小説『アイプロ!(37)?謎の魔術師?』
作者:ラベンダー()

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「バーのマスターが変わった?」

秋本が、後ろを歩いている圭一に言った。
バーとは、プロダクションの7階に、3階の食堂と同時期に作られた、プロダクションの社員だけが使えるバーのことである。
外だと人の目を気にしながら飲まないといけないため、タレントたちが安心して飲めるようにと作られた。もちろん未成年は立入禁止だが。
そのバーの前のマスターが独立したため、新しいマスターを募集していたのだった。
圭一が嬉しそうに言った。

「そうなんですよ!それもマジシャンなんです!」
「へぇ〜…」
「今、自由契約してもらえるよう交渉中なんですよ。」

秋本は「秋本部屋」のドアを開いて言った。

「え?そのために、うちに来たんじゃないの?」

圭一も一緒に入り、ドアを閉めて言った。

「いえ。浅野俊介さんって言うんですけど、元々はバーのマスターの面接に来られて採用されたんだそうです。その時はマジックができるとか一切おっしゃらなかったそうで…。でも浅野さんの初仕事の日に僕がお手伝いに行ったら、なんかぼそっと「ああ面倒くさい」とか聞こえたんですね。」
「面倒くさい?」

秋本がソファーに座りながらそう言い、笑った。

「それで、どうしたのかな?って思って浅野さんの手元を見たら、まだ電気ポットの電源入っていないはずなのに、お茶のコップにお湯が入ってたんです。」
「ほお!」
「で、どうやったんですか!?って聞いたら照れ臭そうに笑って「おもしろいことしてあげる。」とおっしゃって、別のコップにお水を入れて、そこへ浅野さんが手をかざしたら、みるみるうちにお湯になったんです!」
「!?!?何それ!?エスパーじゃないか!」
「でも浅野さんは、ちゃんとタネがあるっておっしゃるんです。」
「へぇー…何か、面白い人だね。」
「ええ。お茶を飲むのに…電気ポットでお湯を沸かすの時間がかかるからって、自分でお湯を作ってたんですよ。それでその中に紅茶のティーバックを入れて、美味しそうに飲んでて…。僕も浅野さんが暖めたお湯で紅茶をいただきました。」
「…普通のお湯だった?」
「はい。普通のお湯でした。」
「なんだろなーそれ…タネ明かしはしてくれなかったの?」
「内緒…って。社長と父さんも目の前で見て、びっくりしてましたよ。」
「俺見たいなー…それ…亮と今日行くよ。」
「はい!僕も手伝いに行くので、絶対来て下さいね!」
「わかった。」

秋本は圭一がやたら嬉しそうなので、そのことについ笑った。

「?…なんです?」
「圭一君にまた、芸が増えるのかなって思って…」
「マジックですか?…それはさすがに無理だと思いますけど…。」

圭一が笑いながら言った。

……

秋本と沢原は、目の前で湯ができあがるのを見て驚いた。
いったいどういう仕掛けになっているのかわからない。水を入れる前にコップの裏など見せてもらったが、全く何もなかった。それもそのコップは、浅野が持ち込んだものではない。
浅野はニコニコとしている。秋本とも沢原ともまた違ったさわやか系のハンサムで、笑顔がとてもチャーミングだ。だが見た目と違い声は低く、身長は圭一より少し高めで細身である。黒の半そでTシャツに黒のスリムジーパンといういでたちなので、一層細身に見える。

「…わからないっ!!」

沢原が頭を抱えて言った。

「ねぇ、浅野さんっ!!ビール1杯おごるから教えてっ!!」

沢原が言った。浅野は「それだけは勘弁して下さい。」と苦笑するように笑っている。

「いいなぁ…こんなことできたら、女の子にめちゃもてじゃないか。」
「こらこら…未希ちゃんに怒られるぞ。」
「…はい…」

秋本に釘を刺され、沢原はしゅんとした。
浅野と圭一が笑った。

「浅野さん、うちと自由契約するの渋ってるの?」

秋本が、ジンライムをひと口飲んで言った。

「はあ…。ちょっと前に契約していたところとの絡みで…。もう辞めたので、気にしなくていいと言えばいいんですけど…」
「そうか…。」

沢原がビールをひと口飲みながら「会社って、いろいろあるもんなぁ…」と言った。

「浅野さんは、テーブルマジックが主流なの?」

秋本が尋ねた。

「いえ…本当はイリュージョンが得意です。」
「イリュージョン?」
「手先は言うほど器用じゃないんですよ。どちらかというとプールの水を波立たせてカーテンのようにしたりとか…火を操ったり…というような大掛かりなものの方が得意です。」
「それ見たいっ!!絶対に見たい!」

沢原が浅野を指さして言った。圭一が浅野の隣で身を乗り出して言った。

「でしょ!?…僕もそれがすごく見たくって…」

浅野が照れ臭そうにした。

「前のところを辞めてから全くやっていませんから…うまくいくかどうかはわかりませんけど…」
「それも仕掛けがあるの?」
「もちろん、あります。水は教えられませんが、火の方は単純に映像です。」
「映像!?」
「映像機器を使って火に見せてるだけなので熱くないし、間違って触れても火傷したりしません。…一応、内緒にしておいて下さいよ。」
「へえー…そんな機械があるんだ。」
「今ちょっと、その映像をお見せしましょう。」
「えっ!?」

沢原達が驚くと同時に、浅野はさっと手のひらを上へ向けた。ボっと火の球が現れた。

「わっ!!…なんか、X−MENとかいう映画で見たやつみたい!!」

秋本が思わずそう言うと、浅野が笑った。

「あれはCGですが、私のも同じようなものです。映像ですから、触ってみてください。熱くないですから。」

秋本は恐る恐る火の球に指を入れてみた。

「!!本当だ熱くない!!」
「俺も俺も!」

沢原も入れてみた。本当に熱くなかった。

「おおお…。映像機器か。それを浅野さんは今持っているんですね。」
「ええ。でもお見せできませんよ。」
「…だろうね。」

沢原ががっかりした様子を見せた。浅野が笑った。

「でもですね…私に悪意のある人がこの火に触れると…一気に熱を持つんですよ。」
「!!…またまたぁ…」

秋本は一瞬驚いたが、笑いながら言った。浅野は肯定も否定もせずに、ニコニコと笑っている。

……

浅野のうわさは、プロダクションに一気に広がった。
そしてそのマジックを見せてもらうために、バーは浅野が来てまだ5日目だというのに大入り満員となった。
浅野はカクテルを作る暇もないので、今日もバーで働いたことがある圭一が手伝いに行き、カクテルを作ったり給仕したりした。

「これ、プロダクション内じゃなくて、外でやったらもっと儲かるんじゃない?」

秋本が、カウンターでカクテルを作っている圭一に言った。

「ほんとですね。」
「マジックを見られるだけじゃない。「北条圭一」がカクテル作ってくれるんだよ。有名アイドルがこんなことしてくれるバーなんて他にないよ。」

秋本の言葉に圭一は笑って、できあがったカクテルを盆に乗せてカウンターを出て行った。

「熱っ!!」

そんな男性の声が聞こえた、秋本が思わず後ろのテーブルを見た。

「熱くないなんてうそじゃないか!」
「え?おかしいですね。」

浅野がのんびりとしているのに対して、男が怒っている。
秋本は思わず立ちあがった。

「失礼。」

そう言って、指を炎の中に入れてみた。
そして、驚く浅野に微笑んで見せた。

「熱くないですよ。全然。」
「え!?…でも俺はすごく熱くて…がまんしてるんじゃないのか?」
「…がまんできる熱さでした?」
「…いや…」

男はごまかすようにビールをひと口飲んだ。

「…失礼ですが…うちのプロダクションの人じゃありませんね?」

圭一が驚いて秋本の傍に駆け寄った。周囲が男を見る。圭一が言った。

「…そう言えば…見たことないです。事務員さんにもいなかった…」
「忙しいのをいいことに、紛れ込んだんですね?」

男が立ち上がった。

「ちょっと待って下さい。」

秋本が思わず腕を取り言った。

「どうやってプロダクションに入ってきたんですか?」

男は困ったように黙り込んだ。秋本が続けた。

「場合によっては警察に通報しますよ。ここは部外者立入禁止フロアと告知している場所ですから、不法侵入に値します。」
「待ってくれ!」
「…どうやって入ってきたんですか?」
「…非常階段から…」
「!!…そうか…」

圭一が思わずそう言った。非常口なのでバーが終わるまで、常に鍵が開いたままになっている。
秋本が男に詰め寄った。

「そこまでしてどうしてここへ?」
「…浅野俊介がここに雇われたと聞いて…探って来いと…。」

浅野が眉をしかめて言った。

「…前の事務所にあなたいましたっけ?」
「いや…俺は金で雇われただけだ。」

浅野はため息をついて首を振った。秋本が気の毒そうに浅野を見た。

「…なるほど…浅野さん…確かにやっかいな問題なようですね。」

浅野が眉をしかめたまま、うなずいた。
秋本が男に言った。

「…今日はこのままお返ししましょう。ただ2度と来ないと約束してくれたらです。」
「…わかった。もう来ないよ。」
「あなただけじゃない。他の人もです。それともう1つ、あなたを雇った人にお伝えいただけますか?」
「!?…何を?」
「個人の才能は独占できないものだとお伝え下さい。」

その言葉に、浅野が驚いた目で秋本を見た。
圭一は何か嬉しそうに微笑んで、秋本を見ている。

「…わかった。必ず伝える。」
「お願いします。…では、ご退場いただきましょう。…もちろん代金はいただきますよ。ここの飲み代も向こうが払ってくれるんでしょう?」
「…そうだ…」
「圭一君、この人の勘定は?」
「グラスビール2杯だけなので500円です。」
「ここはプロダクションの人間のために、プロダクションが半額負担してサービスしている店です。本来なら倍の料金を取りたいところですが…」
「わかった…倍払うよ。」

男性は1000円を秋本に払った。

「確かに。…圭一君、領収書ってあるのかな?」
「ないですよ。…外の人は入ってこないから…」
「だよな。…領収書なしでいけそうですか?」
「…いや、ここを出してくれればもう構わない。」

男のその言葉を聞いて、秋本はうなずいた。

「申し訳ありませんが、中のエレベーターを使わせるわけにはいかないので、また外の非常階段から出ていただけますか?」

男がうなずいた。秋本は圭一に言った。

「ちょっと俺一緒に行ってくる。」
「はい。」

浅野を始め、バーにいた全員が男と秋本を見送った。
ほっとした雰囲気が広がった。

圭一が、浅野に近寄った。

「…浅野さん…すごいですね。…本当に熱を持つんだ。」
「まあね。」

浅野がにやりと笑って、カウンターに戻った。

(不思議な人だなぁ…)

圭一は思った。

……

バーが終わり、浅野と圭一は後片付けをしていた。
カウンターの水場で、浅野が洗い物をしている。圭一はテーブルを拭いていた。

「圭一君。」

浅野が洗い物をしながら、圭一に言った。

「はい?」

圭一は、テーブルを拭きながら、浅野の顔を見た。

「秋本さんって…カッコイイね。」
「ええ。綺麗な顔立ちしてるでしょ。」
「それもそうなんだけど…心もね。」
「?…心?」
「あの男に「個人の才能は独占できない」って言ってくれたじゃないか。」
「ああ!」

圭一はテーブルを拭きながら、微笑んだ。

「あれ…確かにカッコよかった…」
「…いい人たちだね…ここのプロダクションの人って…。前の事務所とは大違いだよ。」
「…前の事務所って…」
「ん。事務所の社長イコールマジックの師匠でね…。後は弟子なんだ。…皆、早く有名になりたいから、とにかく師匠に気に入られようと競争し合うんだけど…。中には実力じゃなくて、お金とか中傷でライバルを蹴落とそうとする人もいた。…というより、そういう人の方が多かったかな。」
「…浅野さんはそれが嫌で辞めたんですか?」
「いや…辞めさせられたんだよ。」
「!?」
「…ちょっといろいろあってね。」
「…そうですか…。」

圭一はあまり聞かない方がいいのかなと口をつぐんだ。

「それから、自由契約結ばせてもらったから。」
「!?…えっ!?いつの間に!?」
「今日バーを開いてすぐに、社長と副社長が来てくれてね。」
「…そうなんですか!…」
「…こちらに迷惑をかけるって言ったんだけど、社長がそんなこと構わないって言ってくれてね…。…正直、嬉しかったよ。だから俺も覚悟を決めた。」
「…それで早速これですか。」

テーブルを拭き終えた圭一が笑いながら、浅野の横に行った。

「そうだ…。…でも、これだけじゃ終わらないと思うよ…。早速ショーをさせてもらうことになったけど…どうなるか…」

浅野が水を止めて、しばらく考える様子を見せた。

「浅野さん…」

圭一が浅野の横顔を見つめた。
浅野はふと圭一のその視線に気づいて、笑顔を見せた。

「圭一君…ショーも手伝ってくれるかい?」
「!!えっ…僕でいいんですか!?」
「もちろん。…迷惑かけないといいけど…」
「大丈夫です!…よろしくお願いします。」

圭一が頭を下げた。浅野が「こちらこそ」と言って、濡れた手を差し出した。
圭一は構わずその手を握ったが…

「あれ?」

圭一の手は濡れていない。浅野の手はもう乾いている。

「????」
「イリュージョン」

そう言って、浅野が笑った。

(終)

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