小説『百獣の王』
作者:羽毛蛇()

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”シスター”



〜Side タクミ〜



「嵐脚……死連(しれん)!! おい!! キリがないぞ!! フランキーはまだ起きないのか!!」


『やっぱり海のモクズとなれ!!』というガープ中将のふざけた言葉から始まった怒涛の砲撃は絶え間なく轟き続け、俺たちは簡単に言うとピンチだ。

 なんせ船の説明を一切受けていない状態でフランキーがダウンしてしまったせいで”風来(グー・ド)バースト”の使い方がさっぱりわからないからな。

 我らの開発部長ウソップも造船に関わったとはいえ、コーラが動力源の不思議システムについては半分程しか理解できていないらしい。

 まぁ半分理解できただけでも十分凄いけどな。俺は宴会の時にヤツ自身のシステムについて講義を受けたが意味不明だった。


「ナミさんにあんな勢いで殴られたら誰だって !!? ……えーっと、タクミさんかな、タクミさんに殴られたダメージが後からやってきたせいで起きないのよ!!」


 フランキーを介抱しているビビが若干の非難を込めてナミに視線を送ったのだが、未だ怒りの収まらないナミの一睨みで俺に責任を押し付ける事にしたみたいだ。


「船長さんも気絶したままだし反撃は難しいわね。”十字”の海賊旗を掲げた海賊船はまだ遠くにいるけどアレもそのうちここにくるんじゃないかしら?」


 双眼鏡を覗いているロビンは特に慌てた様子もなくさらなる懸念事項を淡々と告げる。

 このクソ忙しい時に海賊の相手なんかしてられないっていうのに……今の俺たちに喧嘩売る海賊っていったい誰なんだ?

 あの”十字”を見ると何故か頭痛がするからきっとろくなヤツじゃないな。


「あの爺さんひたすら砲弾投げてくるだけでこっちに船を寄せる気配は全くねェぞ? おれ達を捕まえる気なんて別にねェんじゃねェか?」


 既に単なる作業になりつつある砲弾を蹴り返すという仕事をこなしながらサンジが聞いてくるが、実際どうなんだろうな。ガープが本気を出せば俺たちは簡単に捕まってしまうんだろうか?

 正直あの程度で伝説の海兵なんて呼ばれるハズもないし、アイツの実力はこんなものじゃないのかもしれない。


「でも手抜きするような男には見えないからなぁ。孫は特別ってことかもしれないな」


 ここで話を詰めたところでガープの真意がわかるわけでもないし、俺たちはフランキーが目覚めるまでの間ひたすら砲弾を排除する事にした。


「ねぇタクミ……海賊船が肉眼でも見えるくらいまで近づいてきてるんだけど……」

「どうした? ロビンが言いよどむなんてどんな大物なんだよ? 有名どころの海賊旗はだいたい覚えてるけど、俺の記憶にない大物っていったら……まさかカイドウとか?」


 黙り込むロビン…………マジか!!? いやもう新世界編以降はほぼ記憶にないからな。とりあえずビック・マムがあんな地味な海賊旗なわけないし、適当に言っただけなんだがまさか当たってしまったのか?


「”百獣のカイドウ”がこんなとこにくるわけないわよ。でも……アナタにとってはそれ以上に嫌な相手かも」


 ”百獣のカイドウ”……初めて二つ名を聞いたけど、ふざけた名前だな。

 十中八九動物(ゾオン)系だろうが、百獣の王はライオン!! つまり俺だっつうのに!! ホッキョクグマか!!? ホッキョクグマ最強説をまた持ち出すつもりなのか!!! 俺は断固として認めない!!

 でも思い当たる大物海賊っていえばそれくらいだったんだが、じゃあいったい誰がきたっていうんだ。

 引きつった表情のロビンから双眼鏡を渡され、船の甲板に立つその男の姿を確認し……


「……おい……そのロボを早く起こせ」

「だからそう簡単に起きるわけ「さっさと起きやがれぇぇえええ!!!!」「ごぶっ!!?……」えーーーーー!!? なんで殴るの!!!?」


 甲板に横たわるフランキーの腹を突然殴りつけた俺にビビが抗議するが知ったことじゃない!!


「うるせぇ!! 殴って気絶したんだから殴れば起きるんだよ!! おらぁ!!! 起きろぉ!!!」

「がはっ!!?……うがっ!!?……のごっ!!!?……は!!? おれはいったい何を!!?」


 覚醒と気絶を繰り返していたフランキーが腹ではなく顔面パンチでようやく目覚めるが説明は後だ。


「船の名前はサウザンドサニー号!! はい決定!! だからさっさとここから逃げるぞ!! コーラロケットの用意しろ!!」

「コーラロケットってな、アレは”風来(グー・ド)バースト”っつうイカス名前が「知ってる!! 何でもいいからさっさと準備しろ!!」何で知って……お前には聞くだけ無駄か」


 フランキーは首をコキコキと鳴らしながら動力室の方へと歩いていった。これで一安心だな。


「やべェ!! 一発そっちに……あぁ……」


 ゾロの焦った声に続いて船上に響く轟音。斬り損ねた砲弾はメインマストに直撃するコースだったのだが……


「……あー良く寝た!! なんか記憶がイマイチはっきりしねェけど、もう船は「ルフィ!!!」どうした? そんなに慌てて」


 着弾音で目覚めたルフィの顔を急いでコチラに向ける。今コイツにこの惨状を見せるわけにはいかん!!


「出航の時間だ!! 爺さんとコビーに別れの挨拶をしろ!!」

「そうだな、しばらく会えねェだろうし。おーい−−−−」


 危なかった、ここで揉め事なんか起こしてる場合じゃないんだよ。とにかく一刻も早くアイツから逃げないと。


「船長さんバラバラに「ロビン、今は何も言わないでくれ。頼むから」アナタにとってはおに「あーあーあーあーあーあーあー!!!」……わかったわ」


 ロビンの言葉を耳を塞いで喚き散らしながら遮る。俺は何も聞いてないし何も見てない!!!


『『わしをなめとったら……ケガするぞーーー!!!』』

「「ぎゃーーーーー!!! 特大鉄球!!! 死ぬ〜〜〜〜!!!」」

「邪魔だぁあああ!!!」


 ガープが放った鉄球にウソップとチョッパーは大騒ぎしていたが、砲弾ならまだしもただのデカい鉄球なんぞ今のルフィには問題にもならない。


「フランキー!!! 早く……ふ……ね……を……ありゃ何だ?」


 出航の催促をする為に振り返ったルフィは見てしまった。

 標的となっていたメインマストの”前”に鎮座していた……黄金の麦わら像の成れの果てを。


「ゾロ!! サンジ!! ルフィを止めろ!! 砲撃は俺とナミで捌く!! 今アイツに暴れられたらどうにもならん!!」


 俺の脳裏をよぎった未来を共有したのか2人は素早くルフィの確保を実行したんだが、予想に反してルフィは放心状態だ。


「タクミ、電伝虫が鳴ってるわ」

「もしもし、こちら麦わらの一味、懸賞金8100万ベリー”絶対射程(キリングレンジ)”ウソップ。どちらさんで?」

「勝手にとるな!! そして自己紹介するな!! もしもし? 新聞なら間に合ってるぞ……おーい、なんかツッこめよ」


 ウソップから電伝虫を奪い取って久々にボケてみたんだが相手の反応はない。

 声が届かない距離になったからアイスバーグがかけてきたと思っていたんだが違うのか? それ以外に搭載したばかりのこの電伝虫のチャンネルを知ってるヤツなんていないハズなんだが。


『『……リングか』』

「!!?……アンタは誰だよ、先に名乗るのが……イヤ、やっぱ聞きたくないな」


 電伝虫が伝えてくるのは背筋も凍るような声色、表情まで伝える電伝虫の高性能っぷりが今は疎ましい。


『『もう船が見えているハズだがな。久々すぎて兄の声も忘れたのか? リングローズ』』


 能面の様な表情で電伝虫はあの男の言葉を紡ぐ……まぁあの男がガープみたいに拡声器使って声を張り上げる姿なんか想像できないが、なんだって……あぁ占いか。


『『新聞の情報では体術と銃を使って戦っているそうだが、”クライスト”はどうした?』』


 ”式刀零毀”の事は公表されてないのか。あの刀はそうそう世に出してイイ物じゃないって事だろうな。

 ていうか”クライスト”ってのは何だ? まだ俺が思い出していない、イヤ、思い出したくない記憶があるのかもしれない。


『『何を黙っている。母さんの形見のあの剣をお前から取り戻す為に、そして母さんの仇を取る為に、俺はこの海に出たんだ。まさか手元にないなんて戯言を抜かすつもりじゃないだろうな?』』


 本来のホーキンスの船出の目的は記憶にないが、ココでの、俺の兄としてのアイツの目的は復讐だったのか。

 ”クライスト”は剣の名前、俺が勝手に持ち出したのか? 返せるもんなら返してやりたいが、生憎俺はそんなモノ知らない。


『『……いい加減にしろ!!! アレは本来姉さんが受け継ぐハズのモノだ!!! お前なんかが持っててイイモノじゃない!!!』』


 姉さん!!? 俺には姉貴までいたのか!!?

 ……ダメだ、思い出せない、思い出したくない。


「おい、”風来(グー・ド)バースト”の準備ができたぞ。って電話中か。もうちょい「船を出せ」イイのか? 5kmは飛んじまうから小電伝虫の距離じゃ念波が届かなく「イイから早く出せ!!!」……怒鳴るなよ」


 ガープが二発目の特大鉄球の投擲体勢に入っているが、アレが届く頃にはこの船は遥か彼方へと飛翔した後だろう。


『『おい!! 聞こえたぞ!! 逃げるのか!!? ふざけるな!! ”クライスト”を置いていけ!! 姉さんの居場所はどこだ!! セフィ』』


 兄貴には似合わない表情で声を荒げて喚きちらす電伝虫を切り黙らせる。最初からこうしていれば良かったんだ。


「……コレで良かったの? アナタの過去が掴めそうだったのに」


 黙って隣で様子を伺っていたロビンが心配そうに話しかけてくれる。


「過去なんてどうでもイイだろ? 俺はロビンがいればそれでイイんだ」

「……そう」


 不安そうなロビンの肩を抱き寄せて……違うな。

 俺が不安なんだ。こうしていないと自分を保てる自信がないのかもしれない。


「すげェ!!! 船が飛んだぞ!!!」

「この感覚は覚えがある!!!」


 船が飛んだと同時に電伝虫は再び鳴り出していたが、放心状態のルフィを除いた皆はサニー号に感動していて、誰もその送話器をあげる事はなかった。

 得意げにサニー号の性能を説明するフランキーの言葉も、宴会だと騒いでいるウソップの声も次第に耳に入らなくなり、俺はいつの間にか正面から抱きしめていたロビンを抱く腕に自然と力が入る。


「タクミ……大丈夫、私がいるわ」


 俺達を冷やかす声やサンジの怒りの声も聞こえない。

 俺にわからない事なんてこの世界にたくさんある。兄貴と話を聞いてそれが良くわかった。

 今までみたいに知識に頼っているだけじゃ、仲間を、ロビンを守れない。

 この世界は、俺が知っているONE PIECEの世界じゃない。


 それでも、この温もりだけは手放さないとあらためて誓う。


 鳴り続けていた電伝虫が静かにその叫びを止めた。
 
 
 

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