小説『IS―インフィニット・ストラトス― 季節の廻る場所 』
作者:椿牡丹()

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【閑話:ドキッ!! 女だらけの湯煙事件】



 IS学園。
 IS――インフィニット・ストラトスという世界最強の兵器の操縦者を育成する学校である。

 世界に一つしかないこの学校には、世界各国から選りすぐりのエリート達が集まり寮生活の中、日々その力を磨いている。

 その授業はというと――とにかく難しい。その一言に尽きる。

 ただISを動かすことが出来ればいいと言うものではない。もちろん、ISを動かすことが出来るということが第一条件ではあるが、それは当たり前の事である。
 ISが乗れないにもかかわらずISについて勉強する必要は普通はない。尤も、この場合における『普通でない』状態というものはIS研究などの分野に限定されてしまうためほとんどの場合が当てはまるのだが……。


 ともあれ。
 IS学園の生徒の勉強内容は同年代の生徒のそれとは比較にならないほど多い。

 つまり授業による精神的疲労も多いということだ。

 発散方法は色々ある。

 人によって様々だが。

 それは部活動であったり。
 友達との会話であったり。
 大浴場での入浴だったりする。


「うわー。やっぱりここの大浴場って広いね!!」
「わたくしは部屋のシャワーで十分ですのに……」

「うぅ……セシリアちゃん、みんなでお風呂に入るのそんなに嫌だった?」

 大浴場。タオルを巻いた女子生徒が次々と入ってくる。その数は、六人だ。

「そ、そんなことはありませんわよ」

 目を潤ませ、見上げるようにセシリアの目を覗き込む秋穂の前に、セシリアは本音を隠してしまう。
 しかし本音を隠しているとは言え、そこが想像以上に広く、豪華とは言えないものの清潔な空間であることは事実だった。

「それにしても……人がいないわね」
「みんな先に入っちゃったんじゃないかな? まぁ気にせずにいこうよ!! お風呂は目の前だよ!!」

 チャームポイントであるツインテールではなく髪を下ろしている鈴が呟くが、秋穂は特に気にした様子はない。目の前に広がる大浴場を六人で貸しきり状態で使えることに喜んでいるようだ。

「……そんな事ってあるのかな?」
「気にしても仕方がない。とにかく風呂に入るとしよう」

「そうだよシャルロットちゃん!! 今日はシャルロットちゃんのお祝いでもあるんだから!!」

 浮かんだ疑問は別のものへと変わってしまう。
『お祝い』という言葉にシャルは心当たりなどない。誕生日はまだ先の事である。何かお祝い事があっただろうか。

 ――あった。

「シャルロットちゃんが頑張ったお祝い。パーティとかはいつでも出来るし。日本には『裸の付き合い』って言葉もあるんだよ。ねっ、箒ちゃん?」
「そうだな。お互い腹を割って話すにはいい機会だろう」

「あ、ありがとう……」
「今度何か隠し事してたらただじゃおかないわよ?」

 恥ずかしそうにするシャルの髪も下ろされていた。否、シャルや鈴だけではない。箒も秋穂も髪を下ろしており、変わっていないのはラウラとセシリアだけだ。

 それにラウラにいたっては『女子だけ』ということもあってかタオルを巻くことさえしてない。

 しかしその場にいる者は皆タオル一枚なのだ、いくら隠しているとはいえ見れば分かる。

 何が分かるのかと言えば――。


「むぅー。みんな、整列だよ!!」
 「秋穂さん? 一体何を――」
 「整列だよ!!」

 少し怒った風な秋穂。コロコロと気分が変わりますわね、と言いたいところをグッと我慢し素直にその場に整列する。

 全員が並び、その光景を睨み付けるように見た秋穂は言った。

 言ってはいけないことを。

「やっぱり。一番ちっちゃいのは……鈴ちゃんだね!!」
「……秋穂?」

 どこかで何かが切れた音がしたが、そんなことは気にしない。

「鈴ちゃん、お互い頑張ろうね!!」
「アンタ絶対あたしをバカにしてるでしょ!?」

 ピョンピョンと跳ねるように鈴に近づくと、満面の笑みを浮かべ親指を立てながら言う。
 が、そんな光景に呆れたように溜め息をついたのは箒だった。

 持たざる者には分からない苦しみ、と言わんばかりに言葉を口にしながら歩いていく。

 自ら地雷を踏んでいるとは知らずに。

「全く、馬鹿馬鹿しい。胸なんて大きくない方がいいに決まっているだろう。大きくてメリットなど何もない。重たくて肩は凝るは、動きにくいひゃわっ!!」
「そんなこと言うのはこの胸かなー? 自分が大きいからって私たちへの嫌がらせなのかなー?」

 シャワーを浴びようとする箒の後ろに回り、強引に揉んでいく。
 滑り、縺れ合いの結果タオルがとれてしまったこともあり、その光景はなんとも淫らなものへと変化していく。

 箒の口から時折漏れる声も、それを助長させているだろう。
 何故なら――声が響いているから。

 響くことにより普通に聞くよりも声に甘さが残る。

「秋、穂……。く、くすぐったいから。もう……」

 若干涙目になりながら視線を横にずらしたところで箒の動きが止まる。
 上に乗った秋穂の行為を止めるでもなく、抗議するわけでもなく、ただ固まった。

「……箒。アンタ――」
「違う!! こいつが勝手にやってきたんだ!! それはお前達も見ていただろう!? 私は、私は被害者だ!!」

「ラウラ、箒に一言ある?」

 無理矢理秋穂を引き剥がすとこれ以上ないほど顔を赤くしながら言葉を並べていく。
 呆れた様子の鈴、何かを隠すような仕種のセシリア、笑顔のシャルロット、そして眼帯をしたままのラウラ。

 うむ、と返事をしたところで箒の目を見て言った。

「言い訳など往生際が悪いぞ」
「だから違――」
「箒ちゃん?」
「――っ!? も、もう知らん!!」

 依然顔を赤くしたままその場を立ち去る箒。
 部屋のシャワーを使うために出ていく、という選択肢をとっていないところを見ると怒っているのは言葉だけのようだ。

 それを機に全員が動く。頭を洗う者、体を洗う者、頭からシャワーを浴びる者。とった行為は様々だったが、広い浴場を楽しんでいた。

 最も楽しんでいるのは、当然の事ながら秋穂だ。

「ラウラちゃん、洗いっこしよ?」
「洗いっこ? 何だそれは?」
「お互いが順番に相手の体を洗ってあげることだよー」
「お互いの体を洗う?  手伝ってもらわずとも私は一人で洗えるが……」
「いいからいいから。あっ、痛かったら言ってね?」

 ラウラの疑問に答えることもせず、頭にハテナの残るラウラの体を擦っていく秋穂。
 湯気の立つ浴場の中での洗い合い。秋穂の体が必要以上にくっついているような気もするが……恐らく気のせいだろう。

 丁寧に髪に気を付けながら背中を洗い終えた秋穂は、その手を何の躊躇いもなく前へ――足へともっていく。

「ち、ちょっと!! それはさすがにやりすぎでしょ!! ラウラも少しは抵抗しなさいよ!!」
「む?」
「あ、秋穂。その……」

 言い淀むシャル。苦笑いを浮かべながら鈴を宥めているその姿はとても主賓だとは思えない。

 秋穂はというと、ラウラが何も言わないからか、はたまた本気でそういうものだと思っているのか文字通り『隅々まで』ラウラの体を洗い、既にシャワーで泡を流している。

 そして次は私か、と言うラウラにお礼を言いつつはっきりと言った。

 そんな兆候など一切なかったにもかかわらず。
 自分の勝手な思い込みと願望で。

「鈴ちゃんとシャルロットちゃんも洗いっこしたかったんだって。だからラウラちゃんももう一回する?」

「秋穂!?」
「アンタ、何言ってんのよ!!」

 焦る二人の話など一切聞かず、しかしながら用意だけは手早く進めていく。
 その手早さは何故か初心者だと思えないものであり、ラウラへの手つきを見ていたせいもあり、二人の顔が目に見えて強張っていく。

 鈴にいたっては保健室の一件で中学時代の秋穂の噂を思い出しているのだ。

「じゃあシャルロットちゃん。始めよー」

 しかし秋穂の顔は無邪気な子供のようで。

「う、うん……」

 そんな子供のお願いのような事を世話好きのシャルが放っておけるわけもなく。

「シャルロットちゃんの肌、スベスベだねー」
「そうかな……?」
「そうだよ。それに髪もいい匂いがするし」
「く、首筋に息をかけるのは……くすぐったいよっ!!」

 ただなされるがままに、体を洗われていった。


 少し離れた所でその様子を見ていた鈴はと言うと。

(次は……あたしなのよね!?)

 急いで洗おうと必死だった。全身の泡を流されたシャルは恥ずかしそうに頬を染め、しかしながら満更でもなさそうな表情だ。
 もじもじしながら小声で「ちょっと……気持ちいいかも」と言う声さえ聞こえてくる。
必死で幻聴だと言い聞かせるが、効果は出ていない。

 嘘偽りのない秋穂の目には力がある。やましい想像に繋がってしまう自分の方が悪い、という自責の念をかりたてるのだ。

 そうして洗われた後には――。

(ダ、ダメよ!! 負けちゃ――)
「鈴ちゃん? どうかした?」
「あ、秋穂!?」

 突然声をかけられ大声を出してしまっているにもかかわらず、秋穂が動じることはない。
 それどころか、ぶつぶつと独り言を言っていた鈴の心配をしているほどだ。

 目が合う。

 吸い込まれそうな、黒い瞳。

 心配しているからだろう。その瞳が語ってくる。

「な、なんでもないわ。大声出して悪かったわね」
「そう? じゃあ、やろ?」

 何を、などと今更言う必要はないようだ。
 全く疑いのない言葉。こちらが断ることなど微塵も考えていない。

 断ればどうなるのだろうか。
 断ればいいのだ。いらないとはっきり言えばいいのだ。

 そんなことが頭に浮かんでくる。


「……ちょっとだけだからね」

 だが、浮かんだだけで、考えただけで、口では全く違うことを言っていた。

「うん!!」
(あれ!? 何で!? 何であたし頷いちゃってんの!?)

 疑問に思ったところでもう遅い。
 鼻唄を歌いながら、既に秋穂はスポンジを泡立てている。

 不味い、と鈴は思う。
 逃げなければ、とも思う。
 何だか越えちゃいけない一線を越えてるのではないか、そんなことを考えてしまう。

「ひゃっ!?」
「冷たかった? ごめんね。もうちょっと温めるから……」

「……うんっ……」

 体を洗うだけ、大丈夫。そう思っているはずなのに、唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。

 これではこちらが秋穂を変な目で見ているようではないか。そう思い冷静を保とうとする。ただ体を洗うだけだ、と。

 しかし、体は正直だ。

 力加減、速度それらでこちらを気遣っていることが分かり、それでいて一生懸命やってくれている。

「痛くない?」
「うん……大丈夫」
「じゃあ。次、広げて?」

「……うん」

 腕をあげ、腋から足に向かってスポンジが進んでいく。
 目を閉じ、言われるがままに動いていく。
 コンプレックスである小さな胸も、こうしてしまえば恥ずかしさが幾分紛れた。

 時たま鼻をくすぐる髪の香りもどこか心地いい。

(ってあたし何やってんのよ!?)
「鈴ちゃん、終わったよ?」
「えっ? ああ、ありがとう」

 教育の表れだろう。お礼はしっかりと口にする。が、その行為すら自分で言っていて訳が分からなくなる。

(なんでお礼なんて言ってんのよ……。ここはビシッと言うところで……)

 頭を抱えて何度も言い聞かせる。
 ただ体を洗ってもらっただけだと。何も変なことはしていない。
 普通に、いたって普通に体を洗っただけだ。

 常の鋭さを無くしてしまっている鈴はとりあえず浴槽へと向かう。ラウラ、シャル、そして既に『一人で』体を洗い終えた箒が待っていた。

「鈴、お帰り」
「お帰りじゃないわよ……」

「そのわりには気持ちよさそうだったな?」

 にんまり、という表現の似合う箒の表情。
 彼女にしては珍しいその表情は鈴の顔をさらに赤くさせる。洗う前に見られていた仕返しだと言わんばかりの顔に『アンタも洗ってもらいなさいよ』とは言えなかった。

 言えば洗ってもらうのがそんなに良かったか? などと馬鹿にされるのは目に見えていたからだ。
代わりに、というか完全に八つ当たりだが鈴は言葉を口にする。

「そんなことより、セシリアを見といた方が楽しいわよ? あの子、セシリアのを気に入ってるみたいだから」

「そうなのか?」
「ラウラとも仲がいいよね?」

 ラウラとシャルの言葉は間違っていない。間違っていないが……。

 あえて鈴はそれ以上口を開かなかった。百聞は一見にしかず。見れば全て分かるのだ。


「セシリアちゃん、洗いっこ――」
「わたくしは大丈夫ですわ」

 はっきりとした断り。ともすれば出ていってしまうのではないかという雰囲気を纏いながらセシリアは言う。

「秋穂さんも早く浴槽に入った方がいいですわよ。先程からずっと……」

 笑顔で振り返ってみればそこには少し不機嫌そうな秋穂の顔。
 何でわたくしの時だけ!? と言いたくなるが、またもや言葉を飲み込む。
 こんなことで慌てふためいてしまっては貴族の名折れ。優雅である姿勢も重要なものの一つなのだ。


「セシリアちゃん、洗いっこ嫌?」
「嫌というわけではありませんわよ? ただわたくしはもう洗い終えたので――」
「じゃあ私が汚してあげる」

 そう言った秋穂の動きは早い。
 セシリアの背後にいた、ということも原因ではあるがそれだけではない。

 その目は常の彼女のそれとは明らかに輝き方が違っていた。

 それはゲームセンターでぬいぐるみ一つに一万円以上つぎ込んだ時の目であり、入学初日にセシリアが見た秋穂の目だった。

「さすがのわたくしでも怒りますわよ?」
「ねぇセシリアちゃん。さっきからどうして焦ってるの? 待っててくれたんでしょ?」

「そんなことありませんわ。わたくしは――」
「一夏君、何もしてくれないもんね。セシリアちゃん、こんなに可愛いのに……」

 既に背中に張り付き、シャンプーしたての髪を弄っている秋穂。
 耳にかかる吐息がくすぐってくる。

 だが、ここまでだった。

 時間が止まったかのように一人を除いて固まった。


「ふぅ、大浴場の使用日増えないかなーって無理か。使うのは俺だけだもんな……」

 一人の、否、この学園における唯一の男子生徒――織斑一夏の登場によって。

(一夏!? 何故だ!? まさか、私が入っていると知っていて……)
(嫁と風呂に入るのは当然だな……。なるほど明日からそうしよう)
(一夏、何やってんのよ!? 犯罪じゃないの!?)
(い、い一夏さん!? 一体どういうおつもりで……)
(一夏……こんな事するかな?)

 五人の思考、どれが誰なのかは言わずとも分かるだろう。ただ一人、秋穂だけが颯爽と前に出る。
 しっかりとタオルは巻いているが、濡れたタオルでは些か以上に刺激が強い。

 いまだ発展途上の秋穂でこれだとすると、他の者はどうなのだろうか。一瞬で一夏がそう考えてしまうほど強烈な印象を与える。

「ハロー、一夏君。お疲れ様!!」
「あ、秋穂!? 何で!? 今日は男子の使用日じゃ……」

「そうだよ。合ってるよ。一夏君は悪くないよ。悪いのは……私です!!」

 堂々と宣言する秋穂。普段大浴場を使わない彼女らだからこそ騙せたのだろう。といっても全く疑っていない者などこの場にはいなかったが。

 ――ゾクッ。

 背中に冷や汗を感じながら、ゆっくりと振り返る。
 皆、笑っているがその感情はそのままではないことを秋穂は知っている。『言い訳は?』という目ではなく『言い残すことは?』という目なのだ。

 ――殺られる。

 そう思った秋穂は口にした。今回の奇妙な行為の真相を。自分へのベクトルを他人に移し変えるために。

「で、でも。みんな聞きたいよね? 男子の大浴場が使用開始になった日の事」

「――っ!?」
「やばっ!!」

 反応したのは、一夏とシャルだ。特に一夏の反応が悪かった。息を詰め言葉を発しなかったシャルとは違い、『何かがあった』と思わせるに十分な言葉を発したのだ。

 隠しきれない表情もその一翼を担っている。

「…………」

 矛先が変わるのを三人は感じていた。
 一人は安堵の表情を浮かべ、自分から逸れたことをいいことに更に楽しそうに笑っている。
 二人は悲壮な表情を浮かべ、自分に向けられている殺気に笑うことでしか返せない。

「はははっ……」
「一夏、話がある」

「よし分かった。とりあえずISを展開しようとするのは止めてくれ。なっ? とりあえず部屋に戻――」
「折角だから実演するのがいいんじゃないかな?」

 余計な一言。
 もちろん賛成多数だ。そもそも反対派の二人は確固たる反対材料を持っていないのだ。

 自分達がしたくないから、では通らない。

「さぁ!!」

 声が重なる。何でこういう時だけこいつらは仲良くなるんだろうか、そんな現実逃避の混じった呟きは誰にも聞こえることはなかった。
 そんなことを言えば、ギラギラした目で見てくる彼女たちに何をされるか分からない。
 しかも三人は専用機持ち、一人は全国剣道大会優勝者だ。

 もう一人は……盛り上げるだけ盛り上げたあと、我関せずといった風に笑っているだけだった。

「早く!!」

 あぁ、俺はただ風呂に入りたかっただけなのに……。


 一時間後、見事に逆上せた男子一人と女子六人の姿が大浴場から発見された。

 後に『湯煙事件』と呼ばれるようになるこの事件。
 記憶が曖昧で……。と皆が語る中、ただ一人正直に話し、説教され、反省文を書かされることになるのは、また別の話だ。

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