小説『幻想小噺』
作者:流れ星()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>






―素直になれなかった天狗と河童の話―





 たまには一日のんびりしたい。
 そう考えて今日は一日まるごと休みをとった。
 滝の近くに建つ、それほど大きくない我が家でゴロゴロと退屈を満喫していると、窓の外に見慣れた水色が見えた。

「椛ー?いるー?」
「いるよー、にとりー」

 家の玄関から響く快活な声を聞きながら戸を開くと、そこには私の昔からの親友である河城にとりが立っていた。

「椛が休み取るなんて珍しいね?
用事があった訳でも無さそうだしさ」
「大天狗様にも同じ事言われたよ……。
何か用事が無いと私は休んじゃいけないの?」
「あはは……」

 渇いた笑みを浮かべてにとりは私から目を逸らす。
 否定しない所が何とも腹が立つが、前に自分が休みを取った時を思い出せないことに気付き、口を尖らせるだけに留めた。

「ま、早いこと入りな。
どうせ将棋指しに来たんでしょ?」
「流石、話が分かるね椛!
そいじゃ、お邪魔しまーす!」
「はいどーぞ」

 そんなこんなで少なくともこれから暫くは退屈する事は無さそうだ、と少し嬉しくなりながら居間へと踵を返した。





「んー……銀貰いっと」

パチリ

「んじゃ私は龍もーらいー」

パチリ

「ひゅい!?」

 今回の試合は終始私の有利に進んでいた。
 しかし、今日に限ってらしくも無い手を指し続けるにとりに違和感を覚えつつあった。

パチリ

「はい、これで詰みね」
「ありがとうございました……。
……椛!もう一局!」
「はいはい」

 子供の様に駄々をこねるにとりに苦笑しながら駒を並べ直し、再び将棋を指し始める。
 暫くそうして指し続けていたが、やがてにとりは唐突に口を開いた。

「……ねぇ椛さあ」
「なーに?」

パチリ

「……何で文様を毛嫌いすんの?」

パチリ

 何かあると思ったらよりによってその事か、と思わず眉をしかめる。

「……『嫌いだから』じゃ駄目なの?」

パチリ

 もっともにとりの顔を見る分には到底納得していない様だけれど。

「……駄目に決まってんでしょ」

バチッ!

 勢い良く駒が盤に叩きつけられる。
 でも、それは私にとっては紛れもない事実だし、周囲からも、何よりあの人からもそう認識されているのだ。……認識されてしまっているのだ。

「それじゃあ質問を変えるよ、文様の何処が嫌いなの?」
「何処って……
まともに仕事しないし、色んな所フラフラしてるし……」
「いつも人間と一緒にいるし?」
「っ!」

 思わず駒を指そうとした手が止まる。
 今のにとりの言葉は誤魔化して来た心の真ん中に飛び込んで来たから。

「好きなんでしょ?文様の事」
「違う」

パチリ

「それでも文様は自分の事を見ていないから、傷付きたく無いから自分から嫌いになった。
そんなとこでしょ?」

パチリ

「違う!」

バチッ!

 心臓が、痛いぐらいにばくばくと鳴り続ける。
 泣きたいぐらいに、にとりの言う通りだった。
 いつだっただろうか?
 文様が私の事を見てくれていないと気付いたのは。
 いつだっただろうか?
 どんな時もあの人の視界の中には博麗の巫女しか映っていないと気付いたのは。

 いつだっただろうか?
 例え博麗の巫女が死を迎えても、あの人が巫女を見つめ続けると気付いたのは。

 いつしか私は文様に見て貰う事を諦めた。
 だから私は自分から文様を嫌おうとした。
 私が死ぬまであの人を嫌っていれば、いつかあの人を好きだった事を忘れられると、そう思ったから。

「詰み、だね」
「え?あ……うん」

 にとりの言葉に盤上を見ると、私の王はにとりの香車に睨まれて逃げ場を無くしていて。
 にとりの話は始まりと同じように、唐突に終わりを告げた。

「ありがとうございました」

 静かに、事務的にそう言ってから、にとりは立ち上がる。
 戸を開いて帰ろうとするにとりの背中に思わず声をかけた。

「ねぇ、にとり。
私は臆病者かな?」

 玄関から一歩出た所で、にとりはピタリと動きを止めた。

「……そうだろうね」

 そう言い残して、戸はパタリと閉じられた。
 残された私はゴロリと仰向けに寝そべる。
 盤の上は終局を迎えた時のままだったけれど、今すぐに片付ける気は起きなかった。

「ん……っと」

 寝そべったまま駒の一つを手に取り、目の前に持ってくる。
 手に取ったのは桂馬。
唯一他の駒を飛び越えられる、決まりに縛られる事のない駒。
 それがまるで、天狗という枠組みに縛られる事のない文様みたいに見えて、不意に視界が歪んだ。

「……っ!」

 まずい、と思う間もなく涙が零れ落ちる。
 拭っても拭っても、涙は止まってくれそうにない。

「文様……っ、文様ぁ………」

 私は貴方が好きです。
 愛しています。
 だけれど、私は貴方が嫌いです。
 憎んでいます。
 だから、どうか。

「貴方も……私の事を嫌って下さい……っ!」

 そうでなければ、私が壊れてしまいそうだから。





 走る、走る、走る。

 考えるな。
 立ち止まるな。
 立ち止まったら、きっと暫く泣き続けてしまう。
 そんな所、見られたくない。
 文様は勿論、椛にも。

「何がっ、そうだろうねだよっ……!」

 笑わせるな、自分は臆病者以下の癖に。
 自分が愛する人が悲しんでいるのを見て、安心するような奴の癖に。
 文様に博麗の巫女の所に行く様にけしかけたのは自分の癖に。
 なのに私は否定出来なかった。
 きっと椛はそう言われる事を望んでいたから。

「着いたっ……!」

 見慣れた自分の家の戸を開き、部屋の中に転がり込む。
 家に着いて安心したのか、一息つこうとした途端に涙がボロボロと頬を伝う。

「っ……くうっ!」

 泣くな、私は泣く権利も無い程酷い事をしたんだ。
 でも、見ていられなかったんだ。
 文様に会う度に能面の様な表情で、機械の様に文様と話す椛の姿を。
 その後で、文様への罪悪感に押し潰されそうになりながら一人泣く姿を。
 どうして文様は、博麗の巫女を好きになってしまったのだろう。
 どうして椛は、文様を好きになってしまったのだろう。
 どうして私は、椛を好きになってしまったのだろう。
 だけどもう、どうしようも無い。
 ひょっとしたらこれは私達への罰なのかもしれない。
 もっと私達が素直なら、こんな歪な関係なんかにならなかった筈なのだから。

-2-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える




[同人PCソフト]東方神霊廟 〜 Ten Desires.
新品 \1700
中古 \1980
(参考価格:\)