男の子は森の中をタウンマップ片手に歩いていた。
チェレンがカラクサシティを出た翌日に男の子もカラクサシティを出て、サンヨウシティを目指していた。
ベルは少ししてから行くと言っていたが、道を間違えずに来れるかどうか男の子には心配だったのだが、何も言わない事にした。
カラクサシティを出てから3日、もうそろそろサンヨウシティが見えてきても良い頃だ。
男の子は喉が渇いたので、歩きながら水筒を鞄から取り出して飲んだ。
その男の子の様子を肩から眺めていたユズは何かに気づいた後、男の子の頬を叩き、前方をその小さな手で指差した。
男の子はユズのそんな様子に疑問に思いながらもユズが差した方向に目を向け、ユズが言いたい事を理解した。
ユズが指差した場所は男の子から30mほど離れた所で、木々が無く、まるで丘のようになっていて景色が良く見える場所だった。
其処から見える景色の中にはサンヨウシティが見えていたのだ。
レンガ作りの建物が多い街並みと広場、そして少し外れた所にある夢の跡地。
男の子はそれらを眺めた後、ユズに礼を言って再び歩き出した。
3つの星を意味するサンヨウの名を持つ街へと。
??.食事
男の子はサンヨウシティに着いた後、ユズの回復とポケモンのタマゴの健康状態、今夜泊る部屋を取る為にポケモンセンターに直行した。
ユズとポケモンのタマゴをジョーイさんに預け、泊る部屋の確保もできた男の子はポケモンセンター内にあるショップで足りなくなった物を買い足しながら現在の時刻を考えてサンヨウシティを巡るのは明日になるな。と思った。
現在の時刻は4時37分。ユズとポケモンのタマゴが返されるのが混んでいるのもあって4時間もかかるらしいのでどう考えても明日にならないと巡る事が出来ないだろう。
今日の内にサンヨウシティを巡りたかった男の子は少し残念に思いながら、買い物を済ませる。
そして、今日の夕飯をどうするか男の子は考えた。
ポケモンセンターの混み具合から考えるとポケモンセンター内にある食事処も混雑する可能性が高い。
男の子はサンヨウシティで、ポケモンセンターでは無く違う場所で食事が取れる所と言ったら一つしか思いつかなかったが其処に行くという選択肢は最初からなかった。
下手に関わって手の内を晒したくは無かったし、何より男の子自身、“本物のトウヤ”ならまだしも“トウヤになってしまった男の子”が印象に残ってしまっては困ると思っている為だ。
男の子はとりあえず、ユズの回復とタマゴの健康診断が終わるまで泊る部屋で待とうと階段を上ろうとしたが、見覚えのある姿が見え、そちらの方に足を向けた。
ある程度近づくと男の子に気づいたらしく此方に振り向いてくれた。
「今日は。アララギ博士」
「あら、今日は。もうここまで来ていたのね」
「はい。寄り道等はしなかったので」
そうなの。と言ってニッコリ微笑んだアララギ博士は男の子が旅に出た日にしたやり取りを完全に気にしていない様に見えた。
男の子は若干その事を気にしていたので少しぎこちなくなってしまった自分に軽く凹んだ。
気を取り直すように男の子は首を振り、アララギ博士に向きなおした。
アララギ博士は有名人なのにもかかわらず、変装もせずに何時もの白衣を着て堂々といるので周りのポケモントレーナーであろう人たちの視線が痛いほどに向けられている。
男の子は相変わらずだなあ。と思いながら何故、サンヨウシティにいるのかを聞いた。
「研究仲間が“夢の煙”で・・・、あ、サンヨウシティの少し外れにある夢の跡地に生息しているムンナやムシャーナが出す煙なんだけどね、それを使って凄い発明をしたから見てくれないか。って誘ってくれて、丁度研究が一段落した後だったから来たのよ」
男の子は普段の顔とは違うアララギ博士の顔を見てとても驚いた。
アララギ博士は新しい楽しみが出来たと喜ぶような顔をしていたのだ。
今まで男の子が見てきたアララギ博士は少なくともこんな顔をしなかったと記憶している。
アララギ博士は男の子達の前では少しからかう様な顔をしていたので、初めて違う一面を見たような気がしたのだ。
否、男の子は旅達の前に真剣な研究者としての顔を見たがそれとはまた違った顔だった。
だが、男の子は旅立ちの前に見た顔では無く、この顔こそが本当のアララギ博士の研究者としての顔なのだ。と今、何となく気づいた。
そして男の子はアララギ博士を羨ましくも思った。
何故なら男の子は現実世界の父親の妹家族にいた頃は夢中になれるものなどゲーム位しか無かった。
そのゲームも男の子の従弟にあたる子供が飽きてしまってから男の子に渡された言わば中古の様なものだが。
ともかく、男の子はそんな自分とは違い何かに夢中になれるものを持つアララギ博士だからこそ羨ましく思ったのだ。
男の子がそう思っているとは知らないアララギ博士は男の子にユズやサンヨウシティまでに捕まえたポケモンがいるかどうかを聞いてきた。
男の子は素直にユズと貰い受けたポケモンのタマゴを話し始めた。
アララギ博士は男の子が貰い受けたポケモンのタマゴに興味があるのか特徴等を聞いてきたので男の子は快く話した。
ポケモンセンターに預けている。と男の子が話すとじゃあ、明日見てもいいかしら?と聞いてくるアララギ博士に男の子はやっぱり研究者だ。と思いつつ、了承した。
アララギ博士がポケモンセンターの壁に掛けてある大きな時計を見て、もうこんな時間なのね。と呟いた。
男の子はその言葉を聞いて時間を確認するためにアララギ博士の視線の先にある時計を見て驚いた。
6時56分を指す時計の針は何度見ても変わらないどころかまた一分時間が進み6時57分になった。
「トウヤ、私はそろそろ研究仲間の所に行くわ」
アララギ博士はそう言って、何時もの顔でニッコリと笑った。
男の子はこんな時間に尋ねるのか。と思ったが、アララギ博士によると研究仲間の所で泊るらしく、しかも、こんな時間でも気にしない人らしい。
「それじゃあ、また明日ね。トウヤ」
「はい。アララギ博士」
男の子はアララギ博士を送り出すと自分のお腹が空いている事に気が付いた。
ポケモンセンターの食事処は男の子の予想通り混雑しており、とても行く気にはなれなかった。
男の子は仕方がないので渋々外食する事にした。
部屋に荷物を置き、財布とトレーナーカード、ライブキャスターを持って部屋の鍵を閉めた男の子はふと、受付にいるジョーイさんにサンヨウシティでお勧めの店を聞こう。と思い、ロビーに降りて受付の方へと足を進めた。
受付に近づく男の子に気づいたジョーイさんは何時もの笑顔で何のご用でしょうか。と尋ねてきた。
「すみません。サンヨウシティでお勧めの店とかありますか?」
「嗚呼、それでしたらサンヨウジムにあるレストランがお勧めですよ。この街一番のお店ですから」
笑顔で告げられたジョーイさんの言葉に男の子は其処は一番行きたくないんですよ。という言葉を慌てて飲み込んだ。
イッシュ地方は他の地方とは違いジムと違う設備が一体になっていたりする。
サンヨウジムはその中の一つでレストランの中にある。
そして、サンヨウジムの三つ子がジムの挑戦が無い時はレストランのウェイターをやっている事はトウヤの家のパソコンで各地のジムリーダーの事を調べたので知っている。
男の子がサンヨウシティに来てポケモンセンターの混み具合からしてポケモンセンターの食事処が混雑すると予想した時に違う場所で食事ができる所としてただ一つ思い付いた所だが、思い付いた後すぐに却下した所でもある。
ジョーイさんに違う店を紹介してもらおうと他のお勧めの店は何か聞こうとした時、後ろから声をかけられた。
男の子はチェレンの声だと気づき、振り向いたが、視界に入ったある一人の人物に振り返った事を物凄く後悔した。
そこにいたのはチェレンと燃える様な赤髪に赤い瞳を持つサンヨウジムの三つ子ジムリーダー、ポッドがいた。
何処かヤンキーめいた性格にもかかわらず、ウェイター姿が物凄く似合っており、男の子に好奇心の色を隠しもせずにジロジロと見ている。
男の子はチェレンに説明を求める視線を送ると、男の子の視線の意味を正確に理解したチェレンは簡潔にジムに挑戦したんだよ。と言った。
「こんな時間までジム戦が長引いたのか?」
「うん。想像以上にメンドーな展開になってね。・・・・何とか勝ったけど」
「そっか、おめでとう」
男の子の祝いの言葉を受けたチェレンは照れたのか別に。と言って男の子から顔を背け、受付のジョーイさんにポケモンの回復を頼んだ。
チェレンは三つのモンスターボールを預けている所を見ると如何やらポケモンを捕まえたらしい。
男の子を見ていたポッドもジョーイさんに二つのモンスターボールを預けると、チェレンに話しかけた。
「なあ、チェレン。コイツは誰なんだ?」
「自己紹介が遅れてすみません。彼はぼくの幼馴染のトウヤと言います。トウヤ、この人は知ってるかと思うけどサンヨウジムのジムリーダー、ポッドさんだよ」
チェレンが丁寧にトウヤ―――実際は男の子―――を紹介する。
紹介された男の子は関わらせるなよ、チェレン。と内心思っていたが。
ポッドはふ〜ん。と言って男の子を再度好奇心の色が隠せていない目で見てきたので男の子は居心地の悪さを感じ得なかった。
もし、此処に男の子の相棒であるユズがいたのならポッドに電気技の一発や二発食らわせていたかも知れないほどだ。
一通り見て満足したのかポッドは好奇心の目を引っ込めて男の子にニカッと明るく笑いかけ宜しくな!と握手をする為に手を差し伸べてきた。
男の子はポッドが差し伸べた手を慌てて握り返した。
ポッドは男の子と握手を交わした後、男の子にとって爆弾発言をした。
「さっき、ジョーイと店の話をしてた所を見るとオマエ、まだ飯食ってねえんだろ?丁度良いからチェレンと一緒にレストランに来いよ。サービスしてやる」
余計な事を言うな!!と男の子は心の中で叫んだ。
印象に残りたくない男の子にとって最悪とも言うべき事態になってしまった。
だが、ここで断れば逆に色んな意味で男の子の印象が残るだろうし、何よりポッドが男の子の肩に馴れ馴れしく腕を回している為逃げる事が出来ない。
男の子の近くにいるチェレンは我関せず状態でジョーイさんに何時頃に回復が終わるか聞いていた。
ジョーイさんはチェレンにいつ回復が終わるか説明した後、良かったわね。なんて言っている様な笑顔を浮かべて此方を見ている。
完全に切り抜ける事が出来なかった。
男の子は内心でこれからの事を思い、心の中で盛大に溜息をつきながらポッドの誘いを受けた。
「お〜い!帰ったぜ〜!!」
そう言ってポッドはレストランのドアを盛大な音を立てて開けた。
ドアについているベルが壊れるのではないかと思うほど勢いよく鳴り響く。
男の子はその光景を見ながら、来てしまったな。と思った。
チェレンは男の子の落ち込みに気づかずにポッドが入ってから騒がしくなったレストランのドアをポッドとは正反対に丁寧に開け、中に入る。
男の子もチェレンに少し遅れてレストランの中に入ると、ポッドを叱っている流水を思わせる水色の髪と瞳を持つウェイターと生い茂る森の様な緑色の髪と瞳を持つウェイターが目に入った。
どう見てもサンヨウジムの三つ子ジムリーダー、コーンとデントだった。
視界に入った途端、男の子は逃げ出したくなった足を懸命に踏み留めながら、三つ子のやり取りを見る。
コーンは何処か怖い笑顔を浮かべ、ポッドを叱っているというよりも脅していて、それをデントがやんわりと宥めている様に男の子は見えた。
ポッドはコーンの笑顔に押されており、男の子は内心でレストランに来る原因を作ったポッドがそのまま叱られていればいいのに。と思ったが、そのやり取りは少しすれば収まった。
チェレンは三つ子のやり取りが終わった後、何事もなかった様に彼らに話しかけた。
その様子に男の子はこんな状態が何度かあったんだな。と予想した。
チェレンが話している少しの間に男の子はレストラン内部をざっと軽く目を走らせる程度に見渡した。
時間帯が夕飯時なので、殆どの席は埋まっており家族連れや若い女性客が多い。
女性客の殆どは三つ子のファンなのか此方の様子を窺っており、チラチラと向けられる視線が不愉快だった。
「彼はぼくの幼馴染のトウヤです」
「初めまして、トウヤ君。僕はサンヨウジムジムリーダーのデントだよ」
「同じくサンヨウジムのジムリーダーのコーンと申します。以後お見知りおきを」
男の子はチェレンの紹介に慌てて彼らに視線を向けた後、二人が自己紹介をしてきた。
失礼が無いように男の子も此方こそ。と言って差し伸べられた手を握り返した。
男の子が二人の握手に答えた後、チェレンと共にポッドの先導で奥の壁側にある空席の二人用のテーブルに案内された。
席に座るとコーンがメニュー表を二人分渡してくれたので、礼を言って一通り見ることにした。
品のあるメニューから庶民的なメニューまで様々で、目移りしてしまう。
チェレンと何にするか悩んでいると、何時の間にか三つ子のジムリーダーはいなくなっていたので男の子はホッとした。
少し離れた所にデントとコーンが接客しており、見当たらないポッドは恐らく厨房に引っ込んでいるのだろう。
男の子はメニューにあったドリアとサラダのセットと食後のハーブティーを、チェレンはハンバーグセットと食後のコーヒーを通りかかったウェイターに頼み、運ばれてくるまで談笑する事にした。
男の子は早速、ポケモンセンターでジョーイさんに渡していたモンスターボールの数が三つだった事を聞いた。
チェレンによると、一つはみずかけポケモンヒヤップ、もう一つはチョロネコらしい。
ヒヤップは夢の跡地のイベントで手に入れるので分かるのだが、何故、チョロネコがチェレンのパーティーに加わっているかと言うと、Nのチョロネコを見て捕まえたいと思ったらしく、生息地である2道路で探してゲットしたらしい。
男の子はチェレンにポケモンの様子は如何か聞かれ、ポケモンセンターで回復とタマゴの健康診断を受けているといった。
チェレンはそう。とそっけなく返事をしたが、男の子はチェレンがまだ少しだけ心配していると何となくわかり、苦笑した。
ジム戦の話になると、チェレンは気難しそうな顔になり、男の子に言った。
「此処のジムは強いから、近くの夢の跡地で修業した方が良い」
「チェレンが其処までいうのならそうなんだろうね。分かった。明日は夢の跡地に行ってみるよ」
男の子はチェレンの警告を素直に受け入れ、明日の予定をサンヨウシティの観光から夢の跡地での修行に変更した。
観光は後でもできるし何より、さっさとトライアングルバッチを手に入れておこうと思ったためだ。
面倒事は早めに対処しておこう。と言う男の子の都合が大半だが。
終始和やかな雑談を男の子とチェレンはしていたが、ウェイターが男の子達が注文した料理を運んできたので、雑談を一時中断して食事をする事にした。
男の子が頼んだドリアとサラダのセットは、ドリアのチーズが程よく焦げ色がついており、中のピラフと鶏肉と共に絶妙にマッチしていてとても美味しい一品だった。
サラダも野菜本来の味を生かした一品で副菜にまで気を使っているのか。と男の子は感心した。
時々チェレンと運ばれてきた料理の評価をしながら食べていると、何時の間にか完食してしまった。
再び、雑談を交えながら二人で食後のティータイムを楽しくしていると、男の子の後ろから楽しそうですね。と声がかかった。
男の子が振り向くと、そこにいたのはデントだった。
デントはサービスです。と笑顔で男の子達に言いながら小さなガトーショコラを出してくれた。
最初は遠慮したが、お礼だ。と言われ、男の子は首を傾げ、チェレンを見たが、チェレンも何のことは分からないらしい。
デントはそんな男の子たちの様子に苦笑しながら、話してくれた。
如何もここ最近、骨のあるトレーナーが来なかったのでポッドの不満が溜まり、不機嫌だったらしい。
男の子はガキか。と思ったが、下手に話に水を差したくなかったので黙っておいた。
男の子がそんな事を思っているとは知らずにデント話を続けた。
そんな時に、強いチェレンが来てくれた事によってポッドの不満が解消し、機嫌を直したので感謝しているんだ。と言うデントに男の子はデントが苦労してるな。と感じた。
チェレンはその話を聞いて、ぼくはただジム戦を受けに来ただけですから。とクールに返したが、結局、デントに押し切られ、受け取る事になった。
デントは受け取ったのを見て、忙しいからこれで失礼するよ。と言って去って行った。
男の子は完全についでに貰ったのだが、まあ、いいか。と男の子は思った。
もらえる物は貰っておくに越した事は無い。
現在の時刻は7時47分。
店内にいた人は少なくなりつつあった。
男の子はもうそろそろポケモンセンターに帰ってユズとポケモンのタマゴを取りに行こうと思い、チェレンにポケモンセンターに帰ろう。と提案した。
チェレンも考えていたのか、あっさり了承し、男の子と一緒に伝票を持ってレジへと向かう。
丁度、レジ打ちをしていたポッドは男の子達を見ると、今、帰んのか。と聞いてきた。
男の子はその質問に答えず、自分の食べた料金分のお金を置き、チェレンが男の子が置いたお金の上に自分のお金を置きながらはい。と返事をすると、だったら俺も行くわ。と笑顔で言った。
その言葉を聞いて男の子とチェレンは状況を理解するために言葉を吟味しているのを知ってか知らずか、近くを通りかかったウェイターにレジを任せた。
その話の中にポケモンを取りに行く。と言っていたので、そういえばジム戦でポッドもポケモンをジムに預けていたな。と男の子は思い出した。
ポッドは行くぜ。と男の子達に声をかけてレストランを出た。
少しして我に返った男の子とチェレンは慌ててレストランを出て、ポッドの後を追った。
男の子がレストランを出た時、ポッドは早くも50メートル程離れており、チェレンと一緒に追いつくために少し走った。
ポッドは男の子達が追いついてきたのを確認すると、突然、男の子を見ながら話し始めた。
「トウヤのポケモンはまだ見てねえけど、中々見どころがあるヤツだよな。オマエ」
「っ、そうでしょうか」
「数多くのトレーナーを見てきたジムリーダーのオレが言うんだ。間違えねーよ」
ポッドの言葉に男の子は驚き、一瞬言葉を詰まらせた。
男の子自身、自分は“まだまだ弱い”と思っていたのでその言葉が信じられなかったのだ。
チェレンはポッドの言葉と男の子の反応を予想できていたのか何処か呆れた様な顔を男の子に向けた。
「トウヤ。きみ自身は気付いていないかも知れないけれど、きみは結構、新米トレーナーの中では強い方だよ。悔しいけれどトライアングルバッチを手に入れた今のぼくでも勝てるかどうかわからない」
レストランで忠告しといて言うのもなんだけどね。そう言ったチェレンの言葉に男の子は固まり、チェレンの方にギギギギギッと音がしそうな動作で向いた。
男の子の視界に入ったチェレンは何処か悔しそうで、それ以上に男の子が自分よりも強いという事が誇らしげだった。
男の子はそんなチェレンを見て、違う。と思った。
ストーリーではそんな事をチェレンは思ってはいなかった。と。
今思えばそういう場面は沢山あったのだ。
男の子にポケモン勝負を仕掛けないのも、Nとポケモンバトルをする前の自己紹介の時もセリフが違っていた。
そして何より、チェレンの心理状態がストーリーとかけ離れて落ち着いていた。
男の子はその事に忘れかけていたストーリーを変えてしまうという恐怖が蘇った。
これ以上、トウヤでは無く男の子が関わってしまってはこの先のストーリーはどうなるのだろう。と嫌でも考えてしまう。
そんな事を男の子が考えているとは知らないチェレンはトウヤの表情が少し曇ったのはトウヤが自分に自信が無いからだ。と思った。
チェレンは小さい頃からトウヤの事を見てきたので、何時も人より上手く出来る癖に何処か自分に自信が無いのを知っていた。
だが、チェレンは知らない。
もう、自分が知っている“トウヤでは無い”事に。
「トウヤ。そんなにぼくやポッドさんが言った言葉が信じられない?」
「・・・・・少しだけ、ね」
「オマエって謙虚だなぁ。まあ、ジム戦に来りゃ分かるよ」
男の子はそう言って男の子の頭を被っているキャップの帽子ごと撫でられ、少し恥ずかしく思いながらも、手を払おうとは思わなかった。
話しかけた事により男の子は必然的にストーリーとは違うチェレンの事を考えずに済んだからだ。
その事に男の子は安堵し、チェレンの事を考えるのを放棄した。
それがどんなに褒められた事ではなくとも、今起こっている事に向き合いたくなかった。
ポケモンセンターに入って受付に行くと、男の子達に気が付いたジョーイさんが助手のタブンネに指示した後、預けていたポケモンの受け取りですか?と聞いてきた。
男の子は、はい。と返事をしてトレーナーカードを見せた。
ジョーイさんはそのまま、トレーナーカードを受け取り、機械にかざして返してくれた。
同じようにポケモンを取りに来たチェレンやポッド―――ポッドのトレーナーカードはシルバーカードだったので驚いた―――も同じようにして、少々お待ちください。と言って奥に引っ込んだ。
少しして、ジョーイさんとタブンネがポケモンを持ってきてくれた。
相変わらずモンスターボールが嫌いなユズはジョーイさんの肩から飛び降りて男の子の肩に登った。
ユズの様子に男の子は苦笑しながら頭を撫でてやると、嬉しそうに鳴いた。
「そ、そのポケモンはもしかしてピカチュウか!?」
大声でそう言ったポッドはキラキラした眼差しでユズを見つめている。
ユズは何こいつ。と言いたげな目をしていたのだが、男の子はそんな目で見ては駄目だ。とユズに言わなかった。
言ってもユズはやめないと分かっていたからだ。
ユズが変な目で見ているとは気づかないポッドは男の子に触ってみても良いか聞いてきた。
ユズが・・・、このピカチュウが触っても良いと思っているのなら。と言ったが、男の子はユズが触って欲しくない。と思っているのが雰囲気で何となく分かっていた。
案の定、ポッドが触ろうとすると、のらりくらりとかわして威嚇した。
ポッドは残念そうにしながらも、無理強いはしないのか大人しく引き下がった。
チェレンとポッドはポケモンを受け取り、男の子はポケモンのタマゴが入ったタマゴ専用の保温器を受け取り、健康診断の結果、順調に育っている。と聞いた。
そのジョーイさんの答えに男の子が安堵した後、ポッドがポケモンのタマゴを見て、新米トレーナーでポケモンのタマゴ持ってるなんてすごいな。と、またキャップの帽子ごと頭を撫でられた。
男の子は払いのけるかどうか悩んでいると、その様子を見たユズは、尻尾でポッドの手を軽く叩いた。
ユズの態度にポッドは嫌われちまった。と苦笑しながら言った。
男の子は謝ったが、別にいいぜ。と笑顔で言われてしまえば引き下がるしかなかった。
じゃ、ジム戦に絶対来いよ!!と、ポッドが言って去って行った後、男の子は手の内を知られてしまった事に気が付いた。
だが、すぐに良いか。と思い直した。
何故なら、男の子は元々BWのストーリーの中で、三つ子のポケモンは把握している。
それに最初のポケモンはピカチュウであるユズだ。
効果が今一つな草タイプのデントが相手になるだろうが、上手く立ち回れば勝てる見積もりはある。と考えたためである。
男の子はチェレンと共にポケモンセンターの宿泊する部屋に行きながら、サンヨウジム攻略の大まかな流れを立てた。
少しでも、ユズが傷つかずに済む方法を。
部屋に入った後、ユズの食事を考えておらず、拗ねられてしまうまであと6分。