小説『鏡の中の僕に、花束を・・・』
作者:mz(mz箱)

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その一文字が頭に浮かんだ。
いきなり首を絞められたのだ。さっきとは違う。両方の手でだ。意識が遠くなる。力が入らない。手を振りほどけない。
「く、苦しい・・・。」
必死に抗う。が、今は奴の力が上だ。どうする事も出来ずに、ただ苦し悶えるしかなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・。」
呼吸が荒くなってきた。もうすぐ、本当にもうすぐ、僕は死ぬのだろう。あれほど願っていたはずの死。それを今、頑なに拒否しようとしていた。
手に何かが触れた。
「?」
それが何でも良かった。とにかく、今は抗うんだ。そう、何かが訴えたかのように、左手が勝手に動いた。
勢い良く硝子が割れた。同時に、僕は解放された。ドカンと床に落とされた。
動けない。死ぬと言う事の恐ろしさを、あらためて、そしてこれでもかと言うくらいに強く感じたからだ。生きているのは、実はとても物凄い事なのだと、感じずにはいられなかった。
次に考えたのは、奴の事だ。なぜ、襲ってくるのか。なぜ、鏡の中にいる自分が襲ってこれるのか。いくら考えても理解を超えている。明確な答えなど出る訳がない。ただ言えるのは、きっと奴はまた来る。それだけだ。
「どうにかしなくちゃ。」
やっと腰をあげた。
奴は僕が映りこんだ何かから現れる。なら、映らないようにすればいい。対策は簡単だ。
明かりをつけず、念のため腰を屈め、各部屋にあるカーテンを閉めてまわった。
次は鏡だ。家には洗面所と玄関、それにトイレと風呂場にある。それらをどうにかしなければならない。けれど、鏡はさっきの窓のように割るのは危険だ。スプーンのような小さい場所からも、奴は現れるなら、不容易に奴の数を増やす事になりかねない。

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