小説『IS―インフィニット・ストラトス― 季節の廻る場所 』
作者:椿牡丹()

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【プロローグ】



 インフィニット・ストラトス。
 元々は宇宙空間での活動を想定して作られたマルチフォーム・スーツだ。しかしながら宇宙開発は一向に進まず、結果スペックを持てあました機械は『兵器』へと変わり、今となっては各国の思惑により『スポーツ』へと姿を変えて落ち着いている。

 そんな『インフィニット・ストラトス』、通称『IS』には様々なものがある。しかしたった一つだけ共通する事柄があった。

 それは――『女にしか使えない』という致命的な欠陥だ。


「ここどこだ?」

 市立施設の多目的ホール。その中を一人の少年が歩いている。
 季節は冬。二月の真ん中であり、学生にとっては受験シーズンの真っ只中である。そんな時期に少年が何をしているのかといえば、もちろん受験をするための会場へと向かっているのだ。

 ただし彼の足取りは不確かなもので、あっちに行っては戻り、こっちに行っては戻り、とただ歩いているだけのようにも見えないことはない。が、あたらずと雖も遠からず。

(これって迷ったんじゃ……いや、中学三年にもなって迷子は恥ずかしすぎる)

 初めて来た受験会場で完全に迷子になっていた。


「とりあえず次に見つけたドアを開けるぞ。うん、それで何とかなるはずだ」

 半ばやけくそとも捉えられるようなこの行為。
 この行為が後の人生を大きく変えてしまうことに、まだ彼は気付いていなかった。


 そして『世界で唯一ISを使える男』の誕生とほぼ同時刻。

「うわぁーん!! ここどこなのー!?」

 一人の女子生徒が道に迷っていた。

 茶色を帯びたセミロングの黒髪に赤いカチューシャ。右側だけを三つ編みにするという個性的な髪型の少女だ。案内図と格闘しているものの、思ったような成果は挙げられていない。

 先程の少年の迷い方が可愛く見えてしまう。なにせ彼女、既にこの多目的ホールについて一時間が経とうとしているのだ。
 両親から「遅れるといけないからもう行きなさい」と言われた事もあり早めに家を出て、こうして指定された受験会場までやって来たのだが……。

 両親のその心配は現実のものとなる。

 いくら多目的ホールといえど一時間も彷徨えば中を一通り見て回る事が可能だろう。しかしこの彼女、まるっきり周りのことを見ていなかった。

(早く行かなきゃ受験に遅れちゃう!!)

 その事ばかりが専行してしまい肝心の『探す』という行為が疎かになっているのだ。
これでは見つかるものも見つからない。

「そこの学生、何をやっている!!」
「――っ!!」

 不意に後ろからかかる声。
 悪いことなど何もしていない。ただ道に迷っているだけなのだが、その威厳のある声に思わず謝ってしまいそうになる。

 振り返ると少女よりの頭一つ分大きな身長の女性がこちらに向かって歩いてくる。

 ――黒い!!

 女生徒は喉まで出かかった言葉を何とか飲み込む。
 初対面な上に相手は大人だ。それに思ったことをそのまま口にしても許してくれるような優しさは外見からは感じられない。

 整った容姿、後ろで束ねられた艶のある黒い髪、すらりと長い身長。スーツ・ネクタイ・ヒールと全てが黒で統一されているからだろうか、さらにシャープに感じられる。

「あの私、道に迷ってしまいまして」

「……ちなみに聞くが、左手で持っているそれは何だ?」
「えっ!? コンパスですけど」

「右手で持っているものは何だ?」
「ここの案内図です。でもどうしてもここに辿り着けなくて……」

 沈黙が流れる。
 葉書に描かれている図の一ヶ所を指し示しながら固まる少女。
 そんな彼女を見て嘆息する女性。

 見つからないのも当然だ。

 一時間近く彷徨った結果、彼女は目的地の真逆に位置へと移動していたのだ。


「すぐそこを右に曲がってしばらく廊下を進むと扉がある。そこが試験会場だ」
「そうなんですか!! ありがとうございます!!」

「ここは四時までしか借りていないからな。少し急いだ方がいい」
「はい!!」

 案内図を見ることなく告げる女性の言葉に少女は大きく頷いた。
 再度案内図を確認し、コンパスを確認すると少女は勢いよく走り出し。


 左に曲がった。


「おい!! ちょっと待て。お前は私の言うことを聞いていたのか?」
「えっ!?」

「もういい、面倒だ。ついて来い」

 女性の言っている事が分からないのか、少女は首を傾げるも大人しく後ろについて行く。
 ついて行くだけにもかかわらず未だコンパスと格闘しているところを見ると、自力で行きたいのかもしれない。そんな事を考えながら女性は問う。

「名前は?」
「えっ!? あぁ、名前ですね。秋穂です」

 えっと、と言いよどむ少女――秋穂の考えが分かるのか、自分から振った話であるために予想がついていたのか、女性は足を止めることなく言い放つ。

「私は織斑千冬だ」

 自己紹介でも歩みは止めない。
 が、続けるように言った秋穂の言葉に千冬は足を止めてしまう。

「千冬さんですか。綺麗な名前ですね」
「…………」

「あ、あの私なにか悪いことを――」
「いや、何でもない。――ほら、着いたぞ」

「ほんとだ!! ありがとうございました!!」

 頭を下げる秋穂の表情は、あどけない少女そのもの。満面の笑みを浮かべながら扉を開け足を踏み入れる。

 そんな秋穂の行った先――扉を見つめ続けているのは先程まで一緒にいた千冬だ。その凛々しい表情は変わらない、が彼女を良く知るものがここにいたならば、口元が微かに上がっていることに気付けただろう。

「単に知らないだけか、あるいは――」

 最後まで言い切ることなく、その場に足音を残して姿を消した。

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