小説『【完結】Blue Scraper』
作者:bard(Minstrelsy)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

黄昏色の空が群青に変わる頃、僕らは出店から少し離れた堤防に腰掛けていた。
活気と熱気から離れるだけで、風がこんなにも涼しくて気持ちが良い。
「……良かったの?」
「何が」
「その、友達」
彼女の言う友達とは、あの子の事だ。少し前、出店で逢ったのだ。
一緒にいた相手は、先輩ではなく、クラスメート。女子グループで集まってここに来ていたのだ。
何でも、近くのお祭りは来週だったらしい。それで僕から聞いていた花火大会に友達と来た、という訳だ。
連絡しようと思ったんだけど、とあの子は笑っていた。
先輩は来られなかったらしい。それで女子グループを誘ってここに来たという。
せっかくだからと僕に「一緒に出店を回らないか」と誘ってきたのだ。
女子ばかりだし、詳しい人も居ないから丁度良いと思ったようだ。
僕はそれを断った。
僕は僕で友達と一緒だから、そう答えた。
何かを察したのか、彼女は近くに居なかったけれど。
勿論、あの子は気にもしていないだろう。それは僕も同じ事だ。
「あの子、苦手だろ」
「別にそんな事は、無いけど」
「無理しなくても良いって」
「……ちょっと、苦手」
「だろ」
あの子のグループと別れる前、花火を見る絶好のスポットは無いかと聞かれた。
僕は岬の上が一番だと教え、反対方向の堤防へ彼女と向かったのだ。
岬の上は絶好のスポットだ。それは嘘ではない。
高台にある上に、海上から打ち上げられる花火が一番綺麗に見られる場所だろう。
ただし、それを目当てに人がかなり集まってくる。一度行ったことはあるが、二度と行きたくない。それぐらい混むのだ。
当然僕は岬には行くつもりはなかった。通りを抜け、堤防に彼女を連れて行った。
混まない上に花火がそれなりに綺麗に見られる場所が、今居る堤防なのだ。
岬の上は、ここからでも解るくらい混んでいる。行かなくて良かったと心底思った。
あの子達は今頃あの人混みの中に居るのだろうか。
「静かだね」
「まあ、人居ないからね」
「こっちに来る人も、居ないみたいだけど」
「そりゃ、穴場だし」
実際今までは地元の友人達と来るのがお約束だった。奴らと別行動なのは、多分今年が初めてだろう。
そう言えば友人達と連絡を取っていない。向こうからメールくらいは来ても良いはずだ。
とはいえ、僕から送ろうと言う気にもならない。向こうは向こうで楽しんでいるのだろう。
終わってから連絡を取れば良いだけだ。奴らの事だ、どこかに居るのは間違いない。
ふと気付くと、彼女は一枚も写真を撮っていない。花火を収める様子もない。
「写真、撮らなくて良いの?」
「ああ……うん。花火、綺麗に撮れないし」
「そういうものかな」
「それに、たまにはゆっくり楽しみたいし」
「なるほどね」
ひゅるる、と風笛の様な音が聞こえる。一筋の光条が上っていく。それが、大輪の花と変わる。数瞬遅れて、轟音が肌を打つ。
そこかしこで歓声が上がり、出店の方も一層賑やかになった。
最初の一つを合図に、次々と打ち上げられる花火。赤や青の光が、街を照らしては消えていく。
寄せては返す波音、人々のざわめき、それを全て包み込む花火の音。
終わった夏と、終わらない夏の狭間で、儚い夢のような煌めきだけを残していった。


帰り道、大増発にも関わらず駅はかなり混んでいた。
単線でそもそも人の利用が少ないのだ。たまにしか利用しない連中に文句を言う資格は無い。
僕がそう言うと、彼女は「空いてから帰るから気にしない」と笑っていた。
人が減ってきた出店で、僕らは混雑する駅を眺めていた。
手には揃ってかき氷。閉店サービスだ、とおじさんがくれたのだ。
結局、地元の友人達と顔を合わせなかった。あの混雑に紛れてもう帰ってしまったのだろう。
「ねぇ」
「何?」
そう僕に声をかけて置きながら、しゃりしゃりとかき氷をかき混ぜ、彼女はしばらく黙っていた。
「疲れた?」
「ううん、平気」
言いかけては口ごもる、それを数回繰り返した後、ようやく彼女は言葉を紡ぐ。
「えっと、たまには遊びに来ても良いかな、と」
そんな事かと吹き出しそうになる。それを堪えて僕は応える。
「そりゃ勿論、構わないよ。戦闘機撮りに来るならいつでも……」
「ああ、そうじゃなくって…。昼間とか、海綺麗だし」
「……ふぅん。地元に住んでると特に何とも思わないけどな。案内なら任せろ。こんな場所で良けりゃ、好きなだけ案内してやるよ」
「ありがとね」
岬を見上げる。どうやらピークは過ぎたらしい。
彼女もそれに気付いたのか、そろそろ帰る、と歩き出す。
「送ろうか」
「一人で帰れるから、平気」
「そう?」
「明日、また来る。だから」
「迎えと案内よろしく、だろ。解ったよ」
そう告げると、彼女は軽く微笑み、僕に背を向けた。
僕はその背中が見えなくなるまで、会場の端で見送っていた。


片付けの始まった出店を後にして、彼女と花火を見ていた堤防へと向かう。
祭りの賑やかさはもう無い。ただ、潮騒だけが聞こえている。
その静けさを、携帯の着信音が破った。地元の友人からだ。
「……もしもし?」
『中々に良い雰囲気だったじゃんか』
気配を感じて辺りを見回す。少し離れたところで、友人達がにやにや笑いながら手を振っている。
溜息を一つ。電話を切る。
「勘違いすんな。ただの友達だ」
「へーぇ? こんな場所で良けりゃ好きなだけ案内してやるーって言っといて?」
「遠回しに付き合おうぜって言ってるようなもんじゃねーの」
なぁ、と互いに顔を見合わせ、僕に向かってにやにやと笑っている。
どうやら一部始終を見ていたらしい。
「居るなら声かけてくれりゃ良いのに」
「いやいやいやいや。邪魔する訳にゃいきませんぜ」
「そんな野暮ったい真似は出来ん」
「だからこっそり見守っていたんだよ」
なぁ、とまた顔を見合わせて笑う。
見ていたどころか、尾行していたらしい。人が悪い事この上無い。
「馬鹿じゃねえのかお前ら」
「そう怒るなって。いつもの様に打ち上げに顔出すんだけど、お前も来るだろ」
「おう、そうするわ」
「色々話も聞きたいし」
「……やかましい」
足下に小石を投げつける。わぁっと逃げる様に走り出す友人達。僕はその後を歩く。
岬も幾分静かになった。
電車の走る音が聞こえる。彼女は乗れただろうか。
「置いてくぞー」
「すぐ行くっての」
僕は海を一瞥し、友人達を追いかける。
花火の光も人々の喧騒も飲み込んだ海は、闇のように穏やかだった。
明日もきっと良い天気だ。
絶好のシャッターチャンスが訪れる事だろう。

【了】

-13-
Copyright ©bard All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える