北川家は鄙びた田舎の、駅から20分ほどの自然の多い一軒家である。
「恵ー。今日、同窓会あるから夕飯作ってくれない?」
と恵の姉である菜月が朝ごはんを作りながら、寝巻き姿でぼんやりと洗面台のある部屋に向かう恵みに尋ねた。菜月は「姉」といっても、亡くなった両親から引き取った養子である。父親は戦争で亡くなり、母親は菜月を生むときに亡くなってしまった。
恵は中学2年生で菜月は高校2年生。なぜ菜月が朝食を作っているかというと、父親は病気で早く亡くなってしまって、母親は仕事で忙しいからである。彼女たちの母親はそこそこ売れているイラストレーターだが、父親の遺産にあやかっており、国からの援助に救われている。
母親はしばらく机と徹夜で向かい合っていて、やっと休息できることになったため、ぐっすりと寝ている。
「え〜、この前しょう油をコップ一杯いれた親子丼を作ってからトラウマになってるよ〜。」
「どばって入れるからそうなるのよ。私と母親が被害者になってるんだから、反省して今度から気をつけなさいよ。」
「私の夫になる人は刑罰を受ける人だ。」
「あんたの料理で、可哀そうに。しょう油の用量全く知らないって勘を疑う。」
「繊細すぎるの!!マニュアルがあったらな〜。」
「慣れれば難しいことじゃないわ。」
菜月は高らかに笑った。菜月には、幼馴染の男の子がいる。硬派な菜月にボーイフレンドがいるなんて、ずいぶん惹かれるものがあるんだろうな、と恵は思っていた。
「でも、なんかお姉ちゃんばっかりに料理させて悪いね。」
「いいのよ。私は勉強よりこっちの方がいいし。お母さんが、家事ができないんだから、私が頑張らなくちゃ!!」
「そう言われちゃうとな〜〜。」
恵は少し引け目を感じていながらもすっかり菜月に甘えてしまっていた。恵は自分の母親のように、男尊女卑に流されない自立していける女になりたいと思っていたから。