小説『ISー『転成した極限野郎』』
作者:Melty Blood()

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『希望を繋ぐーーーアイオスフェース!』

その声が簪の耳に届いた瞬間、観覧席に居た全ての者の時が止まった。
風のなびく音すら雑音に変わり、今この場に相応しい状況は一つの静寂だけになっている。
口を閉ざす者達は、瞬き一つせずにアリーナに視線を向け、混沌とした泥人形と対になるように現れた"希望"に目を奪われているようだ。

「……綺麗………」

それは簪も同じで、神々しく輝くアイオスフェースに目を釘付けにしている。
まるで絵本に登場する様なそのエクストリームガンダムの姿は、見ているだけで心が浄化されていき、邪悪な物を寄せ付けない神聖な存在に思えた。

先ほどまで観覧席は、突然の泥人形出現によってパニックに陥りかけていた。
生徒達は騒然として席を立って出口を目指し、あまりの出来事に混乱して泣き出す者まで居た。
混沌とした泥人形は本当に混沌を呼び寄せ、簪達を呑み込んでいった。

しかしその混沌は希望の光によってピタッと止まり、今のこの状況の様に皆がアリーナのそれを見つめ続けている。

「……希望……井伊月君……」

ギュッと震える手を握った簪は、不安で染まった瞳でアリーナに居る重吾の名を呼んだ。

専用機も無い自分には何も出来ない。それがとても歯痒く、そして悔しくなる物なのは理解している。この場は重吾に任せるしか無いのも重々承知だ。

しかしやはり何も出来ないのは辛い……出来る事があるとすれば、重吾の無事を心の中で必死に祈る事ぐらいしか……いや、それしか出来ないのならば願って祈ろう。そしてこの思いを乗せて彼に託そう。
絶望に囚われた少女を救う為、希望を背負って立ち向かう勇敢な彼の心に。

そうすればきっとーーー

「……絶対に……届く、筈だから……」

◆◆

自立型起動兵器である"ファンネルという武装。
そのファンネルの恩恵を受け継ぎ、エクストリームガンダムの構造内で独自の進化を果たしたのが、希望の象徴アイオスフェースだ。

そのアイオスフェースを身に纏っている重吾は、目の前に存在する泥人形を見つめる。

静寂が支配するアリーナの空気は、身体にまとわり付く様で気持ちの悪い事この上ない。
だがその気持ち悪さは、アイオスが放つ輝きで浄化されていき、やがてその不快感は消え去っていった。

「ラウラさん……聞こえる?」

ゆっくりと言葉を告げた重吾は、泥人形に取り込まれたラウラに語りかける。
しかしその声は届く事は無く、泥人形も何も反応する事は無い。

だが重吾はそれでも語りかけ続けた。

優しい顔で、優しい笑みで。

何も反応が無くとも、重吾は自分の声がラウラに届いていると信じていた。

「今から君を絶対に助ける。聞こえたんだ、ラウラさんの声が……だから俺は絶対に救ってやる!」

アイオスフェースの翼を広げ、右腕に握る"ヴァリアブル・ライフル"を横に振る。
そして背中の翼に装備されている"アリス・ファンネル"を外すと、姫を守る騎士の様に自分の周りに展開させた。

一陣の風が吹き、静まり返るアリーナに浸透していく。

そして再度風が吹いた瞬間、それが開始の合図と言わんばかりに重吾は機体を踊らせ、泥人形に向かっていった。

「アリス・ファンネル!! いってくれッ!!!」

自分の周りに展開させていたアリス・ファンネルに命令を送ると、エクストリームガンダムの前に先陣して突撃し、まるで意思があるかの様に宙を飛び回った。
そして泥人形を囲む様にそれぞれ八基のアリス・ファンネルが移動すると、細いビームの線を迸らせて泥人形の身体を攻撃し始める。

「胴体にはラウラさんが居る筈……ファンネル! 避けて攻撃してくれッ!!」

アリス・ファンネルにそう指示を仰ぎ、重吾自身も泥人形に向かって行った。
ヴァリアブル・ライフルからビームを放って頭部を狙撃すると、今度は銃から剣であるビームサーベルに持ち替え、泥人形に接近していく。

「絶対届くんだ! 君が伸ばせば俺が掴む!! 伸ばさなくても俺が掴み取る!!! だから絶望に呑まれないでくれッ!!!!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

昔の自分は酷く弱かった事を憶えている。

軍に所属し、冷たい試験官の中で生まれた自分は本当に弱かった。

しかし必死に自分を鍛え上げ、軍の為に何かを成すと褒めてくれる。
それがとても嬉しく感じ、更なる力を手に入れようと躍起になった。

別にただ単純な事……力を求めるようになったのは本当に何でも無い事だった。

ーーー褒めて欲しかったんだ。

自分の頭を撫で、暖かい温もりを与えてくれるそれが……親という存在が居ない自分を満たしてくれるそれが嬉しかった。

冷たい感触しか無かった試験官と比べ、それは本当に涙が出る程暖かい。まるで包み込まれているような感覚になり、眠れない夜もぐっすりと眠れたりもした。

そんなある日、自分が所属していた軍に一人の博士らしき人物が来訪したんだ。

その人物は、自分と同じ様に冷たい試験官で生まれた者達を見ると、ニッコリと優しい笑みを浮かべてこんな事を言い放った。

『君達をもっと高みに登らせてあげたい……協力してくれないかな?』

それを聞いた瞬間、力が手に入るのならと自分は直ぐに名乗り出た。

軍の為になれる。力になれる。また褒めてくれる。

子どもが母親に褒められるのが嬉しいように、自分もそれが生き甲斐であり全てだった……だけど。

力が手に入ると思っていた実験は失敗に終わり、自分は……私は"欠陥品"というレッテルを貼られ、軍の者達から蔑まれ、必要無いと言い渡されたんだ。

人形……そう、人形だったなあれは。

生きている筈なのに全く生気を感じさせず、毎日を屍の様に生きていた私は人形と称するに相応しい。

でもそんな私にも希望はまだあるのだと実感出来る事があったんだ。

織斑 千冬……私を認めてくれ、軍での最強を与えてくれた大切な人。

その人が現れた日から、私はこの人の為に有りたいと思う様になり。また、この人こそが私の全てなのだと感じるようになった。

『"教官"に弟が……家族が居るのですか?』

『ああ、良く出来た弟だ……私と違ってな』

その時の教官の顔は、照れ臭そうでいて嬉しそうな……日頃の厳格な感じに比べてかなり変わっていた。

羨ましい……そう、羨ましいと思う。

教官にこんな優しい顔をさせる人物が酷く。

ああ……嫉妬をしているのか私は。自分にもその優しい笑顔を向けて欲しいと願っているのか……。

なんだ、やっぱり弱いではないか。

教官に力を貰ったというのに……軍で最強の称号を得たというのにまだ自分は弱いままじゃないか。

【だったら強くなればいいじゃないか】

ーーー酷く響く声だった。

【今も充分強いけど、更なる力を手に入れて教官に見て貰おうよ。ほらほら】

ーーーまるで眠りに誘う声だった。

【手を出せばいいだけだよ? 怖がる事なんてない】

ーーー妖艶な甘い蜜の声だった。

【だって君は強くなれるんだ。欲しいでしょ?】

やめろ。囁くな。喋るな。誘うな。来るな。寄るな。潜り込むな。侵入するな。嫌だ、嫌だ嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だーーー!!!!

ーーー誰かッ!!

「誰か……助けてくれ……ッ!!」

私は身体を抱え込んだ。酷く息苦しく、そしてドロドロとした何かに侵されていくようで……自分が自分で居なくなっていくようで怖かった。

だけど助けを求めても、誰も助けてなどくれない。

手を伸ばしても何も掴めやしない……ならばもう溶けてしまおうか。
そうだ、混沌した空間に溶け込み、何も無い自分になってしまおう。
その方が楽なんだ。もう誰も……私を虐めたりしないのだから。

『絶対届くんだ!』

ーーーなんだ、一体誰だ?

『君が伸ばせば俺が掴む!!』

ーーー聞いた事のある声だ。

『伸ばさなくても俺が掴む!!!』

ーーー光が見える……暖かい光が。

『だから絶望に呑まれないでくれッ!!!!』

その声が明確に私の耳に届いた瞬間、不思議と涙が零れた。

まだ存在するのだと実感出来た。

希望はあるのだ感じられた。

ああそうだ……この感覚は、あの人と初めて会った時に希望を得た感覚だ。

救ってくれる光が満ちていく。今居る空間を照らし出し、汚染されていた心が浄化されるのが分かる。

手を伸ばす……なんだ、簡単じゃないか。

希望は直ぐ側にあったんだ。

私が気づかなかっただけなんだ。

凝らせば見えたんじゃないか。

「手を伸ばす……だから"井伊月 重吾"。私に希望を魅せてくれ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「見えたッ!! ラウラさんの手だッ!!」

泥人形と戦いながら必死にラウラを呼びかけていた重吾は、胴体部分から飛び出した手を見て目を見開いた。

エクストリームガンダムのブースターを吹かせ、人型の形状から崩れ落ちそうになっている泥人形に近づく。
そして右腕でラウラの手を掴むと、力を振り絞って引き抜く行動に移った。

「もっと力出せよ俺ッ!! 根性みせやがれッ!!!!」

歯を食いしばって全力を出す。しかし右腕だけではラウラを助け出す力までには至らず、逆に再び取り込まれそうになる。

顔を歪めた重吾は一筋の汗を流し、ある行動に出ようとした。

きっとそれをすれば激しく……そして途轍もない痛みが重吾を襲うが、このままではきっとラウラが取り込まれてしまう。

覚悟を決めた重吾は折れている"左腕"に視線を向け、歯を食いしばって咆哮を上げた。

「がぁぁぁぁぁッッ!!!!」

何と骨折している筈の左腕を強引に動かし、両腕を使ってラウラを引っ張り出す重吾。
ガンダムフェイスに包まれて確認は出来ないが、その壮絶な痛みを我慢する顔は凄まじく、玉のような汗を濁流の様に流していた。

「戻ってこいラウラさん!! 君の居場所は此処だぁぁぁぁッ!!!!!」

叫ぶと同時に重吾はラウラを一気に引き抜き、そのか弱い少女を抱え込む。

泥人形から引き抜いたラウラからは外傷は見受けられず、スヤスヤと寝息を立てている為怪我の心配はないだろう。

ラウラが無事だと分かった瞬間、脱力したかのように身体の力が抜けた重吾は、ラウラを抱きかかえたまま自由落下していった。

エクストリームガンダムを使ってどうにかしようとしたが、こちらはエネルギーの使い過ぎで活動限界。待機状態に戻ってアクセサリーに早変わりだ。

「死んじゃう死んじゃう! この高さはマジで死んじゃうからッ!?」

そんな事を言っても落下は止まらない。このままでは本当に冗談抜きで死んでしまう。

「全く……何やってんだか」

「織斑君ッ!? アンタ白馬の王子様だよッ!!」

地面に直撃する直前、白式のエネルギーを回復し終えた一夏が重吾をキャッチし、ゆっくりと降下して地面に降ろしてくれた。

心臓が止まるかと思った重吾は、地面に足をつけた時安心し過ぎて腰が抜けてしまい、へたり込んでしまう。

「頑張ったんだね井伊月君。ラウラさんも無事みたい」

「いや〜。本当に疲れたよ……待って、今メチャクチャ腕が痛いッ!!」

「まさか井伊月君、折れてる左腕で何かしたの!?」

「ラウラさんを助ける時に……てへッ♪」

「てへッ、じゃねえ!! 病院行くぞ病院!! ラウラと一緒に診断してもらえッ!!!!」

そうして一夏に背負われた重吾は、同じくシャルロットの背負われたラウラと共に病院を目指したのだった。

優しい夢を見ていた……。

その人は暖かくて、包み込んでくれる様な、大きな心を持っていた……。

不思議と落ち着くこの気持ち……ずっと感じていたいと思ってしまう……。

そうか……彼がーーー

「ん……ここは……」

眠りから覚めたラウラは、自分が寝ているベッドから身体を起き上がらせ、今いる場所の確認をした。

白い壁や独特の雰囲気から察するに、此処が病院の中なのだと分かる。
しかし眠っている間の記憶があやふやなラウラにとって、何故自分が病院に居るのか、それが全く分からなかった。

「…………」

取り敢えず病院を出てIS学園に戻ろう。そう思った時だった。
病室の扉が音を立てて開き、千冬が果物の詰め合わせが入った籠を持って入ってきたのだ。

「目が覚めたようだなボーデヴィッヒ」

「きょ、教官ッ!?」

自分のベットまで近寄り、立て掛けてあった椅子を出した千冬。そしてゆっくりと腰を降ろすと、持ってきた果物をベッドの上に置いた。

ラウラは千冬の前だからと、直ぐにベッドから立ち上がろうとしたが、身体に上手く力が入らずベッドに倒れ込んでしまう。
顔を歪めて再び力を入れるが、身体が言うことを聞かない。それでも何度かラウラは挑戦してみる……しかし結果は全て同じだった。

「そのままでいいさ、あまり無理をするな」

「しかし……ッ!」

「そのままでいいと言っている」

「……あっ……」

強引に身体を動かそうとしたラウラの頭を、千冬は優しい笑みをしてゆっくりと撫でる。
そんな突然に短い声を漏らしたラウラだったが、胸の内から湧き上がる感情に抗う事無く、その心地良さを実感した。

「ーーーーー!?」

突如、ラウラの頭の中に様々な光景がフラッシュバックする。

一夏と戦う自分。

重吾と戦う自分。

それが自分の眠っている間の記憶なのだと理解した瞬間、千冬の手から頭を退かし、堪え切れぬ感情にシーツを握りしめた。

「私は……私は最低だ……暴力を振るってしまった……」

ポタリと一粒の涙が零れ、シーツに染みを作る。抗えぬ嫌悪が湧き上がり、ラウラを必要以上に攻め続けた。
しかしこれは罰だ……力の赴くままに暴力を振るってしまった自分への罰なんだ。
そう考えたラウラは自己嫌悪に陥り、瞳から多くの涙を溢れ出させる。

千冬はジッとそんなラウラを見ていたが、そっと両手を悲しみに染まった顔に添えると、自分の顔と正面になるように向かせた。

「お前は確かにしてはならぬ事をしてしまった。それは間違い無い……だったらどうする。謝罪でもするのか」

「そんなものでは足りません……足りない様な事をしたんです!」

悲痛な叫びを上げたラウラは、これ以上千冬と顔を合わせられず、強引にその両手を払った。

「救われたんだぞ……お前は。それを理解しているのかラウラ・ボーデヴィッヒ」

「ーーーーッ!?」

救われた……その言葉を聞いた瞬間、ラウラの頭に重吾の姿が浮かび上がる。
自分の手を掴んでくれた彼は、確かに希望を与えてくれた。それは本当に感謝してもしきれない。

だがラウラは重吾を傷つけてしまった。

何の恨みもない彼を……自分は酷く、これでもかという程に痛めつけた。

それは否定の出来ない事実で、ラウラの胸に傷を与えていく。
せっかく救われたというのに、自分はまだ弱いまま。何も出来ない只の弱者だ。

「帰ります……ドイツに。もう此処には戻りません」

「逃げるのかお前は」

「そう思ってもらって構いません。私にはもう……此処に居る、理由が……うあぁあぁ」

涙が止まらない。嫌悪が止まらない。自分への怒りが止まらない。

やはり自分は存在してはならないのだ。

昔の様に屍になれば、きっと誰にも迷惑を掛けないだろう。

救ってもらった心は無駄になってしまうが、それは当然の報いだ。文句なんて出せる訳がない。

「ボーデヴィッヒ……井伊月 重吾はお前を待っているぞ?」

「嘘です! 私を待ってくれている者なんてーーー」

「居るよーーーラウラさん」

「……井伊月……重吾…」

彼は……井伊月 重吾は突然現れた。

いや、扉を開いて入ってきたのだからそう言うのはおかしいかもしれない。
しかし思考がグチャグチャになっていたラウラにとって、重吾の現れ方は突然だったと言えるだろう。

「お見舞いに来たんだ。心配だったから」

笑顔を浮かべた重吾は頭を掻き、気恥ずかそうな表情を浮かべた。
ラウラはそんな重吾の笑顔を見た途端、ダムが決壊したかの如く涙が流れ出し、子どもの様に泣き喚いた。

「友達になろうよラウラさん。君の事をもっと知りたいし、遊びたいんだ一緒に」

「私は……ヒッグ……お前の事が嫌いだ」

「俺は好きだね! 何と言われようと」

「やめろぉ……優しくするな……うぅぅ」

「君は誰かの為に頑張れる優しい女の子なんだ。今まで頑張った分、今度は自分の為に何かしなきゃ」

そう語りかけた重吾は、弱々しいラウラの身体を抱きかかえると、優しい手つきで頭を撫でる。

「今度さ、買い物にでも行こう。それでご飯食べたりして遊ぼうよ」

「私は……私は……」

「絶対楽しいって! 俺が君をーーー守るからさ」

「う、あぁあ……あぁぁあ……!!」

嬉しかった。本当に嬉しかった。自分を見てくれる、たったそれだけの事なのに。この世の全てに勝る幸福を感じた。

井伊月 重吾……彼こそ自分の希望であり。自分を暖めてくれる大切な、かけがえのない存在だったんだ。

「友達になってもいいのか?……私は居ていいのか?」

「ああ、絶対に悲しませたりなんてしない。もし悲しませる奴が居たら、俺が超つえーパンチをお見舞いしてやる」

そう言って笑った重吾に抱きついたラウラは、顔を埋めて嗚咽を漏らす。
やっと自分の居場所が手に入り、やっと心の在り処が見つかった瞬間だった。

「恥ずかしい台詞を良く言えるな」

「ちょっとそういう事言うのやめてくださいよ先生////」

今までこの状況を黙視していた千冬が、悪そうな笑みを浮かべて重吾を見る。
それに負けじとポーカーフェイスを取ってみたが、顔に染まった赤色だけは隠し切れない。

やはりこんなカッコいい台詞は似合わないと思う。
正直自分で言っていて吐きそうになってしまったし、気持ち悪くなった。
やはり自分にはこういう才能は無い。そう改めて感じたのだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

後日の朝。いつもと変わらない日常がやってくる。
歯を磨いて朝食を食べ、時間があれば生徒会に顔を出して楯無達とじゃれ合う。そんな平和で平穏な日々がまた今日も始まるのだ。

「う〜ん。それにしても左腕の骨折が更に酷くなるなんてなぁ……やっぱり無理し過ぎたかな」

以前よりも進化を果たしたギプスは、重吾の左腕をガチガチに固めている。
ラウラを助ける際に強引に動かしてしまったので、こうなる事は当然だろう。
だがこれは名誉の負傷だ。女の子を助けてなった傷ならば、逆に誇れる物になるだろう。

「名誉の負傷か……何かカッコいいな♪」

単純な事に上機嫌になった重吾は、鼻歌交じりに廊下を歩き、自分の教室である四組を目指す。その際に一夏やラウラ達の教室を必ず通るので、少し覗いてみようかと、重吾は辿り着いた一組の窓を覗き込んだ。

するとシャルロットが教室の前に立ち、和やかな笑みで何かを喋っているのが確認出来る。
どうにかしてシャルロットの声が聞き取れないか、そう思った重吾が窓に顔を張り付けた時。

ーーードドドドドド!!!!

まるで猪が地面を踏みしめながら迫る地響きが轟く。
重吾はその揺れに気づいた瞬間窓から顔を離し、向こうの廊下から迫ってくる「何か」に目を凝らした。

「うわぁぁぁぁッ!!! 鈴さんが凄い勢いで走ってきたぁぁぁぁッ!!!!」

「いぃぃぃちかぁぁぁぁぁ!!!!」

正に鬼の形相。全ての怒りを収束した様なその顔は、見た者を震え上がらせて縛り付けるもの。
何故鈴がそんなにも憤怒しているのかは不明だが、ただならぬ事が有ったのはまず間違い無いだろう。

「一夏あんた、"シャルロット"と一緒にお風呂入ったって……どうゆうことよッ!!!!」

教室でそう叫んだ鈴だったが、重吾は正直言って"わけワカメ"状態だった。

だってシャルロットは男な訳だし、別段一夏と一緒にお風呂なんておかしく無い筈。まあ、少し仲が良すぎるとは思うが……悪いよりはいいだろう。

だったら一体鈴は、何に怒っているのだ。そう思った矢先に、重吾の頭にある考えが思い浮かんだ。

まず思い出して欲しい。シャルロットは男だ。これは揺るぎない事実だろう。
しかし今、教室の中にいるシャルロットの服装は、重吾や一夏の着ている男子専用の制服では無く、丈の短いスカート……女子用の制服を着ているのだ。

これはおかしい。明らかにおかしい。何故女子の制服を着ているのか、まあこれも問題だが……何よりの問題はーーー

(シャルロットさんに"胸"がある&#8265;)

女性である事を強く表す象徴。胸がある事だった。

まるで宇宙人と会ったかのような衝撃、奇想天外な現実。頭がスポンジで出来ている重吾にとって、この状況は全く理解不能だ。

ヨロヨロと教室の中に入った重吾は、威嚇をする動物の様に犬歯を剥き出しにする鈴の隣に立ち、目をパチクリとさせるシャルロットを見る。
その容姿は男とは思えない程に可愛いらしく、女の子と勘違いしてしまう……女の子?

「女の子だァァァ! シャルロットさんは、女の子なんだァァァ!!!」

「うえッ&#8265; ど、どうしたの井伊月君」

「シャルロットさん、女の子でしょ!」

「う、うん。隠してたけど、そうなんだ////」

「やっぱり! 今思い出したら、俺そう願ってたんじゃんか。神様ありがとうございますッッ!!!」

自分の願いが叶っていた事に涙を流す重吾。何故シャルロットが男だと偽っていたのか、その事は全く気にならず、ただシャルロットが女の子であった事の嬉しさ、それだけが重吾を一杯にしていた。

「ひゃっほ〜い! お天気お姉さんのドキドキ星座占いで出た、このラッキーアイテムである猫耳カチューシャ持ってて良かったァァァ!!!………」

もはやキチガイの様に踊る重吾だったが、突然にその動きが止まる。教室に居た一夏やシャルロット。そして鈴までもが固唾を飲み、動かなくなった重吾を緊張の面持ちで見つめ、教室を静寂が支配していった。

嵐の前の静けさと言うべきなのか、形容し難い感覚が一夏達を襲う。
きっと次に重吾が口を開いて発する言葉は、とんでもない爆弾の様な発言に違い無い。絶対にそうだ。そうなのだという確信が、一夏の中にあった。

「なぁ……シャルロットさんが女の子なら……」

逃げなければ。重吾が全ての言葉を言い切る前に逃げなければならない。でないときっと恐ろしい事が待ち受けている。
だが逃げようにも、教室の扉には重吾と鈴が並んで立っている為、強行突破する以外の方法しか無い。まず無理だ。
だとしたら後ろか。いや、後ろも駄目だ。扉に着く前に重吾が全てを言い切ってしまう。

一夏の思考、この間なんと0.2秒である。しかしこの圧倒的処理能力を越えた考えも、呆気なく無駄に終わったのだった。

「さっき鈴さんが言った、シャルロットさんとお風呂に入ったっての……異性同士で混浴したって事だよなぁ……」

「そ、そうなるかな……ははは……」

そんな重吾の言葉の所為で、一夏の身体から嫌な汗が噴き出す。もうここまで来たら笑うしかないが……乾いた声しか出なかった。

「織斑君ッ!! シャルロットさんとお風呂入ったんかッ!? おっぱい見たんかッ!! どうなんやッ!!!」

「は、入りました!! んでもって見ちゃいました!!!」

「ええッ&#8265; 一夏、僕の……その……胸見たの?////」

「ごめんシャル。ちょっとだけ見えた!」

「ちきしょォォォオ!!!!」

シャルロットと混浴した事実。女の子とお風呂に入った羨ましさ。その両方が重吾に突き付けられ、目から止めどない羨望の涙が流れる。
一方一夏は鈴やセシリア。そして箒に詰め寄られ、拷問と言う名の尋問を実行されていた。

「うぅ……織斑君はいつだってそうだ。カッコ良くて、優しくて……!」

絶望に打ちひしがれた重吾は、壁に寄りかかって壊れた様に笑う。
しかしそんな重吾に近づく少女が一人。長い銀髪に黒い眼帯……ラウラ・ボーデヴィッヒだ。

「じゅ、重吾!////」

「あ、ラウラさん。もう身体は大丈夫?」

「あ、ああ……大丈夫……だぞ////」

「そっか。それは何より」

顔を真っ赤にして名前を呼んできたラウラに笑顔を向けると、更に顔を真っ赤にしてしまう。
重吾は頭を傾げてラウラの顔を覗きこんで見るが、直ぐに視線を外されてしまった。

ちなみに一夏の方は……見るに耐え無い。

「井伊月 重吾!! 目をつむれ!!!////」

「へ? 何で?」

「早くしろッッ!!////」

まるで軍人の掛け声の様に張った声を上げたラウラ。そんなラウラの声にビビってしまった重吾は、反射的に背筋を伸ばして姿勢を正す。
そんな重吾を見て深呼吸をしたラウラは、顔を真っ赤にしたまま重吾との詰めた。
しかし重吾はラウラに言われた通りに目を閉じている為、一体ラウラが何をしようとしているのかが確認出来ない。

「い、いくぞ……////」

ーーーチュッ

「…………は?」

唇に柔らかい感触……それに暖かい。ゆっくりと目を開けると、そこには瞼を閉じ、自分と唇を合わせている……"キス"をしているラウラの顔があった。

「「「きゃあぁぁぁぁぁ!!!!」」」

一瞬理解が出来なかった。だって自分は今、あのラウラとキスをしているのだから。
頭が回らずボーッとする。お酒を飲んで酔った感覚というのは、もしかしてこんな感じなのだろうか。
それと……キスというのは……こんなにも甘い物だったのか。

「お前は私の嫁にする! 決定時効だ!! 異論は認めん!!!」

「キス……キスした……きゅ〜////」

そうして己の処理能力が限界に達した重吾は、頭から蒸気機関車の様に煙を出し、バタリと背中から倒れて気絶してしまった。

ちなみに一夏は……表現出来ない。

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