小説『IS―インフィニット・ストラトス― 季節の廻る場所 』
作者:椿牡丹()

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【第八話:学年別トーナメント】



 学年別トーナメント。
 クラス対抗リーグ戦が外部からの『敵』による攻撃により中止されたこともあり、今年の大会はそのルールを大きく変えていた。

『二人一組での参加』が義務付けられたのである。
 ISの訓練の延長線上であるならばそこまでする必要はない。より実戦的なものとすることが目的である。

 それ故に、基本的には二人組でエントリーシートに名前を記入し提出した者とペアになるのだが、それをしていない者は抽選で強制的にペアを組まされる。

「あー。やっちゃったね」
「……やっちゃったって、アンタの事なのよ。分かってる?」

「分かってるって!! 何とかなるよ」
「ですがこれは……本当に大丈夫ですの?」

 大会までの時間は残り三日。二人組での参加が義務付けられている以上、パートナーとのコンビネーションは重要だ。
 なるべく早く訓練をした方がいいことは誰でも分かる。

 だが、何故かそれをしない者がいた。

 否、『何故か』などと言う曖昧なことは言うべきではない。理由ははっきりとしているのだ。

 それは――。

「ラウラちゃんは見せないだけで結構合わせてくれるよ。……たぶん」
「アンタね……もういいわ。言ったって無駄なんでしょ? さっさと行きなさいよ」

 鈴の言葉に笑顔で返すと、大きく手を振りながら走っていく。未だこちらを見ているその走りは見ている側をヒヤヒヤさせるものだ。

「あっ転んだ」
「……『七転び八起き』という日本の言葉は彼女のような人のことを言うのですわね」

 見守るような表情の二人だが、もちろんそれは表面上、秋穂の前だけだ。心の中では全く逆のことを考えている。

「あんな言葉をかけて……どういうつもりですの?」
「アンタだって分かってるでしょ? 言ったって無駄なのよ。なら……やりたいようにさせるしかないじゃない」

 秋穂の姿が見えなくなると同時に口を開いたセシリア。
 答えが分かっている質問だとしても、言わずにはいられない。友人の安否がかかっているのだから当たり前だ。

 しかし、やはり自分の中で既にその質問に対する答えがあるからだろう。不満そうな表情をしているものの、そこに糾弾するような雰囲気はない。

「決まったものは仕方がないわ。出来ることなんて何もないのよ。あたしにも、アンタにも」
「そう……ですわね」

 二人の持つ一枚の紙。近々行われることになる学年別トーナメントのペアを公開したものだ。
 ほぼ全員がエントリーシートを提出したため、抽選によって組まされたペアが一組だけだった事もこの段階で公開された理由の一つだろう。
 その事自体には何の不満もない。寧ろ学生達にとっては、戦う相手が決まったことにより意欲的に訓練に励む良い刺激となっている。

 だが。

「まっ、箒を誰かと組ませるために動いて自分の分を忘れるだなんて馬鹿なことをしちゃうのは、あの子ぐらいでしょ」
「……秋穂さんが箒さんと組むという選択肢もあった、というよりそのほうがか早いですわよね」

「セシリア。あんまり心配してると安心させるためって言って……またやられるわよ?」
「な、何を言っているのか分かりませんわ? わたくしは何の心配もしていません」

 二人も続いてその場を後にする。
 参加の出来ない二人は今回は完全に観客席側であり、見守る係りだ。

 だから、何も言わない。
 友人のパートナーがラウラ・ボーデヴィッヒだとしてもだ。

 出来ることと言えば祈るくらいだ。
『何も起きませんように』


 その祈りが通じたのだろうか、大会までの三日間、秋穂の周りでは何も起こらなかった。
 それは健康面においてはもちろん、大会に向けての準備もだ。

 すなわち――。

(結局ラウラちゃんと一緒に訓練してないけど……大丈夫だよね? ……一回も話ししてくれないのは大丈夫じゃないかも)


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 学年別トーナメント。
 それは私にとっては初めての実戦でもある。この大会の意味はあんまりよく分かってないんだけど、私にとっての意味はただ一つだけ。

「頑張ろうね、ラウラちゃん!!」
「…………」

「まっ、待てラウラちゃん!! 置いていかないでー」

 それはラウラちゃんと仲良くなること。
 でも肝心のラウラちゃんは私に口を開いてくれない。いつも無言で、私が話しかけるとスタスタとどこかに歩いていってしまう。

 それを私が追いかける形になってるんだけど……。

 たぶん、これがいけないんだよね。しつこいから鬱陶しいんだと思う。蝿とか蚊ってブンブンいってるだけなのに結構鬱陶しいもんね。

 蚊なんて最悪だよ。痒いし。理由は分からないんだけど、私は人より刺されやすいみたいでいつも痒い思いをしている。
 だいたい蝿だって……。

 うん、今はこの話は止めておいた方が良さそうだね。何で蝿と蚊の話になったんだっけ?

 えっと……。

「この間から鬱陶しいぞ。私についてくるな」

 そうそう、鬱陶しいって話から発展して……えっ?

「今……なんて……」
「鬱陶しいと言ったんだ。消えろ」

 嘘……ラウラちゃん、話してくれた?
 ずっと無視してたのに……?
 これって――。

「ラウラちゃん、待ってー!!」
「邪魔だ。失せろ」

 相変わらずスタスタと歩いていってしまうラウラちゃん。
 でも話してくれたことに変わりはなくて。私と関係を持ってくれたことは確かで。その上で私を――他人を拒絶していることが分かって。

 嬉しかった。

 嬉しい、なんて感想は駄目なのかもしれない。こうして話せただけで、関係が良くなった訳じゃないもん。

 でも、今まではそんな関係さえ築けなかったから。
 私の努力が足りなかったから。

 だから、ラウラちゃんの方から少しでも歩み寄ってくれたことが嬉しい。

 ここからは、私が頑張らないと。ラウラちゃんの精一杯に答えるのは私の役目。少しずつでも、なんて甘い考えはやめる。今だからこそ、できることもあると思うから。


 一夏君には悪いけど、ラウラちゃんは渡さないよ!!


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 大会当日。アリーナ内は大勢の人で溢れていた。
 学年別、という名前からも分かるようにこの大会の参加者は一年生だけではない。
 三年生――ISにおいて学園で最も優れているであろう生徒達も参加するのだ。


 今現在、IS学園における専用機持ちの人数は第一学年が最も多い。
 だが、その数がそのまま学年全体の優秀さにならないことは言うまでもない。

 入学前からISについての勉強をしているとはいえ、ISを動かしていい場所などない。尤も、動かしていい場所があったところでISを保持していないために意味がないのだが。

 それ故、ISの勉強はIS学園に入学してから始まると言っても過言ではないだろう。
 そんな中で、入学して三ヶ月になろうかという一年生と三年生を比べること自体おかしな事だ。

 アリーナにいる大勢の人々。それは各国の政府関係者、研究所員、企業エージェントなどの人達だ。スカウトのための視察、といったところだろう。

 この大会で今後の人生が決まると言うことではないが、重要であることに変わりはない。一年生にとっては過度なプレッシャーのある大会ではないが、それでも更衣室は緊張感に包まれている。


「ねぇねぇ、ラウラちゃん。私たち、一回戦だよ!! すっごく緊張するね!!」

 ただ一組、否、一人を除いては。

「し・か・も。相手は一夏君とシャルル君だよ」
「…………」

「二人とも専用機持ちだし、ラウラちゃんも持ってるし……どうしよう!! 私だけ仲間外れだよ!!」

 更衣室は――混沌と化していた。

 二つある更衣室。本来ならば別れて着替えるはずの女子生徒達だったが、今年はそうはいかない。
 理由はもちろん、一夏とシャルル。男子IS操縦者の登場だ。

 そのせいで一つの更衣室に入らなければならなくなってしまった女子生徒。その混雑だけでも十分すぎるほどのものだが、更に拍車をかけるものがあった。

「うわー。ラウラちゃんの格好いいね!! 黒色が好きなの? 私はねー。綺麗な色は何でも好きだよ!!」
「…………」

「ねぇ、ラウラちゃ――」
「黙れ。消え失せろ」
「うぅ……そんなこと言わないでよ。それに私が本気で消えちゃったら、ラウラちゃん棄権なんだからね。あぁ、織斑先生がっかりするだろうなー。あっ、でも一夏君が優勝しやすくなるから喜んだりして……」

「貴様……」
「な、ナイフ出そうとしないでよ……お、織斑先生に言っちゃうよ? ……ラウラちゃんがいたいけな女子生徒に暴行しましたって」

 第一学年において、そして全学年で見ても一組しかいない抽選によって決められたペア。

 春日秋穂、ラウラ・ボーデヴィッヒペアの存在だ。

 この二人、秋穂が一方的に話しているようだがそうでもない。全てを拒絶し、排除しようと言わんばかりの雰囲気を全面に醸し出しているラウラが少なからず応答しているのだ。

 本気の殺意を向けながらの返事を『応答』と呼ぶのであればの話だが。

 ただでさえ冷気を放っているにもかかわらず、それを手助けするように秋穂が話しかけるのだ。

 周りの者からすれば笑い事では済まされない。恐怖だ。

「……私の邪魔をするな」
「作戦? 分かった。私はラウラちゃんの邪魔はしない。約束する」

「……ふんっ」

 さっきまでの話しぶりが嘘かのような返事。あまりにも食いついてこないために無言になるラウラだったが、深く考えることはせずに一人で更衣室を出ていく。

「はぁ……」

 戒めが解けたように溜め息をつく生徒の中、それでも秋穂の表情は笑顔だった。


「……っ」

 本当に嬉しそうに、心の底から楽しそうに笑う少女にかける言葉など、遠くから見ていた箒に見つかるはずもなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「一戦目で当たるとはな。待つ手順が省けたというものだ」
「そりゃ何よりだ。こっちも同じ気持ちだぜ」

 試合開始までの時間は刻一刻と迫っている。既にISを展開している両ペアはその時を待っていた。

「「叩き潰す!!」」

 一夏とラウラ、そして開始のブザーが重なる。


 誰よりも先に動いたのは――秋穂だった。


「じゃあラウラちゃん、頑張ってねー!! 私のために!!」

 一夏とラウラが共に前に出る中、秋穂は一人後ろに下がる。
 距離にして約五メートル。

 例えば、瞬時加速(イグニッション・ブースト)という加速方法がある。ISの後部スラスター翼からエネルギーを放出、その内部にエネルギーを一度取り込み、圧縮して放出する。その際に得られる慣性エネルギーをして爆発的に加速するのだ。
 しかしこの方法を使うことのできる機体は多くない。後部のスラスターにエネルギーを圧縮するための機構を積まなければならない。少なくとも、現在の日本で主流の量産機である打鉄には使えない。

 五メートルとは、瞬時加速を行うことが出来ない打鉄でも一瞬で移動できる距離である。

 そしてその距離は、明確な彼女の意思を示してもいた。

「なっ――!!」
「余所見をしている場合か? 随分と嘗められたものだ」

 一瞬。たった一瞬だが一夏の視線が秋穂に向く。戦うことをせず、ラウラに任せると言った少女の方へと。
 だがその隙を見逃してくれるほど甘い相手ではない。

 ワイヤーブレード。リーチと威力を持ち合わせるその武器が一夏の左肩を切り裂く。

 ――バリア貫通、ダメージ98。シールドエネルギー残量、469。実体ダメージレベル低――。

「くっ……」

 受けたのは一撃のみ。残りを『雪片弐型』で払うと後ろに下がり距離をとる。
 吹き飛ばされそうな痛みを左肩に負うものの、その目が見るものは目の前にいるラウラ。そしていつもと変わらない風に立ってこちらを見てくる秋穂の姿。

「一夏、今は――」
「分かってる!!」

『雪片弐型』を再び構えて前へ出る。
 シュヴァルツェア・レーゲン。『黒い雨』の名の通り、その攻撃が降ってくる。

 一夏の武器は『雪片弐型』のみ。近接格闘武器のみを装備してその『雨』を掻い潜るのは相当の手練れでなければ難しい。

 更に。

 ――警告!! 敵ISの大型レール砲(カノン)のロックオンを確認――。

 巨大なリボルバーの回転音とともに白式が警告してくる。

 しかしそんな状況にいても、一夏の表情に焦りはない。秋穂の戦闘放棄に対する疑問により冷静さを失っていたがそれも今では常の状態に戻っている。

「させないよ」

 六一口径アサルトカノン『ガルム』。その爆破(バースト)弾の射撃がラウラを襲う。
 シャルルの攻撃を躱すために上体を反らす。その反動で肩のカノンは射撃によってずれるが、外れた砲弾を外したままにはさせない。

「ふんっ」

 ロックオンを外されたとはいえ砲弾が放たれていることに変わりはない。ラウラのワイヤーブレードがその砲弾を躊躇なく切り裂く。

 その延長線上には、一夏がいるからだ。

 切り裂かれた砲弾の爆発とともにワイヤーブレードが牙を剥く。
 雪片弐型で払うが、その数は一本ではない。

 下から爆発に紛れたワイヤーブレードが伸びてくる。

「くっ……」
「だから――」

 しかしそのブレードは一夏には届かない。避けきれないはずの攻撃は、しかしながら回避されたのだ。

「――させないって言ってるでしょ」

 一夏のパートナー。シャルルによる射撃によって。


『高速切替(ラピッド・スイッチ)
 専用機、『ラファール・リヴァイヴ・カスタム?』の二十あまりある拡張領域(バススロット)と操縦者であるシャルルの器用さ、瞬時の判断力があって初めて成せる技だ。

 そしてこの攻撃は、射撃に限ったことではない。

「ちっ、目障りな」
「悪いけど、勝たせてもらうよ」

 懐に入れば、ラウラの大型レール砲は撃ちづらくなる。故に、ラウラが選択したものは近接ブレードだ。

 流れるような動き。ISの補助があるとはいえ、所詮は補助でしかない。その動きは千冬の元で培った確かな実力を示している。

 そして。

『黒い雨』は遠距離ではなく――近距離でこそその真価を発揮する。

「これで終わりだ!!」

 ラウラが右腕をシャルルに向ける。と同時に高速で動いていたシャルルの動きが完全に停止する。

 慣性停止能力。頭文字をとって『AIC』。ドイツの第三世代型IS。シュヴァルツェア・レーゲンに搭載されている兵器。

 ISの動きを完全に停止させることの出来るこの兵器。
 無敵のようにも思えるが実はそうではない。

 それは。

「はあぁぁ!!」
「ちっ……ゴミが」

 目の前の一人にしか作用しないという、範囲の狭さだ。

 好機を見出だした一夏が進む。ワイヤーブレードを弾き、弾き、弾き、躱し、前に出る。
『瞬時加速』で距離を詰め、『零落白夜』シールドエネルギー無効化能力を発動させたそのブレードで切りかかる。

 それにつられるように、シャルルの拘束が解かれる。
 後退し回避するラウラにむけて射撃を繰り返す。

「一夏!!」
「おう!!」

 自身の必殺とも呼べる兵器を使用したことで一気に追い詰めるラウラ。
 目の前にいるのは、正真正銘『必殺』と呼べる能力を持った少年。

 振り下ろされる攻撃に『AIC』もワイヤーブレードも間に合わない。

 少なからず削られているシールドエネルギー。その状態で絶対防御が発動してしまえばどうなるのか。それが分からない代表候補生ではない。

 ――まさかっ。

 信じられない自身の結果にそれでも抗う。間に合わないと分かっていても。戦場において諦めることは死と同義だ。

 そして、厳しすぎる教官にはそんなことは一度も教えられていない。


「ラウラちゃん。私を優勝させてくれるなら、負けたら駄目だよ?」

「なっ――」
「『邪魔をするな』。あの言葉は覚えてるよ。でもごめんね。ラウラちゃんの戦いは邪魔しないけど、これは『私の』戦いなんだよね」

 だから、と続ける。
 背中を切られ、絶対防御が発動し、シールドエネルギーが急激に消費されていく中で。

 ラウラに笑顔を向ける秋穂ははっきりとこう告げた。

「今はラウラちゃんが邪魔なんだ。私の戦いには手を出さないでね?」
「――っ!! 待てっ!!」

 ラウラを踏み台にして秋穂は速度を出す。
 一夏は――既に間合いの中。

「気付いたの。『零落白夜』の弱点」

 ブレードを握る手に力が入る。
 一夏を捉えた秋穂の動きは止まらない。

「シールドエネルギーはいきなり零にはならないってこと」
「何を言って……」

「つまり――」

 勢いのある一夏の攻撃を回避し、更に前に出る。
 近付きすぎれば刀は振れない。一夏の攻撃はもちろん、秋穂の攻撃さえ繰り出せない。

 ――そのはずだった。

 ガシッ!!

「ラウラちゃん!! 今!!」
「小娘が!! 私に命令するな!!」

 両腕を掴まえ、ブレードを振らせないようにする。虚を突かれたその行為に一夏は何も出来ない。


 生み出された一瞬。
 回避はおろか、防御さえ出来ない体勢。

 目の前に迫る脅威。
 自身の能力によって消費し、残り少ないシールドエネルギー。

 ここまで静観していた秋穂の参戦理由は想像がつく。ラウラの手助けだろう。だが、それが今である理由が分からない。

 助けるのであれば、初めから戦えばいいのだから。

「専用機持ちに私が敵うわけないじゃん」

 その疑問に答えるかのように秋穂は話す。一夏に抱きついたまま。動きを完全に封じたまま。

「時間稼ぎも出来ないよ。だから決めてたの。一夏君が『零落白夜』を出した時が私の出番だって」

 聞いていないにもかかわらず話す秋穂の表情は見えない。三六〇度見えると言っても、密着し、顔を押し付けるようにして隠しているものまで見えるわけではない。

 しかし、その声色は弾んでいて。

「『打鉄』は別に私の専用機じゃないし、壊れても大丈夫だもん。それにシールドエネルギー無効化攻撃でも一回くらいなら大丈夫だと思ったんだよね」

 上手くいって良かった。けど、あとで皆に怒られちゃうね。

 そう言った彼女は少し恥ずかしそうだった。


「一夏っ!!」

 その行為はその場にいる全ての者を驚かせていた。
 確かに少し考えれば分かる。これが、これこそが、最適なサポートだと。

 最上ではないかもしれない。
 最良ではないかもしれない。
 最悪な選択肢であるだろう。
 最低な選択肢であるだろう。

 だが、今の現状。相手の戦力。それらを総合した時に。

 秋穂のとった行動は決して間違ったものではない。むしろ戦においては至って普通に行われていることだ。

 囮。伏兵。相手の裏をかくことこそ、最も必要となるものだ。

 あとは、その立場に自分を置けるかどうかだ。誰かの命令ではなく、自らの意思として、礎となる覚悟があるかどうかだ。

 しかし、そんな攻撃にも反応している者がいた。

「ギリギリだったね」

 フランス企業、ISシェア第三位の座にいるデュノア社の人間であり、フランスの代表候補生。

「悪い。助かった」
「いいよ。秋穂、あとで説教ものだよ?」

 シャルル・デュノアだ。

「えっと……これでまだあるの?」
「「当然」」

 回避不能の一撃を躱せた要因は、ラウラの攻撃圏外から行われたシャルルの射撃だった。
 それも今までのような爆破弾ではない。
 六九口径パイルバンカー『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』。通称『盾殺し(シールド・ピアース)』だ。

 第二世代型ISにおける最強の攻撃力を誇るそれで、シャルルは寸分の狂いもなく秋穂だけを狙い撃った。

 名前負けしないその威力は秋穂を抱きついている一夏ごと吹き飛ばし――結果、打鉄のシールドエネルギーは零になり一夏の回避もすることができた。

「ここからだな」
「一夏、来るよ」

 隅にやられた秋穂から目を外し、ラウラへと向ける。
 ここからは第二ラウンド。正真正銘の二対一だ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……はぁ」

 思わず溜め息が出ちゃう。
 結局、私は何も出来なかった。戦うことも、必死に考えた作戦も、何も通じなかった。

 ここが私の限界なんだろう。専用機があるとかないとかじゃなくて、根本的な限界なのかもしれない。

 そんな風に思ってしまう。マイナス思考はいけないって分かってるんだけどね。
 目の前でこれだけ凄い戦いをされるとちょっとヘコんじゃうよ。

 あんなに見栄を張ったのに……。って、今更言っても遅いよね。

「この……死に損ないがっ!!」

 ラウラちゃんの叫びがアリーナ中に広がる。『AIC』は本当に凄い兵器だけど、凄い分だけリスクもあるみたい。

 やっぱり、万能な人なんていないよね。

 誰にでも欠点はあって。
 だからみんなで支え合って。
 でも、そうしてこなかったラウラちゃんは……弱い。

 強いけど、その強さは凄く崩れやすいもので。その脆さは、致命的な傷になってしまう。
少しでもその傷を和らげてあげたかったんだけど……私には無理だったみたい。

 ああ。また一夏君の恋人候補が増えちゃうよ。
 まぁいいんだけどね。みんなが仲良くなって、楽しくなるなら、誰が手助けしたとかそんなことは関係ないもん。

 でも……。
 うん、認めちゃおう。

 私は――。

「ぐうう……」
「まだ終わりじゃないよ」
「――っ!!」

 ――勝ちたかったと、そう思う。
 欲張りな事を言ってることは分かってる。私は代表候補生でもなければ、専用機持ちでもない。

 実力からいっても、この四人の中じゃ一番下だと思う。
 それでも勝ちたいと思うのは――ラウラちゃんがいたから。

 ラウラちゃんと一緒の大会だったから、勝ちたかった。勝って、一緒に喜びたかった。喜んでくれるかは分からない。もしかしたら『黙れ』の一言で終わっちゃうかもしれない。

 でも、終わらなかったかもしれない。

 そう思うと、どうにもやりきれない気持ちになる。
 ほんと、今更なんだけどね。最初から戦っていたらもっと違う形になったかもしれないのに……。


 ――ズカンッ!! ズカンッ!! ズカンッ!!

「ラウラちゃん!!」

 リボルバーによる連射。『盾殺し』は本当に凄い兵器だ。受けてみて初めて分かる。あれをあの距離で受けてしまったら、助からない。

 絶対防御が発動して……あれ……何だか様子が……。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 突如暴走するラウラ。
 叫び声――もはや雄叫びにも聞こえるそれをあげながら、その力を覚醒させた。

 シュヴァルツェア・レーゲン。『黒い雨』の名前を持つそのISはその原型を留めていない。

 泥々に溶かされ、今はその形を大きく変化させていた。

 全身を覆うように。
 と言っても、『クラス対抗リーグ戦』の時に現れたISのような全身装甲と言うわけではない。

 それは肌に密着し、人の形をとっているかのようにも見える。
 そしてその手に握られているのは――日本刀だった。

「一夏君、落ち着いて。……自分が何をしたいのか思い出して」
「……分かってる」

 一夏には見覚えがある。
 その姿は似ていないが……太刀筋は同じだった。

 忘れるはずもない。何せ自身の姉のそれと同じなのだから。

『刀は振るものだ。刀に振られているようでは、剣術とは言わない』

 忘れもしないあの言葉。
 幼かった自分の心の中に強く刻み込まれている想い。

 それらを胸に秘め、しかし口には出さない。そしてそれを聞き出すような無粋な真似を周りの者はしない。

 聞かずとも分かる、ということではなく。
 一夏なら大丈夫だ、ということだった。

「行ってくる」

 そう言った一夏の表情は――二人の呼びかけのおかげもあり――とても落ち着いていた。

 腕から先だけの装甲。シールドエネルギーをシャルルから貰ったために実現できた事だが、削られたエネルギーは装甲の全てを修復するには至らない。

 それでも少年は行く。

 ――心配はいらない。

 そう言って。

 ――祈りもいらない。

 ラウラへと向き直り。

 ――ただ、待っていてくれ。

 戦いに身を投じた。


「……行っちゃった」

 止められなかった事は残念だった。もうすぐ教師が来るのだから任せておけばいい。そう思った。

 でも、止められなかった。
 今は後悔などしていない。男があそこまで言ったのだ。むしろ少し気分がいい。

(肩の荷が降りたって思っちゃってるのかな……)

 ――嫌だな。
 とそんな風に思う自分を評価し、しかしそれ以上の深いところまでは考えない。

 考えることは後でも出来る。『鉄は熱いうちに打て』という言葉があるが。
 それは一つの事だけに限られる。二つ同時に打てる者などいない。

「ねぇシャルル君」
「どうしたの、秋穂?」

「私とお話ししよっか。ううん、私の独り言、聞いてほしいの……デュノアちゃん」
「――っ!?」

 シャルルの息がつまったのが聞こえた。
 やっぱり、と思う反面、言う必要ないんじゃ、という思いが出てくる。

 だが、開いた口からは次々に言葉が紡がれる。

「何でかな、分かっちゃうんだ。『違う』って。シャルル君はデュノアちゃんなんだって、気付いちゃった」
「……何を言っているの?」
「これは私の独り言だよ。……大変だと思うの。デュノア社は大きな会社だし、色々なことがあると思うんだけど……」

 秋穂は言葉を止めない。自らの想いを相手に伝える。
 脅そうと言うわけではないのだ。
 伝えたい言葉は、一つだけ。

「私には分からない苦労が一杯あるんだと思う。だから私には背負えない……。でも」
「……でも?」
「一夏君だけじゃないんだよ。あなたの事を思ってるのは」
「…………」
「ごめんね、こんな話して。でも落ち着いたら……。そうだね、卒業式の前には聞きたいな。デュノアちゃんの名前」

「……僕は……」

 言い終えたとほぼ同時に目の先で切り裂かれた音を聞く。
 その音に紛れてシャルルの言葉は聞こえなかった。

 だが、それでいいと秋穂は思う。こんな迫る形で言ってくれるのではなく、本当の自分を見せてもいいと思ってくれた時に聞きたいと。

 だから答えた。
 いつものように。はっきりと。

「え? シャルル君何か言った? 今音が重なっちゃって」
「ううん、何でもないよ」

 シャルルの顔には微笑があった。申し訳ないという顔にも見えたし、やられたという顔にも見える。
 が、それ以上その話題には触れなかった。
あとは待つだけだ。

 ひょっとすれば本当に二年後、三年生になるまで教えてくれないかもしれないが……その時はその時だ。

 呼び方が変わろうと、シャルル・デュノアという人間がいることには変わりない。
 そしてその人物と友達であるという事も変わらない。

『真に大切なものは目に見えない』
 誰かが言った言葉だが、これ以上の難しい言葉は秋穂には必要なかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌日の放課後。というのはもちろん、ラウラちゃんが一夏君に嫁宣言したり、キスしたり、シャルル君がシャルロットちゃんになったり、その他諸々の暴動が起きた放課後なんだけど……。

「…………」
「…………」

 私はラウラちゃんと部屋で二人っきりで向き合っていた。
 えっと……状況を整理してみると。

 放課後になり、呼び止められてラウラちゃんが私の部屋に来る事になった。二人とも茶道部を休んで。

 ……以上、だよね?

「……その、この間はすまなかった」
「……えっ?」

「お前に不愉快な思いをさせた。すまない」
「ラウラちゃん……」

 そっか。じゃあ昼休みにセシリアちゃんを呼び出したりしていたのも……。
 私が言うまでもなく分かってたんだよね。ただ、弱い自分を見せられなかっただけで。他人より強くないと生きていけないと思いすぎていて。

「もういいよ。私もラウラちゃんの嫌なこと言っちゃったし。私の方こそごめんなさい」
「な、何故お前が謝るのだ!! 私が悪いのだ」
「ううん、そんなことないよ。ラウラちゃんだけのせいじゃない。だから――」

 続けて言った。
 どんな顔をされるだろうって思いながら。
 受け入れてほしいなって期待しながら。

「お互い様だよ。二人とも悪い事をして、二人とも悪いと思ってるんだから。もういがみ合う事はないよね?」
「……ああ」

「それと、私の事は秋穂って呼んでね? 私だけラウラちゃんって呼ぶのはずるいから」
「それならばお前も私を――」
「秋穂って呼んでくれないと泣いちゃうよ?」

「……な、なら……秋穂……も私の事を」
「もう可愛いなぁ、ラウラちゃんは!!」

 恥ずかしがっているラウラちゃん。人の名前を呼び捨てにしたことないのかな? 案外大丈夫だと思ってたんだけど……。軍人さんには階級もあるから、その辺りが関係してるのかな?

 とりあえず!!

「ラウラちゃーぐほっ!! ごほっごほっ……」
「突然何だ……。思わず体が動いてしまったが……その、わざとではなくて。無意識にやってしまうことがあるのだ」

 うん……いきなり抱きつこうとした私も悪いけど……。ラウラちゃん、鳩尾に掌底を叩き込むのは、反則だよ。

 でも、咄嗟に加減してくれたんだと思う。本気でやられたら、それこそ殺られちゃう気がするし……。

「安心しろ。私はまだ掌底だけでは人を殺せん。本気でやっても肋骨が折れるくらいだ」
「……へえー。凄いねぇ、ラウラちゃん」

 もう何も言えないよ。『まだ』って何!?
 出来る人いるの!? というか、肋骨が心臓とかに刺さったら終わりじゃん!!  The ENDじゃ……いやDEADだよ!!

 はぁ、ラウラちゃんの髪の毛サラサラしてそうだったのにな……。

「それで、何をしようとしていたのだ? いきなり飛びかかられては話の聞きようもない」
「うぅ……ラウラちゃんを抱き締めようと思って……」
「それで何故飛びかかる必要があるのかは分からないが……いいぞ」

 はぁ……。ラウラちゃんに怒られちゃった。そうだよね。いくらベッドに座ってるからって、飛びかかるのは危ないよね……って、えっ!?

「……いいの?」
「それに何の意味があるかは知らないが……やりたいならやれ。その……償い……だったりも……」

「えへへ……」

 最後の方はあんまり聞こえなかったけど、いいよね。

 ギュッと抱き締める。それだけで世界が変わって見える。
 私の全てが、ラウラちゃんに包まれてる感覚。

「……もういいか?」
「まだダーメ。もうちょっと」

 あぁ、ラウラちゃん。可愛い……。お人形さんみたい……。
 銀色の髪も、小さな体も、だけど強い力も。前の強気な雰囲気も、全部含めてラウラちゃんなんだって、そう思う。

「……ねぇ、ラウラちゃん」
「何だ?」
「このままじっとしててね。ちょっとだけ。ちょっとだけでいいから……」

 ラウラちゃんの動きが止まった。
 返事はまだだけど、返事がないってことはいいってことだよね。

 少し見つめ合って。赤い瞳が私を見てくれていて。
 でも私の向こう側を見ているようにも見えて。


「春日、いつからここはホテルになったんだ?」
「……ほえ?」

 バシンッ!!

「痛っ!! ってお、織斑先生!? その、何でしょうか? 私は何もしてないですよ? えっと、そう!! 最近の女の子はみんなしてるんですよ。先生だって一度くらい――」

 バシンッ!! バシンッ!! バシンッ!!

「……言いたいことはそれだけか?」
「……すみませんでした」

 首元を掴まれて部屋から引きずり出される私。
 ラウラちゃんが何か言いたげな目をしてたけど……何だろ? 何か可哀想なものを見るような目だった気が……。

「春日、元気の余っているお前に特別メニューだ。グラウンド五十周走ってこい」
「五十……周?」

 それは不味くないかな? ほら、晩御飯にも間に合わなくなっちゃうかもだし。お風呂は大丈夫だけど……ってそんな話じゃないよ!!

 グラウンド五十周……。地獄だ……。

「先生、今の世の中ではあまり無理なトレーニングは駄目だって言うのが常識じゃないでしょうか? そ、それに――」
「ほう、私に逆らうというのか? ISを補助なしで展開させフルマラソンでもやってみるか? 何、安心しろ。お前が終わるまで私が見ていてやるぞ?」
「グラウンド五十周行ってきます!!」

 急いでグラウンドに向かう私。
 フルマラソン。四二・一九五キロメートルなんて走れないよ。それもISを装備してなんて……。

 グラウンド五十周でも……。

 えっと、グラウンド五十周って実際どれくらいの距離なんだろう……。グラウンド一周が何メートルかも知らないし。

 あれ? もしかして私、自分で距離を長くしてるんじゃ……ってそんな事ないよね?
 いくらIS学園のグラウンドが広いからって……。

 一周一キロで五十キロなわけだから。
 大丈夫……たぶん。


 結局、走り終えるのに三時間以上かかってしまった。
 考えていたことはラウラちゃんの事。どこか吹っ切れた表情の少女とはうまくやっていけそうな気がする。蘭ちゃんには……いっか。
『一夏君とキスしてたよ』なんて事を連絡したら、どこにいても叫んでそうだし。

 一夏君のモテっぷりには感心するしかないけど、ヒーローはこの中から誰を選ぶんだろうね? とか言いながらあと二、三人増えそうな気がするのは私の思い込みかな?
 十人ぐらい増えたりして……。

 はぁ……私も弾君の連絡先聞いておくんだった。
 くまさんのぬいぐるみを見るたびにそう思う。


 あとは……教訓としてフルマラソンを走る時には、この距離を覚えておいて比較したいと思う。
というか、余計なことで怒られないように時と場所は考えよう。
 それが無理なら部屋の鍵をかけよう。


 月は七月、季節は夏。
 高校一年の夏は、楽しくて充実した生活を送れそうだ。

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