小説『織田信奈の野望  〜姫大名と神喰狼〜』
作者:大喰らいの牙()

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第七話  お家騒動の終末


〜真紅狼side〜
俺達が清州城を出ていった後、城下町では何やら騒ぎ声が聞こえてきていたが、その喧騒を名残惜しみながら、俺達は去っていく。
そして、だいぶ距離を離したところで俺達は今後の予定を立てることにした。


「ここまで来れば、信勝の追っても来ねぇだろ。犬千代、今後の予定、どうする?」
「………真紅狼は?」


質問を質問で返すのは止めようぜ、答えにくくなるからよ。
そうだな、俺はアレだな……………敵情視察でもやりますか。


「俺はアレだ、武田信玄を一目見てみたいな」


すると、犬千代は警戒を強めながら訊ねてくる。


「………姫さまを裏切る?」
「違う違う。敵情視察ってやつだ。ただただ、出奔するだけじゃ意味がないし、有益な情報の一つぐらい持ち帰ろうと思ってよ」
「………なるほど。なら、こっち」
「おお、案内悪いな。この辺の道のり分からなくてよ、俺も覚えないとダメだな」
「………真紅狼なら、すぐに覚えられる」
「まぁ努力するよ」


俺は苦笑しつつ、犬千代との二人旅を歩み始めた。
〜真紅狼side out〜


〜良晴side〜
真紅狼達が出て行った次の日、朝から勝家が信奈へ謁見しに来ていた。
謁見内容はもちろん、自分の主君である信勝を殴った真紅狼と斬ろうとした犬千代の身柄引き渡しだろう。だが、勝家の表情を見るとやる気に満ち溢れてはおらず、苦渋に満ちた表情だった。
対して、信奈は自分が幼いころから一緒だった小姓の犬千代と“兄”的存在に等しい真紅狼が自分の所から出奔してしまったせいで期限がすこぶる悪い。


「信奈様、その………犬千代達を引き渡してはもらえないでしょうか………?」
「犬千代たちならもうここには居ないわ。出奔してしまったんだから………!」


勝家は途切れ途切れに要件を紡ぐ。
信奈は名古屋コーチンを食いつまみながら答えるが、その答えには棘がいくつも含まれていた。


「で、ですが………! それでは………」
「あーもう、じれったいわね! 今までは弟だから見逃していたけど、もう面倒だわ。六! 今すぐここに信勝を連れて来なさい!! 謀反の責任を取らせるわ!!」


信奈の怒りが遂に爆発したのか、勝家に信勝を連れてくるように命じる。
その目は据わっていた。今の信奈は斬ると言ったら本当に斬るだろう。
俺は口を出す。


「待て、信奈! 謀反の責任ってまさか、信勝を斬るつもりか?!」
「そうよ。それ以外の何があるって言うの?」
「実の弟を斬るのか!? そんなことしたら、益々味方になってくれる武将が減るし、民もついてこないぞ!!」
「姫さま、その決断は些か早急すぎます、十五点です」


今、俺の意見に賛同してくれたのは丹羽万千代長秀さん。織田家姫武将達のお姉さん役だ。ただ、何事にも点数を付けたがるらしい。


「うっさい! なら、他に案があるなら言ってみなさい!!」
「そ、それはよ……………」


俺は突然振られてしまい良い案が思いつかばなかったが、その場しのぎでひらめいた事を口に出した。


「そうだ! 手打ちにしてもらえばいいじゃないか! 今回の謀反を許す代わりに犬千代達を連れ戻してもらえば…………」
「そうやって許しているから、何度も信勝の周りの若侍たちがつけ上がるんでしょう! ここいらではっきりとさせた方がいいのよ!! 尾張の国の君主が誰であるかという事をね!」


信奈はそう大声で怒鳴った後、「これで謁見は終わり! 六、今すぐ連れて来なさい!」と言い放った後、奥の部屋に去っていった。
長秀さんが信奈の後を追いかけ、勝家は諦めた気持ちで清州城を去っていった。
………真紅狼、お前が去ってからこっちは大変だよ。
だけど、必ずこの危機を乗り越えてみぜるぜ。
〜良晴side out〜


〜信奈side〜
自分の部屋に戻ってから、私はほんの少し泣いた。
私の部屋は、南蛮貿易で手に入った物で溢れている。この部屋を見て私の夢を分かってくれたのはほんの僅か………万千代と犬千代、それと新しく入ったサルと真紅狼だけど、サルは除いていいわね。
真紅狼は正徳寺での会談で『行動で示す』と言ってくれた。
私はその言葉を多少は疑いながらも信じた。その信じた矢先にこれなんて、酷い運命じゃない。
真紅狼は他の男とは違う感覚に陥った。
亡くなった父―――のような存在に近いがそうではなく、なんというか………そう家族として例えるなら“兄”が出来た存在だった。
私の言ってる事を理解して、その夢を応援し、共に叶えようとしてくれる。
しかも、私の姿を見ても『うつけ姫』と呼ばず、『信奈』と呼んでくれた“存在”(ひと)
そんな“存在”(ひと)がいきなり私の元に去ってしまった。
その事を考えると、辛くて涙が溢れる。


「うぅ………真紅狼………」
「……………姫さま」


突然声を掛けられて、私は涙を拭きとり“いつもの私”に戻って対応する。


「な、なに、万千代?」
「………お辛いのであれば、泣いたらいかがです? 誰も見ておりませんし」
「万千代が見てるじゃない………」
「今の私は姫の悲しみを受け止める為に来たのですよ、姉役として」
「万千代が姉だと、ますます真紅狼が“兄”の位置になりそうだわ」
「そうなりますと、相良殿はやんちゃな弟ですか?」


万千代は、その構図を思い浮かべながら訊ねる。


「サルはサルよ! 弟なんて手間が掛かってしょうがないわ!」
「………姫さま、信勝様を斬るのはおやめになりませんか?」
「もう決めたのよ。今の世では、信勝が尾張の主となった時に逃げ道がないでしょ。私達、姫大名は髪をおろして出家すれば助かるのは万千代も知ってるでしょう? でも、男の信勝はその方法が不可能なのよ? なら、せめての思いでやってしまったほうがいいわ」


私は、本音を隠して万千代に決意が固い事を示す。
すると、万千代は何か発言を躊躇っていたが、意を決したように申し上げてきた。


「………頼まれた言伝を伝えるしかなさそうですね、蒼騎殿。姫さま、蒼騎殿が逐電する前に姫さま宛に言伝を預かっています」
「なんで、万千代に言伝なんかを………?」
「この言伝は、『信奈が信勝を斬ると言った時に伝えてくれ』と仰っており、また、『どうしても決意を変えない時のみで』と。そう仰っていましたので、今まで黙っておりました」


真紅狼はこの騒動の流れが目に見えていたのかしら………?
それともサルがいう芸無という知識を教えられていたのかしら?


「デアルカ。で、言伝の内容は?」
「『信奈、弟は大切にしろ。将来、血の繋がった家族は信勝だけになるんだぞ』だそうです」


………どうして、私の決意を崩すような言伝を残すのよぉ、馬鹿ぁ………
そんな言伝を残すなら私の傍に居てよ………真紅狼ぉ。
私の視界が突然ぼやけ、万千代が抱きしめていた。


「………万千代?」
「………誰かを頼って泣けば、悲しみはすぐに収まりますよ」


私は、その後少しだけ泣いた。
父が死んだ以降、流さなかった涙を今だけは流した。
〜信奈side out〜



―――次の日



〜良晴side〜
次の日、勝家は白装束で信勝を連れてきた。
当の本人は、『死ぬのは嫌だぁぁぁぁ』と叫んでいる。
だが、信勝の取り巻きは、『勝家殿に勝つなど、無理でございます』と申していた。
勝家が信奈の前まで行くとそこで正座し、申し上げた。


「姫様、信勝様を連れて来ましたが、信勝様の首を斬るのではなく私の首をお斬りになってください!」
「何言ってるのよ、六。貴女がいなければ、どうやって今川と戦うの? 替えはダメよ」


勝家は、頭を下げながら苦渋に満ちていた。
どうにかならないのかと………そういった雰囲気に満ちている表情だった。
俺は我慢出来なくなり、信奈の前に出て発言した。


「信奈、もういいじゃねぇか! 信勝の意志を汲み取ってやれよ!! 自分の弟を斬ったら、二度と戻ってこれなくなるし、それこそ他国からは『魔王』って呼ばれるようになっちまうぞ!!」
「うるさいわよ、サル。アンタは引っ込んでなさい! ――信勝、一度しか言わないからよく聞きなさい」
「は、はいぃぃ」
「……もし、命が助かるなら、あなたは私に対して何をする?」
「え、え………?」
「……早く答えなさい。何も出来ないなら―――」


信奈は右手を刀の柄に持っていこうとする。
すると、信勝はすぐに答える。


「………に、二度と担がれない為に、織田家の名を捨てて、分家の“津田家”の名に改めます!!」
「………それだけ?」
「それと名前も変えます。“信勝”から“信澄”と変えます!」
「………それだけかしら?」
「あ、あと、全国にういろうを広める為に、ういろう大臣となって積極的に広めて行きたいです!!」


信奈は、信勝の目を見てから問うた。


「約束できる?」
「はい!」
「そう………………………なら、命は許してあげるわ」


信奈の口からとんでも無い言葉が飛び出て来た。
誰もが今の言葉に目を剥いたが、信奈の近くに座っている長秀さんだけは、表情を変えずすっと微笑んでいた。


「あ、姉上、いいんですか?」
「いいわよ、もう! 面倒見のいい男にちょっと言われてね、考えを改めたのよ。ほら、近くに寄りなさい、ういろうをあげるわ。仲直りの印よ」
「………いただきます………」


信澄は、涙ながらにういろうを頬張った。
ういろうは庶民のおかしなので、高級品の“ようかん”よりも甘くは無くさっぱりしてる。
だが、信澄の頬張っているういろうは、どうやら違う味がしているようだ。


「……どう? ういろうの味は?」
「塩辛いです」
「それはそうよ、アンタ、涙流しているんだもん」
「そうかもしれ゛ま゛ぜん゛」


信澄は泣いた状態でも、声は嬉しそうだった。
………真紅狼、どうにかなったぜ。
ここには居ない、真紅狼と犬千代を思うと信奈がこちらを見てくる。


「さて、信澄の件は終わったから良しとして………サル、アンタ、主君に対して結構な物言いだったわねぇ〜?」


………ヤバーイ、一気にピンチに陥ったぞ。
信奈の表情はにこやかだが、その手にはすでに“圧切長谷部”が抜かれていた。
うん、ヤバイ、超やばい。
取り敢えず、今、俺がやることはただ一つ!!


ダッ!


「あ、待ちなさいよ、サル!!」


信奈が諦めるまで逃げきる事!!


「待ったら、首を斬るだろうが!!」
「当り前でしょ!? 主君に対しての物言い、許さないわよ!!」


………真紅狼、出来れば早めに戻って来てくれ。
じゃないと、俺の寿命が刻一刻と縮まっていきそうだ。
〜良晴side out〜


刀を振って、追いかけてくるんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!

-7-
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織田信奈の野望 エンディングテーマ 「ヒカリ」
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