小説『【完結】Blue Scraper』
作者:bard(Minstrelsy)

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うだる様な暑さ。
「じゃーな、また明日」
「ほいよ」
目の前を、電車と友人達が通り過ぎて行く。
僕が乗る電車まで、まだ時間がある。
小さな駅に、待合室なんて気の利いた場所は無い。
とりあえず、日陰に腰掛ける。これで少しは涼しいはずだ。
同じく日陰を求めてふらふら歩く奴らが居る。この駅に住み着いて居る二匹の猫だ。
誰が名付けたのか、並の体型を「トム」、巨体を「ボム」という。
二匹ともだるそうに伸びている。
夏毛とはいえ、猛暑だか酷暑の中ではコートを着ているようなもんだろう。
これ以上暑いのは嫌だと言うかのように、日陰に転がっている。僕に恥も外聞も無ければ、今すぐにでもそうしたいくらいだ。それくらい暑い。
こんなことなら、ギリギリまで校内に居れば良かったと後悔した。
そもそも、何でこんな暑い中登校しなきゃならんのか。
原因は単純だ。
英語の成績が思わしくないから補習しろ、だ。
僕としては、平均点以上あったし、そこまで悪くは無いと思ったのだけど、先のことを考えて一応受けることにしたのだった。
それが間違いだったと思う。
暑さで全部蒸発してしまう。記憶も脳みそも煮えて使い物にならなくなりそうだ。
全部は補習のせいだ。初日でこの有り様だ。僕の身体と気力は二週間も耐えられるのか。
日陰で伸びている猫に手を伸ばす。
トムは別の日陰に移ったが、ボムはかなりの巨漢だ。気付きはしたが、動くのは嫌らしい。
だからこんなにでかくなるんだ、とふてぶてしい猫の頭を押さえる。
熱い。
日陰に居るから少しは冷たいものだと思ったのに。
何となく頭をぐりぐりと撫でてやる。冬なら寄ってくるところだが、生憎と真夏だ。
うなぁ、と可愛げの無い声を上げて明後日の方を向く。
トムは大分離れた方であくびをしている。流石にそこまで行って弄る、もとい、撫でてやる気力も無い。
ボムは僕に背中を向けて無視を決め込んで居る。
つまらない。電車が来るまでの暇つぶしにもならない。
こんなにイライラするのも、全部暑さのせいだ。最後にボムを一撫でして、ベンチに戻る。
と、慌ただしく誰かが駆けて来る。女子生徒だ。
制服とリボンの色で同じ学校で同じ学年だと解る。
彼女は僕が見送った線路を眺め、腕時計を見て、大きく溜め息をつく。どうやら電車に乗り遅れたらしい。
見たことの無い顔だった。
同じクラスでも同じ補習を受けている訳では無いみたいだ。見かけた記憶は無い。
(それじゃ、部活か何かか?)
ちょっと彼女の観察が過ぎたらしい。訝しげに見返して来た。どうも、と間の抜けた挨拶しか出てこない。
「補習……じゃぁ、ないよね」
「……部活、だけど」
「そっか」
会話はそれでおしまいだった。
猫が呆れたように欠伸をして、ぷいとそっぽを向いてしまった。


しかし自分が招いた状況とは言え、少し気まずい。
そもそも何で話しかけちゃったのか。普段ならまず有り得ない。
彼女は話すことなど無い、と僕の逆側のベンチに腰掛ける。
しかし、その逆側、直射日光で良い具合に熱い。
モーニングセットくらい余裕で作れるだろう。エコクッキングに使えそうだ。
…等と余計なことを取り留めも無く考えるのも、きっと暑さのせいだ。
気付けば、彼女は僕の隣に居た。
隣とはいえ、間を開けて日陰の隅に座っている。やはり、あの暑さ耐え切れなくなったらしい。
電車が来るまで、後少し。
遠くから、鋭い音が聞こえて来る。
レールの軋む音とは違う。電車じゃない。
そう気付いた時には、それは僕らの上を飛び過ぎて行った。
あれは。
「イーグル……」
そう呟いたのは、彼女の方だった。
F-15J、イーグル。二機。
数瞬遅れて、空を裂くジェットノイズが聞こえて来る。ずしりと、音が身体に響く。
日に何度か、こうやって戦闘機が頭上を飛び抜けて行く。
聞こえるたびに眺めていれば、音の響きで何が飛んで来たかくらいは解るようになる。
とはいえ、戦闘機の名前を呟きカメラを構える女子生徒を見かけたのは今日が初めてだった。
彼女は何枚か写真を撮り、それから戦闘機の去った方向をしばらく眺めていた。
それを遮るように、電車がホームへ滑り込んで来る。
レールを軋ませ、けたたましい金属音を響かせながら。
音は、二つ。
この時間は僕の乗る電車と、反対側、恐らく彼女の乗る電車が同時に発着する。
ドアが開き、幾人かの客が降りる。それと入れ違いに、僕は電車に乗り込む。
冷えた空気が心地良い。
彼女は予想通り、反対側の電車に乗り込んだ。
程なくして、双方の扉が閉まる。
二手に分かれるその前に、車体が身を寄せる。
その時、彼女は真っ直ぐにこちらを見ていた。
僕を通り過ぎた、その向こう側。
彼女は見えなくなった戦闘機を追い、遠い瞳は陶酔しているかの様だった。
(変わった奴……)
離れていくもう一つの電車を眺め、僕はそう思った。
街中を進む電車と彼女は、やがて見えなくなった。
それが、良く言えば彼女との出逢い、ある意味では遭遇だった。

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