小説『祟り神と俺』
作者:神たん()

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「なんだか予想外だが、後は母親の霊だけだな。もしかしたら息子さんも救えるかもしれん」

熊さんはそう言うとまたお経を唱え出す。

息子さんを見ると先程まで首に巻かれていた腕が離れ、肩の上辺りに母親の顔が覗いていた。

その顔は憎悪に満ち溢れているが如く凄まじい表情をしている。

例えるなら般若のお面をかぶった女といった所か。

女は俺にその視線を向けたまま子供を返せと言わんばかりに睨み付けてくる。

すると、息子さんの口が開き、その表情から想像も出来ないくらい低い声が響いた。

「貴様ぁぁぁぁあああああああ!!私の子供を何処へやったぁぁあぁ!!!」

尚も熊さんはお経を読み続けている。その度に苦しそうに呻き声を放つ。

熊さんはお経を読む事により霊に語り掛けているようだった。

すると、犬神様が突然母親の霊の側に現れ、母親に語り掛けた。

「御主の気持ちはようわかる。辛かったろうに・・・、この者に無理矢理身籠もらせられ、
 そして、御主がどんな最期を迎えたかワシには分かる。
 悔しかったろう。憎かったろう。だが、御主のその手をこの者の為に汚す事はあるまい。」

「動物如きが知ったような口を聞くなぁあぁあ!!」

「なっ!!このお方は・・」

俺が咄嗟に口を挟もうとすると犬神様がこちらに振り返り「よい!!」と制止した。

「ワシはこの坊さんの寺に祭られておる神じゃ。
 先に天界へと旅立った赤ん坊の事を考えてみぃ。母親を必死に探しておるぞ。
 御主以外にあの子達の母親はおらんのだ。迎えに行っておやりなさい。
 この者には現世にて裁きを受けてもらう。また、この世に御主らが再び降り立った時は
 ワシがそなたらを見守ってやろう。」

犬神様の話しを聞き終わると、息子の顔も先程までの憎悪に満ちた表情では無くなっていた。

「私は・・・私は・・・・う・・うぅ・・赤ちゃんに会いたい・・・・。」

もう彼女から憎しみや怒りといった感情は消え去り、今の彼女はただただ子供を思う母親となっていた。

「熊よ。この者が道に迷わぬように導いてやりなさい。」

犬神様がそう言うと熊さんのお経を読む声に一層力が籠もったように聞こえる。

すると、息子の身体から「すぅっ」と抜け出し光の粒のようになって消えていった。

息子さんはその場に倒れてはいるが先程までとは違い、目に生気が戻ってきているように思える。

俺は除霊が無事終わり心底ほっとした。

多分熊さんも同じだろう。

それに、犬神様の姿もいつの間にか消えていた。


「アキラ!!」


突然奥さんの声が聞こえた。

奥さんは息子さんに駆け寄り必死に抱きしめながら問いかけている。

「アキラ!しっかりして!!ねぇアキラ!!」

「奥様。除霊は無事終わりました。すぐに救急車を呼びしょう。」

奥さんは熊さんの話を聞き部屋に置いてある固定電話で救急車を呼んだ。



5分もしないうちに救急車はサイレンを鳴らしながらやってきた。



俺達は救急車が来る前に祭具等を全て片付けた。熊さんによると、救急隊員がこの部屋に入った時に
祭具等があると何かいかがわしい儀式と勘違いされて、警察沙汰になるらしい。
というか、前にそういった勘違いをされて大騒ぎになったみたいだ。
まぁ熊さんの人相からして警察は怪しむだろうな・・

救急隊員には鬱病の息子が最近食事も取らずに引き籠もって居た為、引きづり出したらこうなっていたと説明したがちょっと無理があったようにも思える。


そして救急車へ息子さんは入れられ、奥さんも一緒に乗り込もうとした時に奥さんが熊さんに茶封筒を渡してきた。

熊さんはそれを無言で受け取り、俺達は救急車が見えなくなるまで見送った。

「その封筒ってなんですか?」

俺が問いかけると熊さんは封筒をポケットにしまい呟いた。

「金だ。」

「あー。そっか。これも仕事ですもんね。ちなみにいくらなんですか?」

「最初に俺が提示した額が入っていれば50万だな。」

「まじすか!?1回50万ならおいしいっすね。」

「おいしい・・か?こっちも命懸けでやってるんだこれくらい当然だ。
 だが、こんな汚い親子の金などはいらん。」


俺にはこの時、熊さんの言う汚い親子の意味が全く分からなかった。

「汚いってどういう事です?」

熊さんの表情が険しく思えた。

「俺の除霊の方法は母親の霊の無念・怨念といったモノを感じ取った上で
 語り掛け、成仏させるという方法でいつもやっているが、これほど胸糞悪くなったのは
 久しぶりだ。」

「何かそんなにあの親子は酷い事をしたという事ですか?」

「あぁ。あの母親の霊はあの親子に殺されたんだよ。」

「え!?」

俺は正直予想していなかった言葉に声が裏返ってしまった。

「息子はあの母親の霊と付き合っていたみたいだ。まぁどういう経緯でそうなったかまでは
 知らんがな。だが彼女はその時28歳。歳の差があった故にお互い親には付き合っている事を
 言っていなかったみたいだ。
 そしていつの日か彼女のお腹には新しい魂が宿ってしまった。それを息子に伝えると息子は突然別れ話を
 切り出したらしい。そして半ば強引に別れてしまった。勿論彼女からしたら納得がいかなかっただろうな。
 女性で30歳を目前としてお腹に赤ん坊を宿しちまったら、事の重大さが若い時とは違うからな。だから
 彼女は意を決して息子の自宅へと無断で出向いた。奥さんは初めて付き合っていた事、お腹に子供がいる事、
 そして息子と1周り近い歳の差の事を知った。奥さんは息子を呼び出し相当3人で揉めたらしい。
 結局結論がでないままその日は彼女は帰る事になった。だが後日奥さんから連絡があり再び息子の自宅へ呼ばれた。
 出向いてみると息子はおらずに母親だけ出迎えたらしい。
 そして母親はリビングへ促すとそこで彼女の首を絞めて殺しちまったんだよ。」

「・・・・まじかよ・・。」

俺はあまりの内容に言葉が見つからなかった。

「彼女の遺体はまだ見つかっていない。だけどな、もう俺にはわかる。彼女が教えてくれたからな。」

「え・・じゃぁ警察に連絡したほうがいいんじゃないですか?」

「勿論するさ。あの霊と約束しちまったからな・・・現世で裁きを受けさせると。」

そう熊さんは最後に言うと車へと歩きだした。

俺もその後ろ姿を見ながら付いていく。

黒く鈍い光を放つインパラに乗り、エンジンを掛けるとラジオからクリスマスソングが流れている事で
今日がクリスマスだという事を思い出した。



帰りの車内では熊さんとくだらない話を楽しみつつこの地を後にした。



そして二日後に、あの自宅の床下から行方不明になっていた彼女の遺体が見つかったとの
ニュースが報道された。
息子の容体は回復に向かっていっていた為、退院と同時にいろいろと尋問を受ける事だろう。
母親の方は既に身柄を確保されていて、旦那さんは単身赴任中で知らなかったとの事。
遺体には三つ子のへその緒のついた小さ過ぎる未熟児の赤ん坊が居たらしい。
警察の話では埋められる時にはまだ生きていて、首を絞められた時のショックで流れてしまったのだろうとの事だ。


なんとも後味の悪い初めての除霊体験となった。

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