小説『がんばって短編『光』『殺人鬼の…』『この道は…』』
作者:maruzhiye(aaa)

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 そして事件からちょうど十五年たったあの日。夫は珍しく蒲団から上半身を起こして、ずっと考え事をしているふうでした。わたしは夫が体を起こしているのを見て、心に何か引っかかるものを感じながらも深く考えずにおきました。しばらくしてわたしを呼んでいる夫の声が聞こえました。いつになくしっかりとした声でわたしを呼び、こう言ったのです。
「これから、行きたいところがあるのだが、どうだ、車椅子を押してはくれないだろうか」
夏の陽射しが眩しく、熱が肌をじりじりと焼いていました。夫の車椅子を押していると、衣服が汗を含んで肌に張り付いてきました。
 夫との無言の散歩に嫌気がさしていたのか、夏の暑さに我慢ならなかったのか、車椅子を押す手を止めて、家に戻ろうと夫に言いました。
 夫は何も言わずに俯いていました。蝉の声が急に騒々しくなり、暑さが身を焦がしその場に立っているのが息苦しくなり夫をそこへ置いたままわたしは走り出しました。家路につくなり玄関に倒れ込むと自然と涙がこぼれるのです。わたしは靴箱の奥に隠しておいた物を取り出しました。当時、夫が履いていた靴、そしてあの事件の翌朝の朝刊。わたしは夫が犯人であろうということに気づいていました。とうとう夫は十五年間、あの雨の日の出来事をわたしに話そうとはしてくれなかったのです。

 夫は一人車椅子を走らせてあの現場に辿り着きました。そこにはあの刑事が立っており、車椅子の夫にこう言ったのです。
「十五年前、ここで若者が殺されました。わたしは犯人が今もこの現場にいて、仏さんを見下ろしているような気がしてならない。十五年間、ずっと……。それも、今日で終わりです、今日が時効なんです」
「犯人は今も現場から動いていない……。…そのとおりです、あの日からわたしの足は動かなくなってしまいました。もう、何も言いますまい、わたしが十五年前、あの若者を死なせてしまったんです」
 夫はそういうと車椅子から降り、自分の足で立ち上がりました。

 日が傾きいくぶん涼しい風が私の頬をかすめていきます。ぼんやりと玄関に座り込む私の耳にひぐらしの声が響きはじめました。わたしは瞳を閉じました。夫のたてる足音が不思議と耳に響いたとき、わたしはまた涙しました。
 ようやく、わたしは頭一つ大きい彼の胸で声を上げて泣くことができたのです。
 

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