【第零話:それぞれの始まり】
「無理矢理だったな……」
世界で唯一ISを使える男――織斑一夏はベッドの上で天井を眺めていた。
あの日――一夏がISを起動させ、世界で唯一ISを使える男が誕生した日から一夏は日本政府に保護されている。
しかし、実際は保護という名の下で監視されている状態だ。
IS学園に入学となれば、全寮制である上に滅多に外には出ることが出来なくなってしまう。今この時間は、一夏にとっても重要なものだった。
にもかかわらず、一夏がベッドから起きて何をするかと言えば。
家の掃除だった。
「明日ゴミの日だしな」
慣れた手つきでてきぱきと部屋の中を片付けていく一夏。
その様子は仕方がなくというものではなく、むしろ掃除を楽しんでいる風にも見える。
「ふぅ……。とりあえずこんなもんか」
昼頃から始めたにもかかわらず、外を見ると既に真っ暗となっている。
これから春へと季節が変わるとはいえ、今はまだ冬と変わらない。
窓から入ってくる風は、昼ならば日差しも出ていたために心地よかったが、掃除が終わり一息つくと涼しさを越えた寒さがやってくる。
「うぅ……まだ寒いな」
窓を閉め、風に当てられた体を震わせる一夏は、まとめたゴミ袋をきつく縛り、ゴミ捨て場まで持っていく。
この時捨てたゴミの中に、古い電話帳だと思っていた物が入っていることに気が付いたのはそれから一週間後のことだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「へぇー。ISにも色々あるんだー」
とある一室。
ぬいぐるみからキーホルダー、人形にいたるまで様々な種類の『可愛いもの』で埋め尽くされた部屋の中、一人の少女がベッドで寝転がりながら分厚い参考書に目を通していた。
IS学園――IS操縦者を育成するための学校――への入学が決まった新入生に送られるISに関する基礎知識等が書かれた参考書だ。
その参考書、大きさ・分厚さもさることながら書かれている文字が小さい。
見る者が見れば、なにか別のものと見間違えてしまうかもしれない代物だ。
「あれ?」
そんな参考書をゆっくりと、だが確実に読み進めていく少女だが、ふとあるページでその手が止まってしまう。
そのページの内容は『モンド・グロッソ』。三年に一度行なわれるISの世界大会だ。今現在『スポーツ』として落ち着いているISだが、それは建前でしかない。
ミサイルなどただの兵器では相手にならない。故に、ISにはISでしか対抗できない。それはつまり『ISの性能の高さ=軍事力』となるのだ。
だが、少女が手を止めた理由はそこではない。もっと単純で、そこに写った一枚の顔写真に見覚えがあったからだ。
「やっぱり千冬さん、IS学園の関……け、い……」
最後まで言葉にならない。どころか明らかに少女の顔が青ざめていく。
顔の筋肉はひくつき、参考書を持つ手は震えている。
『モンデ・グロッソ第一回大会優勝者 織斑千冬』
それは千冬が世界最強であることを示すものだった。
「嘘……千冬さん、優勝者なの? ってことは世界一!?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
IS学園、職員室。
IS操縦者を育成するための学校であるがゆえに、その教員ともなると仕事の量は膨大なものになる。
「今年の生徒はすごいですね」
「そうだな」
「イギリスの代表候補生に篠ノ之博士の妹さん、それになんと言っても織斑先生の弟さんがいますからね」
話しているのは千冬ともう一人、眼鏡をかけた女性教員だ。
一枚一枚の資料を丁寧に、手早く読み取り片付けていく。女性教員の仕事は決して遅いわけではない。が、隣で座っている千冬の仕事振りを見れば誰もが息を飲んでしまうだろう。
「あいつのことは置いておくとして……もう一人、面白そうな奴がいる」
ふと手を止めた千冬の目に止まる一枚の資料。
その表情から、資料を受け取った女性教員もどれだけ千冬がその生徒を目に留めているかを知る。
「へぇ、IS適性は……Aですか。将来有望ですね」
「ランクなど今の段階ではほとんど意味がない。そういう意味では周りとは大差ないな」
「えっ!? ま、待ってください。えっと……名前は……」
立ち上がり、部屋を出て行く千冬。それに続くようにして女性教員も慌てて職員室を後にする。
資料には、右側だけを三つ編みにするという個性的な髪型をした女子生徒の顔写真が貼られていた。
茶色を帯びた黒髪に黄色いカチューシャを着けている。
そこに記されていた名前を女性教員は忘れまいと強く印象づける。千冬が目をつけるような生徒だ。おそらく何か特別なものを持っているのだろう。
「えっと……春日秋穂さん、ですね」