたカッターシャツを脱いだ。また、その健康的な体が顕あらわになる。

「なんで――」
 絶句。言葉を失ったと言うべきか。

 一瞬にして、少女は両翼の精霊と化した。美しく透き通った羽。外から射す光が一層と際立たせる。でも、それだけじゃない。そう、天使のような、女神のような。そんな包み込む優しさが彼女から感じられた。

 翡翠の瞳も、金色の髪も、朱色の染まる頬も。

 全てに心は惹かれた。見惚みとれてしまう。

「………………」
「あの……伊弦?」
「……………」
「伊弦!」
「……ああ! ご、ごめん。……で、何だっけ?」
「いえ……。それよりも」
 すこし、彼女は表情を暗くした。
「もしかして……気持ち悪かったですか?」
 自分の羽を撫でるミレーユ。……どうやら、勘違いしているようだ。俺から返事がなかった理由を自分の羽が気持ち悪いから、と思ってしまったらしい。

「全然そんなことはない」
「え、でも……」
「すごくきれいだと思う。もっと誇っていいものだと思うよ」
 俺の本心だった。

「そ、そうですか。あ、ありがとうございます……」
 なぜか彼女は照れくさそうにカッターシャツを羽織る。合わせて、羽も消えた。
もう少し見ていたかったが、これでミレーユは本物の精霊とわかった。あの羽は作り物とは思えない。ということは、(精霊世界)も存在するのだろう。
 それで彼女が必要だと証明するには、その(精霊世界)に行く必要があるな。
 …………よし。決心はすぐに付いた。

「ミレーユ」
「何ですか?」
「俺を(精霊世界)に連れて行ってくれ」
 俺のその発言に彼女は目を点にした。驚愕。その単語がふさわしいくらいに。
「ほ、本気ですか!?」
 一気に詰め寄ってくるミレーユ。

「ち、近い……」
「あ、す、すみません」
 彼女は直り、礼儀正しく正座をしてから
「さきほどの言葉は本当ですか?」
 と、問う。……そんなに変なこと言ったかな、俺。
「当たり前だろ? じゃないと、ミレーユに言ったこと。嘘になっちゃうだろ?」
「で、ですが、(精霊世界あちら)に行けば、この世界にはもう戻ってくることはできませんよ? それでも?」
「構わないさ」
「…………うぅ……」
 彼女はまた涙ぐむ。でも、さっきとは違う、これは嬉しい涙。天と地の差がある。それを俺は手でぬぐってやった。

「ミレーユは泣き虫だなぁ……」
「ご、ごめんなさい……。今まではこんなに泣くことはなかったのですけど……」
 ……ミレーユのことだ。ずっと我慢してきたんだろうな……。その分、俺が好きなだけ泣かせてあげよう。そして、受け止めてあげよう。絶対に。
「……終わった?」
「は、はい……。ありがとうございます」
「じゃあ、行こうか、ミレーユ」
「はい!」
 彼女は笑顔で返事をすると、俺の手を握った。

「ミレーユ?」
「いえ、これは、その……ダメですか?」
「い、いや。別に大丈夫だよ」
 俺もミレーユの手を握り返す。女の子の手が柔らかいことを初めて知った。
「では……」
 彼女は一度、俺を見てからもう片方の手を前へ突き出す。
「異世界へ通じる門よ。我が精霊力ちからに応え、今、姿を現せ!」
 彼女が言い終わると同時に、ぐにゃりと歪み、円状の穴ができた。中は白い光で満たされていた。さ、さすが精霊……。

「これをくぐり抜ければ」
(精霊世界)に着きます」
 ふと、彼女の握る力が強くなった。
 ……彼女にとっては一度、自分を捨てた場所に戻るのだ。怖いに決まっている。でも、出会ったばかりの俺を信じて、もう一度行こうと頑張ってくれている。
 そんな彼女に絶対に、俺は――――。
「それでは、伊弦」
「ああ、進もう」
 前を向く。
 俺とミレーユは共に、光の中へ足を踏み入れた。


俺は――――君が生まれてきた意義を証明してやる。

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