小説『白昼夢』
作者:桃花鳥()

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 男の子が目を覚ますと、そこは白い世界が広がっていた。
 このポケモン世界に来る前の現実世界で見ていた白い世界の夢だ。
 何処までも続く果ての無い白い世界の中で男の子は内心でやっとこのポケモン世界に来た唯一の手がかりが手に入ると思い、嬉しくなった。

 現実世界では三日に一度は見ていたこの白い世界の夢は男の子がポケモン世界に来てから全くと言っていいほど見ていなかったのでそう思うのも無理はないかもしれない。
 男の子はまず、自分自身の状態を確認する事にした。



 まず、腕や足を動かそうと思った時、男の子は奇妙な感覚に包まれている事に気が付いた。
 優しく体全体を包み込むような妙に心地の良い感覚で、最初は如何いう表現で表せばいいのか皆目見当もつかなかったが、男の子が今までの経験でこの奇妙な感覚に一番近いのは、学校の体育の授業でプールの水の中を泳いでいる時の感覚だと思った。
 その奇妙な感覚に少し気を取られ、男の子は何処かから聞こえてきた声に気づくのが少し遅れた。

 男の子がその声に気づいたのはその感覚に大分慣れて少し余裕が出てきた頃だった。
 何処かから聞こえてきた声に気づいた時、男の子は内心で己の失態に気づいて舌打ちしたい気分になったが、そんな事をしている場合じゃない。と思い直し、その声を聴こうと耳を澄ました。



 白い世界の中の何処からか聞こえてきたのは子供の声だった。
 それも、10歳以下の子供の声だ。と男の子は思った。
 そして、よく聞いてみると、友達に話しかけている様な弾んだ声で話しており、聞いているこっちが微笑ましく思ってしまう程だった。



 男の子は其処でふと気づく。
 この白い世界の夢は間違いなく現実世界からポケモン世界に来る際に見ていた。と。

 男の子はもっと詳しい情報が得られないか。と必死に辺りを見渡したりしたのだが、何時も通りに白い世界が広がっているばかりだった。





 これ以上は収穫なしか。と、男の子が諦めかけたその時、



 「―――は、どんなド――――――ンなの?おしえてよ」



 突然、姿の見えない子供の声が途切れ途切れではっきりと聞こえるようになった。
 男の子はそれに少し驚きながらも耳を傾けると、子供の声に答えるかのように“何か”が囁く様に子供に何かを言った。
 その言葉は男の子には何故か全くと言っていいほど聞こえなかった。

 だが、子供にはハッキリと聞こえたのだろう。
 ふ〜ん。という感心した様な声が子供から聞こえたような気がした。



 「―――――――は、きみと―――――なりたい――。――――?」



 白い世界の何処かからか聞こえてくる子供の声は“何か”に尋ねた。
 男の子は先程までの友達に話しかける様な声から少し真剣みを帯びた声になったのには多少驚いたが、考えるのを後にし聞く事に集中した。

 そして、“何か”が子供に答えた。
 相変わらず、“何か”の声は男の子には聞こえなかった。


 そして、男の子は答えを聞いたのであろう子供が子供特有の無垢な満面の笑顔を浮かべているのが見えた気がした。










 男の子は腹部に感じた衝撃で目が覚めた。
 ポケモンセンターの宿泊用の少し狭い一人部屋の白い天井は何処か病院を思わせ、いい気分がしない。
 少し嫌な目覚めに男の子は眉を顰め、白い天井を見ながら先程見た白い世界の夢の事を考えていた。



 このポケモン世界に来てから一度も見ることの無かった夢がこうも突然見えたので、もしかしたらポケモン世界では見ないのかもしれない。とも考えていた男の子にとって不意打ちも良い所だった。
 元の現実世界の戻るためには白い世界の夢を見る必要がある。と男の子は思っていたのだが、実際に見たら更に疑問と謎が増えるだけだった。

 子供の途切れ途切れに聞こえた話、子供に話しかけられている“何か”、白い世界だけが広がり何処にいるのか分からない等、疑問と謎は挙げればきりが無い。
 男の子は現実世界に帰りたいだけであり、疑問と謎を増やしていきたい訳では無い。
 白い世界の夢は余計な疑問と謎しかなく、現実世界に帰る方法が一つもかする程の情報もなかったので男の子はこの時点で白い世界の夢はポケモン世界に来た事と関係が無い。と思う事にした。
 そう思う事によって男の子は新たに出てきた疑問と謎から目を背けたかったのだ。
 ポケモン世界に来ただけでも疑問と謎で不安になって、現実世界に帰る事だけを希望にふらつきながらも男の子は自分の現状に向き合っていたのに、これ以上更に疑問と謎が増えると向き合えるかどうか分からなかったからだ。



 男の子は白い世界の夢の事を考える事を辞めて、目が覚めた原因である腹部の衝撃が何であるか確かめる為に少しだけ起き上がった。
 腹部に目を向けて視界にとらえたのはユズだった。
 ユズは男の子が自分のせいで起きてしまったのに気づかず、大の字で気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 相棒であるユズのそんな様子に気をそがれ、怒る気力も湧き上がらなかった男の子は溜息をつき、男の子の今いるポケモンセンターの宿泊する一人部屋に元々置いてあった小さな机の上にあるデジタル時計で現在時刻を確認した。
 午前5時09分と表示されていて、ポケモンセンターの食事処が開くのが午前6時30分だったと記憶していた男の子は、昨晩に立てていた明日―――正確には今日―――の予定の中で睡眠時間にあたる時間だという事が分かった。
 その事に男の子はユズのせいですっかり目覚めてしまった頭で予想外に早く起きてしまい、余った時間をどうするか考えた。





 ?.心配





 ゲームやアニメには描かれてはいなかったが、ポケモンのタマゴは繊細だ。
 皆さんの身近にある食用の鶏の卵を手に取れば分かるようにタマゴと言うのは案外とても壊れやすい。
 ポケモンのタマゴも例外ではない。
 普通のタマゴよりも頑丈には出来てはいるが、強い衝撃を受ければ壊れる。

 更に、ポケモンのタマゴは人間の体温でも孵化させる事が可能だが、孵化したポケモンは当然、生まれたばかりの赤ん坊のようなものだ。
 一人前のポケモンになるには早くても一、二週間以上かかる上に、それまでバトルらしい事は出来ない。
 もちろん、真似事の様な事は出来るが。



 ・・・・・・何故、こんな事を説明しているか。そう皆さんは疑問に思うだろう。
 それは、男の子が現在進行形で目の前にいるチェレンにポケモンのタマゴを育てるのがいかに難しいかを言われているからだ。

 ユウイチから卵を譲られた次の朝、ユズのせいで早くに目覚めた男の子はあの後、ベッドから慎重に抜け出し、着替えてからユズのスッケチやタマゴの世話をする事で暇をつぶし、午前6時30分になった瞬間にユズを起こしてポケモンセンター内にある食事処―――中々に居心地の良いつくりだった―――にタマゴを持って、ユズと共に来たのだが、途中からチェレンが現れ男の子に突然ポケモンのタマゴについて話し始めたのだ。
 男の子はチェレンの意図を測りかねて困惑したが、さすがに1時間以上もの長い間語られては冷静になってくる。
 冷静になった頭で男の子は何故このような状況になったか考えたがチェレンが突然話し始めたこと以外何が原因なのか全くわからなかった。



 少し動いたような感覚がしたタマゴを優しく撫でながら男の子は隣で大人しくしているユズを盗み見た。
 ユズは男の子が見ているのを気づいているのかどうか分からないが、大きな欠伸をして暇そうに足をぶらぶらとさせていた。
 我、関せず。という意思が伝わってきて男の子は前にもあったようなユズの態度に何とも言えない気持ちになった。



 「・・・・そういうのがあるからこそ、ポケモンのタマゴは色々とメンドーなんだ。って、聞いてるのかい?トウヤ」



 チェレンのその声に返事をしながらも男の子は早く終わってくれ。と切に願った。
 男の子のその切なる願いが届いた如何か分からないが、チェレンが話の続きを言おうとした時、聞き覚えのある声が大きな声で挨拶して来たので、チェレンは話を中断しなければならなかった。
 大きな声を出した当の本人は朝食を乗せたトレーを持って此方へ駆けて来ており、その様子は何処か危なっかしい。
 話を中断されたチェレンは少し不機嫌になりながらも声の主におはよう。と返事をしたので、男の子は内心で安堵し、その声の主であるベルにおはよう。こけるから走らない方が良いよ。と内心で少し期待しながらあいさつの返事をして注意した。

 当のベルは大丈夫だよ!と言いながら近づいて来たのだが、男の子とチェレンが座っている場所まであと10メートル付近になった瞬間、盛大にこけた。
 そして、ベルが持っていたトレーは綺麗な放射線を描きながら空を舞い、チェレンの“座っていた”場所に見事に落ちた。
 一瞬だけ静寂が起きた後、ベルはイタタッ。と言いながら起き上がり、自分の持っていたトレーがチェレンが“座っていた”場所に落ちているのを見て顔を青ざめながらベルがこけた瞬間に大きく横に移動したチェレンに即座に謝った。



 「ご、ごめん!チェレン!!“また”やってしまって!」

 「・・・・・そうだね。これで4回目になるけれど、さすがに慣れて今回は回避できたから別にいいよ。メンドーだけどこれ片付けよう」



 今回を含め4回目なのか。と男の子は思ったが懸命にも口には出さなかった。
 チェレンの口ぶりからすると3回目まで避けれなかった。と言っている様な気がするのは男の子の気のせいではないのだろう。
 その事を言わなかったのはただ単にもしかしたらその場にトウヤがいたかもしれない可能性があったのと、そんな事を言ってしまえば男の子はただではすまない事態になるであろう事が容易に想像できたからだ。
 人間誰しも自身の危機は回避したがるものだ。

 ベルは駆けつけてくれた従業員に慌てて謝り、雑巾を貸してくれるよう頼んでいるのを見て、ベルは本当に期待を裏切らないな。思いつつ、男の子は手伝う為に、ポケモンのタマゴをポケモンセンター内にあるこの食事処に行こうとしていた時にジョーイさんのご厚意で貰ったポケモンのタマゴ専用の保温器に入れ、安全だと思われる少し離れたテーブルの上に置き、ユズに見張っているように言った。
 ユズは分かった。と言うように鳴き、ポケモンのタマゴを昨晩も飽きる事無く見ていたのに、未だに興味津々な目で見つめている。

 そんなユズの様子にもしかしてポケモンのタマゴを見たことが無いのだろうか。と男の子は思ったが、ベルの呼ぶ声にその考えを打消して片づけを手伝うために思考を切り替えた。
 割れてしまったコップや食器を器用にチェレンが一纏めに集めているので男の子は割れていない食器を回収してテーブルに置き、チェレンに綺麗な放射線を描き空を舞ったトレーを差し出す。



 男の子の意図に気が付いたチェレンは礼を言って、そのトレーに一纏めにした割れたコップと食器を乗せていく。
 その様子を見ながら男の子は内心首を捻った。
 何故なら、チェレンが妙にストーリーよりも鋭いし空気が読める様な気がしたのだ。
 男の子はストーリーでチェレンはKYな面や未熟な面が結構多かった様に思っていたのだが、実際こうして接してみるとそんな印象は見えなかった。

 まだ始まったばかりだからだろうか。それとも・・・・・、



 「トウヤ」



 男の子はチェレンに呼ばれ、顔を向けてどうしたのか。言ったらチェレンは眉を寄せてそれはこちらのセリフだよ。と言われた。
 その言葉の意味が分からず男の子は怪訝な顔をした。
 チェレンは男の子が意味が分からずにいるのが分かったのか、さらに眉を顰めただ一言つぶやいた。



 「顔色が悪いよ」



 チェレンにそう言われ、男の子は自分が今初めて妙に気分が悪い事に気が付いた。
 その事に多少驚いたが男の子は大丈夫だ。とチェレンに告げた。
 チェレンはそれで納得していないのが表情で分かった。
 そして、何か言いたげに口を開こうとしたが、タイミング良くベルが雑巾を持って来て、男の子やチェレンに笑顔で渡してきた。
 ベルは男の子の様子に気づいていなかったので内心で安堵し、片づけを再開した。
 チェレンはもう男の子に何も聞く様子もなく、黙々と雑巾で拭いているので男の子は内心でチェレンに謝った。
 タイミング良く来てくれたベルに有難う。と礼を言った。
 それはこっちのセリフだよ!とベルは元気よく返事をして来たのでどうやら雑巾を持ってきたことに感謝されたと思ったらしい。
 男の子は苦笑したが、その事を訂正しなかった。
 変にベルに何かあったと思われたら言うまで聞かれるのは分かっていたからだ。
 そんな男の子の様子をベルは不思議に思ったみたいだが、拭き終わったので使用した雑巾をトレーに入れ、男の子は従業員の所に持っていく。とベルとチェレンに告げて身を翻した。

 ベルは慌てた声で待ってよ!と言って男の子についてきたが、チェレンは男の子の背中を見つめながら何かを思案した後、首を振って男の子とベルの後に続いた。











 「ユズ、そこでボルテッカー」



 男の子はあの後、ポケモンセンターの裏庭でユズとポケモンバトルの練習をしていた。
 チェレンは如何やら昼になる前にカラクサシティから出て次の街、サンヨウシティに行くらしく、旅支度と部屋のチェックアウトをするらしい。
 ベルはポカブと新しく捕まえたこいぬポケモンのヨ―テリーのブラッシングをするらしく部屋に帰っていった。
 物凄く張り切っていたので少々どころか、かなり不安なのだが男の子は気にしない事にした。
 ベルには何事も経験が一番だからだ。



 ユズは男の子の指示に従い、ボルテッカーを繰り出す。
 その技は見事に相手のポケモンに見立てたクッションに当たり、クッションは大きく弧を描いてボスン。という鈍い音を立てながら落ちた。
 男の子とユズはその様子に満足そうに笑い合った。
 最初の頃は息が合わずに四苦八苦していたが、見間違えるほどに上達した事を確認できたからだ。
 あとは実戦で経験を積めばこの先のポケモンバトルは勝率が上がっていくだろう。

 だが、男の子はこの先は余りポケモンバトルをする気が無いので、その分経験が少なくなる。
 だからこそ、それを補うためにいかに効率よくポケモン達(パートナー)の力を引き出せるかがこれからのポケモンバトルの鍵となるだろう。



 そのために、男の子はこれからも旅の中でポケモンバトルの練習を欠かさずやる事で技のコンボや動き、流れを掴む練習をすることに決めたのだ。
 そこにはポケモンバトルでの勝利を得るためだけではなく、そうする事によりポケモン達(パートナー)の怪我が少なくなるように。と思っての事だった。



 男の子とユズは一端ポケモンバトルの練習を中断して少しの間休憩する事にした。
 近くのダークブラウンのベンチに置いていた鞄の中からポケモンセンターの出入り口にあった自動販売機で買った美味しい水を取り出し、ユズに飲ました。
 まだ冷たさが残っている美味しい水が嬉しいのか上機嫌で飲んでいる。

 そんなユズを視界に入れながら男の子はポケモンのタマゴ専用の保温器の中に入っている赤と黄色の模様が入ったポケモンのタマゴを見た。
 透明なガラスから見えるタマゴは傷一つない状態で、ジョーイさん曰く大変状態が良い。とのことだった。
 このままの状態であれば2週間程度で孵るらしい。
 最初はどうなるかと思っていたが、今では偶然手に入れたこのポケモンのタマゴから何が出てくるか楽しみで仕方なく、先が待ち遠しく思うほどだった。



 だが、チェレンが言っていたようにポケモンをタマゴから育てるのはある程度旅に慣れたポケモントレーナーがする事であって新米ポケモントレーナーである男の子がするには少し無茶がある。
 このポケモン世界の教育の中にあったので調べて勉強していたのだがそれは知識だけなので不安があった。
 男の子は其処まで思案して、思った。

 もしかしたらチェレンはその事を心配しているんじゃないか。と。
 そう考えればポケモンセンターの食事処であんなにポケモンのタマゴを育てるのがいかに難しいかなんていう話を永遠としていたのが納得がいく。
 チェレンはゲームでも不器用な時があるからあの話はチェレンなりに心配している。と言う表現なのではないだろうか。

 男の子がその考えに至ると改めてチェレンは不器用なヤツ。と思うのと同時に安堵した。
 一応、男の子はジョーイさんからどう育てるかの指南をうけ、大丈夫。と言われていので安心していたのだが、事情を知らないチェレンは分からなくて当然だ。
 そして、安堵したのはチェレンがストーリー通りなのが確認できてまだ大丈夫だ。と確認できたからだ。



 だけど、早く現実世界に帰らないとな。と男の子は思った。
 そのためにはもっと多くの情報が必要なので今はまだできない。
 だからこそ、男の子は何故ポケモン世界に来たのか、如何したら帰れるのか等の疑問の“答え”を早く見つけたかった。

 男の子は無意識の内に溜息が出た。
 隣でユズがどこか心配そうに男の子を見つめている。
 男の子はそんなユズの姿に嬉しく思いながら、安心させるために頭を撫でた。
 ユズは最初は抵抗したものの、気持ちいいのか暫くすると目を細めながらされるがままになっていた。

 十分に撫でた後、男の子はベンチから立ち上がり、ユズにバトルの練習の再開を告げた。
 ユズは元気よく返事をしたが、男の子の後ろの方を不思議そうに見た。

 男の子はユズの視線が自分の後ろに注目しているのに気づいてその方向に振り返る。
 其処にいたのはチェレンだった。



 チェレンはリュックサックを背負っているので、これからカラクサシティを出てサンヨウシティに行くのだろう。
 男の子は少しだけチェレンと話す為にチェレンに向き合う。
 ユズは瞬時に男の子の肩に乗り、傍観に徹する事にしたようだ。
 男の子が口を開こうとした時、チェレンが先に話しかけた。



 「トウヤ、ぼくが今から話す事は独り言だと思ってくれて構わないから聞いてくれ」



 男の子は開きかけた口を閉じ、チェレンのその言葉を不思議に思った。
 態々そんな事を言う必要が無いのに何故チェレンがそんな事を言うのか理解できなかったからだ。
 だが、男の子のそんな困惑に気づいているはずのチェレンは話を続けていく。



 「カノコタウンの喫茶店では言わなかったけど、ぼくはきみが病院から退院した時から“今の”きみが旅をする事にベルよりも心配だ。決してきみの旅の技術が心配だと言うんじゃない。上手く言葉に出来ないけど、もっと根本的なトコロが心配なんだ」



 チェレンは其処で言葉を切ると男の子を真っ直ぐな目で見た。
 男の子はチェレンからそんな事を言われると思わなかったので、暫く言葉の意味を理解できなかった。
 そして潔くその言葉を理解した時、男の子は困惑、怒り、不安等の色々な感情が混ざった目でチェレンを見つめた。

 つまりチェレンは男の子がトウヤの体に憑依した時から旅に出るのは心配だと思っていたという事だ。
 本人もなんでそう思ったか分からないようだが、それでも自身の思いに従い、純粋にトウヤの事を心配してきたのだ。



 男の子はその事に気づいた瞬間、心の中で何かが渦巻いた気がした。
 それは男の子が幼少の頃より持っていた理不尽な感情。
 男の子は必死にその感情の大きな蓋を閉じた。

 それは男の子にとって名前をつけたくない感情で何より、そのままにしておけば目の前にいるチェレンにぶちまけて仕舞いそうだったからだ。



 男の子が必死に感情を抑えているいるとは知らないチェレンはやれやれと言っている様に溜息をついた。
 男の子はそんなチェレンの態度に若干苛立ち、何か言おうとしたが、チェレンが先に言葉を発した。
 


「トウヤ、きみが何を抱えているかはメンドーだから聞かないけれど、心配している人がいるという事だけは覚えておきなよ」



 チェレンはもう行くよ。と言って去って行った。
 男の子はそのチェレンが去る様子を先ほどの苛立ちを忘れて呆然とした表情で見つめていた。
 その心配は紛れもなく“トウヤ”に向けられた感情であり、男の子に向けられたのではないと分かっていたのだが、男の子にとってその言葉は嬉しかった。

 心の中で男の子はチェレンに感謝し、ユズにバトルの練習の再開をする事を言った。





 男の子とユズのバトル練習はその後、ベルが上手く出来るブラッシングの仕方を聞きに来るまで続いた。


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