「納得できません」
「まだ言っているのか……?」
第一高校入学式の日だが、まだ開会二時間前の早朝。
新生活とそれがもたらす未来予想図に胸躍らせる新入生も、彼ら以上に舞い上がっている父兄の姿も、流石に疎らだ。
その入学式の会場となる行動を前にして、真新しい制服に身を包んだ男女、そしてが何やら言い争っている女性の傍らに立つ男がいた。
同じ新入生、だがその服装は微妙に、しかし明確に異なる。
スカートとスラックスの違い、男女の違い、ではない。
女子生徒と言い争っている男子生徒の胸には、八枚の花弁をデザインした男子高校のエンブレム。
女子生徒の傍らに立っている男子生徒のブレザーには、それが無い。
「何故龍弥様は、新入生総代を辞退なされたのですか!入試の試験も全て満点、魔法実技も私よりも上ではないですか!」
「さっきも言った通りだよ。俺は、あまり人前で話すのが好きじゃないんだよ。それは深雪も知っているだろ」
激しい口調で食って掛かる女子生徒を、男子生徒が何とかなだめようとしている構図だった。
深雪と呼ばれた女子生徒は、彼女は十人が十人、百人が百人認めるに違いない可憐な美少女。
龍弥と呼ばれた男子生徒は、彼女同様十人が十人、百人が百人認めるに違いない、それこそモテない者から見ても嫉妬することが、馬鹿らしいと思えるほどの美男子である。
深雪と呼ばれた女子生徒の傍らに立つ男子生徒は、ピンと伸びた背筋と鋭い目つき以外、取り立てて言い及ぶところのない平凡な容姿をしている。
「そんな覇気のないことでどうしますか!勉学も体術も魔法も龍弥様に並ぶ者などいないというのに!」
「深雪!」
激しく叱咤する様に言ってくる深雪にそれ以上に強い口調で名前を呼ばれて、深雪はハッとした顔で口を閉ざした。
「少しは、落ち着いてくれたかい?」
「……申し訳ございません」
「深雪……」
項垂れた頭にポンと手を置き、艶やかな癖の無い長い黒髪をゆっくりと撫でながら、さて。どう機嫌をとろうかと、龍弥と呼ばれた少年は少しばかり情けないとこを考えていた。
「……お前の気持ちは嬉しいよ。俺の事を思って言ってくれているのだろう。それが、俺は何より嬉しい事なんだよ」
「嘘です」
「嘘じゃない」
「嘘です。龍弥様はいつも、私の事を叱ってばかりで……」
「嘘じゃないって。でも、お前が俺の事を考えているように、俺もお前の事をいつも思っているんだよ」
「龍弥様……そんな、『いつも想っている』だなんて……」
いつも通り、頬を赤らめる少女。
「俺が辞退してさらにお前まで辞退したら困るだろ。この土壇場で辞退したりすれば、お前の評価が損なわれる事は避けられない。深雪、お前は賢い子だから、分かっているだろ」
「それは……」
「それにな、俺は楽しみにしているのだよ。俺の自慢の”婚約者”であるお前の晴れ姿を。こんなお前の駄目な婚約者である俺に見せてくれないか」
「龍弥様は、駄目な婚約者ではありません!」
「なら、頑張っておいで深雪」
「はい!それでは、行ってまいります。……見ていくてくださいね。龍弥様」
「ああ、行っておいで。本番を楽しみにしているから」
はい、では、と会釈した少女の姿が行動へと消えたのを認識して、少年はやれやれとため息をついた。
「君もこの調子では、大変だろうね。達也君」
「いえ、仕事ですので」
相変わらずの無表情で、感情を感じさせない声で返してきた。
そして、またため息をついた。
(さて……これからどうするかな?)
少女の傍らに立っていた少年には、自由にしてよいと言っておいたので、何かするだろうそんな風に思い、総代を渋っていた”婚約者”である深雪の付き添いでリハーサル前に登校してきた少年は、入学式が始まるまでの二時間をどう過ごすか、悩み、途方に暮れていた。