◆第一話
「またふられた」
俺は蒼(ソウ)の部屋のドアを開けた後、そう言った。
ベッドに凭れて本を読んでいた蒼は顔を上げ、俺の方を見る。
「またかよ直也(ナオヤ)。てかここ俺ん家、お前ん家あっち」
俺が鞄を持っているのを見て溜め息を吐いた蒼が、呆れ顔で隣の家を指さす。
「そんなことはどうでもいいだろ、もうここも俺ん家みたいなもんなんだしさあ」
「まあそうだけどな。てか別れ話だったのか、俺はてっきりデートかと」
「俺だってそう思ったよ」
鞄を床に置いて、俺は蒼の向かいに腰を下ろす。
彼の視線は既に本に戻されている。
それは昼休みのこと。
蒼や他の友達と昼ご飯を食べ終わり、楽しく話していた時のことだった。
隣の隣のクラスの美紀ちゃんが、今日の放課後は空けといて、なんて言うもんだから、俺は笑顔で承諾した。
美紀ちゃんは彼女…まあ、厳密に言うとついさっきまで彼女だった人なわけで、俺はてっきりデートに行くもんだと思っていた。
放課後正門で待ち合わせて、少し話そうと言われたから喫茶店に入ったんだが、席に着いた瞬間一言。
『別れよっか』
ん?別れる?
予想外の展開に俺は何も言葉を発せないまま瞬きをしていると、美紀ちゃんは別れを決めた理由だとか、俺の悪いところだとかを一方的に喋り続けて、全て言い終えた瞬間物凄くすっきりとした顔をして颯爽と去っていってしまった。
美紀ちゃんが喋っている間も美紀ちゃんが去った後も俺はしばらく口を開けたまま固まっていて、注文を聞きに来た店員に声を掛けられるまで俺の意識は違う世界に飛んでいっていた。
「蒼、慰めてくれ」
「どうせ俺に拒否権はないんだろ」
ごろん、と蒼の膝を枕にして寝転がった俺を見て溜め息を吐く蒼。
でも俺は知っている、蒼は呆れた顔をしながらも俺に構ってくれる。
閉じた本をベッドに置き、蒼は右手を俺の頭に乗せた。
俺の髪をふわふわと触るその手が心地よくて、俺はゆっくり目を閉じる。
蒼と俺は幼なじみだ。
俺が一歳の時に蒼の家族が俺の家の隣に越してきたらしいが、そんな小さな頃のことは覚えていないわけで。
俺からすれば生まれた時から蒼と一緒にいるような感覚だ。
思い出す記憶のどれにも蒼がいる。
同い年なのに自分よりしっかりとしている蒼は、俺にとって兄貴のような存在でもある。
そんな家族と同様である蒼の存在が自分の中では大きくて、何かあったらつい甘えてしまう。
「いい加減、告られるたびに付き合うのはやめろよ」
蒼は溜め息を吐きながらそう言う。
さっき蒼の部屋に来たばかりなのに、今日で蒼の溜め息を聞くのは何回目だろう。
「なんか、その時は好きじゃなくてもその内好きになれるかも、って思っちまうんだよな」
「そのくせに付き合ってもあんまり一緒にいねえじゃねえか」
蒼の言葉に俺は、うっ、と言葉を詰まらせる。
そうなのだ、俺は付き合ってもなかなか彼女と一緒に過ごせずにいる。
何故なら俺は友達と、特に蒼と過ごすのが大好きなわけで、だから彼女よりも友達を優先してしまう。
誘われれば承諾するが、自分から誘うことはほとんどない。
俺がふられる理由はそれだった。
原因はわかっているのに改善することができない。