小説『鏡の中の僕に、花束を・・・』
作者:mz(mz箱)

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「ただいま。・・・何、これっ。」
母親は叫んだ。
「武志。これは何なの?」
玄関の鏡を見て大声をあげている。真っ黒な鏡を見れば、当然と言えば当然だ。そして、この叫びは続く。トイレや洗面所の鏡も真っ黒だし、台所にいたっては硝子が割られている。最後の〆が、リビングの惨憺たる有様だ。
「あ、いや。」
何も言えない。言える訳がない。
「何なのよ。」
「・・・。」
だから、何度聞かれても言える訳がない。沈黙が僕に出来る唯一の答えだ。
「・・・。」
母親も黙った。この後どうなるのか容易に想像が出来た。背筋に冷たいものが、顔を出した。脇にもだ。嫌な緊張は、二十歳を過ぎた今でも慣れない。
僕は唾を飲んだ。
母親は口を開いた。恐怖で体がすくむ。この瞬間に比べたら、さっきの恐怖などかわいいものだ。
「まぁ、いいわ。今日だけは許してあげる。」
「えっ?!」
意外過ぎて、声が裏返った。
「なんて顔をしているのよ。許してあげるって言ってるの。」
「なんで?どうした?何があった?」
言葉遣いまでおかしくなった。
「その代わり条件があるのよ。あんた、今日暇でしょ?」
バイトをクビになったのだから、当然暇だ。しかし、昨晩の事があったから、出来れば休みたかった。
「あ、いや、ちょっと・・・。」
「暇よね?」
「うん・・・。」
逆らえなかった。
「じゃ、今からここに行きなさい。」
母親は僕に紙を渡した。それには住所と会社の名前、代表取締役 太田と書いてあった。

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