小説『鈍色の荒野 【完結】』
作者:初姫華子(つぼはなのお知らせブログ)

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 彼の名前は時田怜。

 年の頃はもうすぐ三十の声を聞こうという、気力も体力も有り余ってしかるべき青年期真っ直中にある。

 背は日本人成人男子の平均よりかなり高く、体格も学生のころはひ弱だったが、毎日の肉体労働のおかげか、細目の印象なのにしなやかな筋肉が隠されているのがスーツの上からも伺える。

 肌も髪も日に焼けてぼろぼろ、手はカサカサでひび割れている。

 顔立ちは西欧系のクォーターなので彫りが深く、瞳の色と髪の色が純黒の日本人と比較すると心持ち霞んだ印象を見る人に与える。父が日本人、母が仏系のハーフ。日本人寄りの血が勝り、その分、妹の方に彼の分もまとめて仏系の血が流れているようで、実際のところ、彼女から日本人の要素を見出すのは難しい。

「普通は父は娘に、母は息子により多くの影響を血の上でも及ぼすのに、おかしなものね」
 と妹は言う。

 彼等の両親は離婚し、兄は父のいる日本に、妹は母に付いてフランスへ、お互いの親の母国に暮らしていた時期があったことを考えると、理に適っているとも言えた。

 母が自分の人生を生きることにした時、妹は母の元を去り、もうひとつの祖国、父と兄のいる日本に戻った。

 一時はモデルで名を馳せた容姿を誇る妹の兄だけあって、想像に違わずかなりの美青年だった時期もあった。

 しかし、今、機上の人である彼の顔に、昔日の面影は無い。

 女性を魅惑してやまなかったけぶるような微笑みも今は消え、あるのは眉間から縦皺が消えない、険しい表情をした、年齢よりもきびしい印象を与えるこわい男の顔だった。

 顔は大人になるまでは親の責任。成人してからは本人の責任とはよく言ったものだ。怜は風呂上がりの時、髭剃りの最中、日常何気なく映った己の顔を見る度、思ったものだ。

 正にその通りだと。

 笑うのを止めた時はいつか知っている。

 理由も判っている。

 遡ること今から五,六年前、彼が二十六の時。彼が東京に別れを告げ、逃げるように北海道に来て以来だから。

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