小説『ISー『転成した極限野郎』』
作者:Melty Blood()

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左腕を負傷し、右腕だけで生活しなくてはなら無くなったらそれはとても不便だと感じる。
その不便さを現在進行形で感じている重吾は、ギプスで固められて動かせ無い左腕に視線を落とした。

重吾「こんな状態じゃあなぁ……」

今居る『温泉』の心地よさでは無い息を漏らした重吾は、夜空に光る無数の星を見つめた。
普段……というよりIS学園には男子が入れる温泉など無い。身体を洗いたければ部屋にあるシャワーを使え、というのが決まりのようなものだった。
それなのに何故重吾が温泉に入れているのかは、簡単に言ってしまうと楯無による会長権限を使って得た許可である。
勿論他の女生徒達は入っていない。入っているのに重吾が浸かったら大問題だ。

重吾「でも会長もなぁ……別に良かったのに……」

楯無が何故重吾に温泉を使わせてあげているのか……その理由を思い出した重吾は苦笑いを浮かべる。
ラウラとの戦闘の後、医務室で治療を受け生徒会室の帰った重吾を迎えたものは、楯無による謝罪の言葉だった。

ーーーごめんなさいと。

その言葉が重吾を迎え、そして浸透していった。
しかし別に重吾は楯無に何の恨みも怒りも感じちゃい無い。骨が折れたのだってラウラを止められ無かった自分の所為だ。だから正直、急に謝ってきた楯無に驚いてしまった。
まあこんな事から、怪我をさせてしまったお詫びのような感じで、今こうして普段は入れない温泉を使わせてもらっているという訳だ。

重吾「さてと、頭洗ってささっと出るか」

湯船から上がった重吾は、濡れた床で滑らぬよう注意しながら歩く。
用意していたシャンプーを良い感じに頭にかけ、ワシャワシャと泡を立てて髪を洗う重吾だったが、ここである問題が発生した。

重吾「ヤバい……シャワーが何処あんのか分かんないや……」

泡立てすぎて視界が塞がれ、目を開けようにも開ける事が出来ない。
試しに手探りでシャワーを探してみるが、全くそれらしい物が手に触れずに、腕を動かすだけで終わってしまう。

重吾「クッソ〜左腕が使えりゃあなぁ」

楯無「はいこれシャワー」

重吾「あ、助かりました会長♪」

楯無からシャワーを受け取った重吾は、シャンプーの泡を流して視界を回復させた。
そしてもう一度シャンプーを頭にかけ、視界が覆われる程泡立てる。近くに置いていたタオルを手に取ると、それを自分の股を隠すように掛けて重吾は笑みを浮かべた。

重吾「な、何で会長が居るんですかッ!!?////」

ごく自然な感じに登場したが、おかしい……明らかにおかしい。いや、ここは女生徒が使用する風呂なので女性である楯無が居るのはおかしく無いのかもしれないが、普通男子が入っているのに入るなんて正気の沙汰じゃ無い。

楯無「あら? 虚ちゃんや本音ちゃんも居るわよ?」

本音「いいお湯だねいづき〜♪」

虚「ふぅ〜……やっぱりお風呂は良いですね。生き返った気がします」

泡で視界を塞いでいるため、楯無や虚や本音の姿は見えない。
それがとても惜しい事なのは分かっているが、見てしまえばきっと多大な量の鼻血が飛び出し気絶してしまう。今まで学んだ重吾の経験がそう告げていた。

重吾「か、会長! 俺そろそろ出ますから、後はごゆっくり……////」

楯無「まあまあ♪」

ーーーガシッ

重吾「ヒィィィッッ!!?」

腕を掴まれた重吾はドキンッと心臓が跳ね上がる。その原因は、とても楯無の手のひらが柔らかく優しいものだったからなのかもしれない。

楯無「一緒にお風呂に入りましょ♪」

重吾「羞恥心は!? 羞恥心は無いんですかッ!?」

グイグイと強引に湯船の方まで連れてこられた重吾は、同じくバスタオル一枚だけの虚と本音を視界に入れない為に上を向く。
湯船は温かく落ち着くものだが、女の子と同じ湯船に入っているというこの状況……落ち着ける筈が無い。重吾は今も鼻からこみ上げる熱い物を堪えるのに必死だ。

本音「いづき〜と一緒にお風呂入るなんてねぇ〜。やっぱり私達って仲が良いよねいづき〜♪」

重吾「そ、そうだね……あははは////」

癒される声でそんな事を言ってきた本音だったが…重吾は全く癒されない。それどころか肌を密着させてきた本音の所為で、重吾の心臓が張り裂けそうになってしまった。
このままではマズイ。そう感じた重吾は湯船の隅の方に移動し、楯無達から離れて息を整える。

楯無「離れちゃったらお姉さん悲しんじゃうぞ♪」

重吾「やめてぇ!! これ以上寄らないで!! アタシ死んじゃう死んじゃう!!」

虚「おしゃべりでもしながら……楽しいですよ?」

本音「私のナイスなバディ〜で〜いづき〜を釘付けにぃ〜」

重吾「あッ駄目!! 胸を寄せて上げないで!!」

せっかく逃げたというのに、逆に追い詰められてすし詰め状態になってしまった。
それに女の子は柔らかい……男のゴツゴツとした身体では無く。抱きしめてあげたくなるような肢体をしていた。

脳内が真っピンクになってきた重吾は、自分の欲求にだんだんと抗えなくなってくる。しかし重吾は足を抓るなどをして自分に痛みを与え、その欲求に必死に耐えて歯を噛み締めた。

重吾「なんでみんな急にお風呂なんかに……?」

話しをする事で気を逸らそうと考えた重吾は、自分の中の疑問を投げかける。
すると楯無達は途端に頭を傾げ、何でだろうと疑問の表情を浮かべた。

楯無「確かに何ででしょうねぇ……」

虚「まあ井伊月君とお風呂なんて……恥ずかしいですけどちょっぴり嬉しいです////」

重吾「…………////」(ダラダラ

本音「鼻血鼻血ッ!! 鼻血出てるよいづきー!!」

本音の叫び声で我に返った重吾。自分から止めどなく溢れ出る鼻血が湯船に落ちぬよう注意してタオルで拭い取り、上を見上げて鼻血が出ないようにする。
ああ……月が綺麗だ。ほのかな明かりで辺りを照らし出し、光とは逆の闇を産んでいる。
急に変な思考に変わった自分に苦笑いを漏らした重吾は、ゆっくりと深い息を吐いて瞼を閉じた。

虚「眠いんですか井伊月君?」

重吾「いいえ違いますよ虚先輩……ただちょっとラウラさんの事を思い出しちゃって……」

左腕を見つめた重吾は、あの冷たいラウラの表情を思い出す。お湯は暖かい筈なのに……背筋が震えてくる。
これは恐怖だ。骨を折られ、圧倒的暴力でねじ伏せられれば誰でも震えてしまう。
だが重吾はそんな恐怖よりも……ラウラが普通で無い事に恐怖を憶えていた。
笑顔で武器を取り。笑顔で暴力を振るい。笑顔で力を求める。そんなラウラは何処か普通では無い……『異常』だ。

楯無「……優しいわね貴方は……」

重吾「え? そんなこと……」

楯無「優しいわよ……ラウラちゃんの事が心配なんでしょ?」

重吾「いや……いや、そうですね……心配です」

図星なのか図星じゃないのかは定かでは無かったが、重吾は確かにラウラを心配していた。別に親しい訳でも無い。それに強い思い入れがある訳でも。
なのに何故ラウラを心配するのか……それは重吾にもよく分から無かった。
お人好し? いや違う……これはただの偽善かもしれない。人を救いたいと思う自分に酔い、心の底から人を思わない偽善者に。

重吾「偽善者か……何かやだなそれって…」

濡れた髪から一滴の雫が湯船に落ち、ポチャリと弾けて重吾の顔に当たる。
ゆらゆらと揺れる水面には苦笑を浮かべる自分が映り、それが何だかとても不思議に思ってしまった。

虚「偽善でも……悪よりはずっとマシです」

本音「そぉそぉ。いづき〜はいづき〜だからね〜」

重吾「嬉しいな……////」

虚と本音に優しく頭を撫でられ、頭に留まっていた靄が霧散していく。
自分は自分。そんなただの言葉がこんなにも救いになるとは思わなかった。笑顔を浮かべた重吾は無性に嬉しさがこみ上げる。

楯無「まあラウラちゃんの事はこれからよ井伊月君。それよりも今はお風呂を楽しみましょ。ね♪」

パチリと可愛いらしいウインクをした楯無は、重吾の身体に背中を預ける。
それを見た虚が何故かムスッとした表情をして、自分もと重吾に背中を預けてきた。
二つの柔らかい女の子の身体に収まりつつあった鼓動が再び活動を始める。
だが重吾だって紳士だ。これしきの事で動揺したりなどはしない。常にジェントルマンであり神父様の様に穏やかな精神を持っていなければ、きっとこれから先生きていけやしないのだ。

本音「えへへ〜♪ いづき〜にダ〜〜イブ♪」

重吾「うわぁぁぁ!! 何か顔にマシュマロみたいなのがぁッ!?」

……どうやら重吾はこれから生き残れなさそうだ。

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今日この日、IS学園ではタッグマッチトーナメントという大会がアリーナによって開催されていた。
来賓客やスポンサーなどが多く来賓するこの大会は、まさに一代イベントと称するに相応しい賑わい振りだ。凄まじい歓声でアリーナが震え、数多くの観覧者の熱気で包まれる程に。

そんなアリーナの待機室。大会に出場する選手達が待つこの部屋に、織斑 一夏は長椅子に座り込んで待機していた。

「………………」

瞼を閉じて精神統一をしている一夏の纏う雰囲気からは、この試合に臨む心意気や動機などが伝わってくる。
それもその筈だ。一夏がこの試合に参加している理由の大半を占めているのが、鈴とセシリア……そして重吾を痛め付けたラウラへの"復讐"なのだから。

「落ち着けよ……まだだ……まだ…」

ギュッと拳を握りしめた一夏は、ぶつけようの無い怒りを憶えるかの如く身体を震わす。そして目を見開き、立ち上がると頬を叩いて気合を入れた。

復讐や恨みを持てば……やがてそれに身体を蝕まれていく。

それは一夏も分かってはいたが、仲間を傷付けたラウラをどうしても許せなかった。普段温厚で心優しい一夏だとしても、こればかりは我慢が出来ない。

ーーーだから。

「ラウラに謝らせる……!!」

◇◇

アリーナの観覧席。そこには多くの生徒が盛り上がり、試合開始を待ち望んでいる姿が確認出来る。その熱気は本当に凄まじく、まるで女の子では無いと思ってしまう程だった。
そんな生徒達の群集の中に、クラスメイトである簪と一緒に座っていた重吾は、周りの生徒とは違って冷めた様子の簪に苦笑いを浮かべていた。

「更識さん……あの〜」

「………静かにして」

「ず、ずびばぜん……」

必死に投影ディスプレイの画面を見つめていた簪に話しかけてみたが、バッサリと切り捨てられてしまい思わず涙声になってしまう。
簪に話しかけるのは辞めておこう。そう思った重吾は、空を眺めて試合開始時間を待つ事にした。

ポカポカと暖かい日光を受けていると、だんだんと睡魔が襲ってくる。日向ぼっこをする動物達はこの心地良さを感じて昼寝などをしていたのだろうか。今ならその気持ちが凄く分かる気がする。

「あ〜気持ちぃ……Zzz」

ついに睡魔に負けて眠ってしまった重吾は、コクリコクリと船を漕いだ。日頃の疲れもあるせいか、その眠りはかなり深いものに思える。

「………あれ…?」

妙に静かになったなと不思議になった簪は、重吾が座る横の席に視線を向けた。

「……寝てるのかな……わッ////」

自分の横の席で気持ち良さそうに眠る重吾の頬を、興味本位で突ついてみると、一気にバランスを無くして自分の膝に倒れ込んでくる。
焦った簪はどうにか重吾を起こそうとしたが、こんなにも安らかな顔を見てしまったらそれが出来なくなってしまう。

ため息を吐いた簪は重吾の頭を撫でる。しかし次の瞬間ハッとし、自分は何をやっているのかと手を離した。

「……ん…」

「……ちょっと……可愛い…////」

自分の制服の端を赤子の様に握った重吾に自然と笑みが零れる。もう頭を撫でるという行為に何も抵抗を感じなくなった簪は、優しく優しく重吾の頭を何度も撫で続けた。

暫くして重吾が目を覚まし、寝ぼけた様子で簪の膝から起き上がる。その時に少しの名残惜しさを感じた簪は、重吾が頭を預けていた膝に視線を落とした。

「寝ちゃってたのか……」

「………もうちょっと寝てても良かったのに」

「何か言った更識さん?」

「………別に…////」

何故か頬を赤らめてそっぽを向いた簪に、良く分からないといった感じで重吾は頭を傾げる。別段気にはしていなかったので追及はしなかったが、頬を赤らめて恥じらいを見せた簪は、非常に可愛いらしいと思った重吾だった。

◇◇

場所は戻って待機室。タッグマッチトーナメントに出場する一夏は、そのパートナーである"シャルロット・デュノア"と共に試合の準備をしていた。

「大丈夫? 準備は万端?」

「完璧過ぎるくらいに完璧だぜ」

「ならいいね。気合入れていこう」

「ああッ!」

ニコリと微笑んだシャルロットと手を合わせた一夏は、緊張を紛らわせる為に深い息を吐く。
そして専用機である"白式"を展開すると、対戦相手であるラウラ・ボーデヴィッヒが待つアリーナに飛び出した。

「…………ラウラ…!」

アリーナの中央にラウラが笑みを浮かべて佇んでいるのを確認した一夏は、顔を歪めて拳を握りしめる。
怒りという感情を必死で堪えて自分を制御する。爆発しないように、飛び出さないように抑え込む。その時が来るまで……その瞬間が来るまで一夏は我慢し続けるのだ。

津波のように襲ってくる衝動。相手を倒せという殺傷願念。他者に復讐をという怨念。そんな危険な感情を抑え込んだ一夏は、ゆっくりとラウラに近付いた。

「お前は何を目的でこの戦いに臨む……?」

一夏を据えたラウラはそんな言葉を向けた。しかい質問の意味を考える事など必要無い。何故なら既に一夏の答えは出ているのだから。

「ラウラを……テメェを倒す為だよ」

「ハッ! 弱い犬程良く吠えるというが……貴様は正しくそれだな」

「うるせえよ。そんな事言ってられるのも今の内だラウラ……お前は負ける」

挑発をものともしない一夏は、ラウラの目を真正面から睨みつける。意思と意思のぶつかり合いは凄まじく、張り詰めた空気が一夏とラウラを取り巻いていった。
後から続いて出てきたシャルロットは、そんな二人の感じに息を飲み、一筋の汗を垂らす。
決して立ち入る事の出来ない領域……まるで海の深くである深海は、シャルロットを拒んで弾いた。

「…………お前達……私を忘れてはいないか?」

ラウラのタッグパートナーである箒は、我慢の限界といった感じで口を開く。

「悪い箒、今はラウラとの勝負に集中したいんだ」

そう言って真剣な表情で箒を見つめると、途端顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。
一夏は頭を傾げて何故赤くなったのかが気になったが、今はラウラとの試合が一番な為その考えを直ぐに捨て去った。

「さあやろうぜラウラ。俺は絶対お前を倒す」

白式の武装である"雪片弐型"を両手で構えた一夏は、隣に並ぶシャルロットにアイコンタクトを送る。
ラウラはそれを疑問の表情で見たが、直ぐに視線を戻して戦闘体勢を取った。

これから始まる勝負はきっと言葉に表せない。白と黒の対になる戦いは、必ず混沌としたものになるだろう。
しかしそれでも逸らしてはならない。決して……一片たりとも見逃さずに見届けなければなら無いのだ。

ーーーでなければ。

「行くぞッ!!」

「倒すッ!!」

ーーー後悔の念に襲われてしまう。

◇◇

「……始まったよ井伊月君」

「始まったのはいいんだけど……あのポニーテールの女の子、瞬殺されたよ」

試合開始と同時にシャルロットに撃破された箒を見てそう言った重吾は、もう一人のパートナーであるラウラを見つめる。
すると何故か骨折した左腕が不思議と痛み、表情が歪んでしまう。右腕でそれを和らげる様に押さえると、痛みなど元から無かった様に消えてしまった。

「ラウラさん……大丈夫かな……」

二対一になったのにも関わらず、少しも一夏とシャルロットの攻撃に背を向けないラウラ。
そんな彼女の姿は、戦いでしか自分を見出せないような……そんな感じがして重吾は堪らなかった。

「……心配なの……井伊月君」

「良くわかんないけど……何だか気分が悪いんだ」

ラウラを見つめていると、何故かとても悲しい気持ちになっていく。冷たい雨の様に自分に降り注ぎ、雪崩の如く自分を覆いつくそうとしてきたその悲しみは、果てしなく深い物でいて……苦しい物だと感じた。

右腕で胸を押さえた重吾は、無意識の内にエクストリームガンダムの待機状態であるアクセサリーに触れていた。
嫌な出来事が起きるようで不安になってきた重吾は、そわそわと辺りを見渡して何も無い事を確認する。
大丈夫だ。自分の周りに居るのは生徒達だけ、危険な物や害となる物だって存在しない筈。
そう言い聞かせた重吾は息を吐き、一夏達が戦うアリーナに視線を落とした。

ーーーしかし。

「………やばい…やばいやばいやばいッ!!」

生物の本能と言うべきか、危険な予兆を感覚で読み取った重吾は、鬼気迫った表情で席から立ち上がった。
頭の中ではアラームが鳴り響いている。このままラウラを放って置くと、きっと取り返しのつかない事になってしまう。

「更識さんッ! いつでも逃げられるように準備しててッ!!」

「……ま、待って……井伊月君……!」

簪の声に耳も貸さず飛び出した重吾は、生徒達で溢れ返る観覧席をくぐり抜けて疾走する。
頭の中ではまだアラームが鳴り続けているが、それは何かの間違いであって欲しい。そう願いながら重吾は全速力で駆けていった。

◇◇

一夏の雪片弐型とラウラのプラズマ手刀がぶつかり合い、刹那の閃光を生んで両者の顔を照らす。
何度も何度も視線を交差させ、殺気に似た感情を行き来させながら一夏とラウラは互いを喰らい合う。
そんな光景はまるで獣同士の闘い。何方が倒れるまで止まる事の無い死闘で、自らを勝者へと登らせる為の過程行動だった。

「小賢しいんだッ!! 勝てる訳が無いッ!!」

咆哮を上げたラウラは雪片弐型を切り上げる。しかし二対一の状況な為、一夏を助けようとするシャルロットの援護射撃が乱入してくるのは必然。
舌打ちを漏らして右から迫ってきた攻撃を避けたラウラは、背中のユニット部からワイヤー・ブレードを射出した。

「足掻けよラウラ。じゃねぇと割りに合わねぇッ!」

迫ってきたワイヤー・ブレードを避けた一夏は、自分を鬼の形相で睨むラウラに接近する。

「一夏、タイミングを合わせて。行くよーーー!」

手に持っていたアサルトライフルを捨てたシャルロットは、複数ある武器の一つであるミサイルランチャーを取り出すと、ラウラに狙いを定めて全弾射出した。

それを見た一夏はミサイルの群れに突撃し、自殺行動とも思える行為に走る。だが直撃すると思われたミサイルは依然変わりなく飛び続け、それどころか上手い具合に一夏と並走してラウラの方角を目指していた。
この行動は一夏とシャルロットがあらかじめ立てていた作戦で、シャルロットの計算し尽くされたミサイル軌道に一夏がタイミング良く飛び込む事により、同時多発攻撃を行うというものだった。

「貴様等は本当に……」

一夏とミサイルの雨。普通ならばあの量の攻撃は避ける筈なのだが、背を向けて避けるという行動に自分のプライドが許さなかったラウラは、あえて真正面から立ち向かっていく。
その行動が予想外だった一夏は、雪片弐型を振るう絶好のチャンスを逃してしまい、ミサイルを掻い潜って接近してきたラウラの肘打ちを顔面に喰らってしまった。

「信念だけは立派なのによ……なんでだッ!!」

失敗に終わった攻撃を悔やむこと無く次の行動に映った一夏は、激しく肩で息をして疲労の色を見せるラウラを据える。

一人でも決して引こうとはせずに牙を向き。その頑固とした覚悟を持って戦う姿は、一夏も考えさせられる部分があった。
しかし今目の前にいるのは敵に等しい存在。自分の大切な仲間達を傷つけた害を成す者なのだ。尊敬など……ましてや情なんて持ってはいけない。

「ラウラさん。貴方はどうしてそこまで……」

顔に悲しみに似た何かを浮かべたシャルロットは、手に持っていたミサイルランチャーを放り捨てて問いかける。

「私は……私は負けられないんだ……どうしても……なんとしても……どんな事があっても!! 負ける事は許され無いんだッ!!!!」

カッと目を見開いたラウラは、隠されていた左眼の眼帯を奪い取る。そしてゆっくりと左眼の瞼を開けると、そこには金襴と輝く黄金彩の瞳があり、一夏とシャルロットを不思議な程魅了した。

しかし直ぐに気を持ち直した一夏は、垂らしていた雪片弐型を構え、ラウラに接近しようとする。

「動かない!? いや、動けねぇッ!!」

だが固まった様に自分の身体は動かず、ブースターを最大で吹かせても微動だにしない。まるでコンクリートで全身塗りたくられて石像になってしまったようだ。

故障したのかと焦りの表情を浮かべる一夏は、何かを察知してラウラの顔を見る。
するとそこのは金の瞳を輝かせた"黒"が存在し、壊れた笑みを浮かべて自分を食い入る様に見つめていた。

「私は……私は負けられ……負け……ら…」

だんだんとラウラの言葉がノイズの走った様に聞き取れなくなっていく。それに恐怖心と疑念を感じた一夏とシャルロットは、壊れた笑みを絶やさないラウラの姿を見つめ、ゴクリと喉を鳴らした。

ーーー次の瞬間、時が止まった……。

ラウラの専用機であるシュヴァルツェア・レーゲンの装甲から泥の様な物質が溢れ出してきたのだ。
それは滴る水の様にラウラの身体を覆っていくと、まるで獲物を捕食する生き物の様に全身を飲み込み、グニャグニャと姿形を変えて盛り上がる。

「なん……だよ……あれッ!?」

「知らない……僕は見たこと無いよあんなIS……怖い……!」

盛り上がっていったその泥は、やがて泥人形と呼ぶに相応しい程に人の形を成した。そしてその姿はとても一夏の親しいもの、自分と共に生きてきた家族ーーー

「……千冬……姉……!?」

織斑 千冬……そして最強の剣である"雪片"をその手に握りしめていた。

ーーーバリィィンッ!!

その亀裂音が一夏の思考を繋ぎ止め、止まっていた時を再び刻ませる。一夏は視線をその音がした方角に向けると、左腕を骨折した筈の重吾が、エクストリームガンダムを身に纏っているのを確認出来た。

「俺が来たからには安心しろォ! 織斑ァ!!」

ブースターを吹かせて側によってきた重吾は、右腕の手で一夏の背中を強く叩く。
折れた腕は平気なのかという疑問で頭が一杯になっていた一夏は、声を荒げてその事を問いかけた。

「お前、腕は大丈夫なのかッ!?」

「いんや全然。全くもって折れてるぜ?」

「なにぃぃぃぃぃ!!!?」

ダランと下げた左腕を見せた重吾に絶叫した一夏は、本気で馬鹿なのではないかと疑ってしまう。
いや、きっと馬鹿だ。いくらなんでも骨が折れている状態でISを起動させるなど阿呆の極みに過ぎる。こればっかりは頭を抱えるしか無かった。

「あの〜。どちらさんなのかな?」

重吾の事を知らないシャルロットが、恐る恐るといった感じで話しかける。すると重吾はシャルロットの方を向くと、猛々しい声で自分の名前を言い放った。それに驚いてしまったシャルロットは思わず尻もちをついてしまい、手を貸した一夏に起き上がらせてもらう。

「井伊月 重吾君か……な、なんか凄く元気な人だね。アハハ……」

苦笑いを浮かべたシャルロットは、重吾のテンションに着いていけないのかげっそりと疲れ切っていた。

「まあそれよりよぉ……来るぜッ!!」

そう重吾が言った瞬間、ラウラを取り込んだ泥人形の持つ雪片が、空気を裂いて迫ってくる。
一夏とシャルロットは反射的にその場から飛び退いたが、重吾だけは一歩も動かない。それどころか右腕を掲げ、雪片から繰り出されるその圧倒的質量を片手で受け止めた。
しかしその際に凄まじい衝撃が重吾を襲う。雪片の衝撃が身体を伝って地面に行き、小規模な地割れを作って空気を振動させた。

「あいつ片手で……馬鹿野郎ッ!!」

白式のブースターを急速全開させた一夏は、片腕で泥人形の攻撃を耐え続ける重吾の元へ助けに向かう。
そして巨大な雪片の真下に到着すると、自分が出しうる限りの力を出し、雪片弐型を振り上げて重吾と共に泥人形の雪片を押し返した。

「お前なんで逃げないんだよ。この馬鹿ッ!!」

「馬鹿だとぉ? 虚先輩にも言われた事無いのにぃ!!」

「二人共!! 今はそんな言い合っている場合じゃ無いでしょッ!!」

そうシャルロットが言い放った事で、重吾と一夏は意識を戦闘に戻す。そうしてドス黒い泥人形を仰ぐと、それぞれの武器を構えて動きを取った。

一夏とシャルロットは互いに視線を交差させて移動すると、泥人形を間にして挟み込む。そして同時に突撃して泥人形に迫り、武器を構えて闘志を剥き出しにした。

「ラファール!! 行くよッ!!」

専用機である"ラファール・リヴァイブ・カスタムII"を躍らせたシャルロットは、アサルトライフルと接近ブレードを展開させる。
銃から弾を連続射出させ、それと同時に剣を振るって斬つけてみるが、これといったダメージは泥人形から見受けられ無い。

「でりゃぁぁぁッ!!!」

一方一夏も懸命に雪片弐型を振り回すが、やはりダメージはあまり与えられていなかった。
其れどころか白式のエネルギーがどんどんと消耗し始め、稼働可能時間の限界が見え出す。
舌打ちを漏らしてこの状況を確認した一夏は、一旦泥人形から離れて地面に着地し、深い息を吐いて悠然たる敵を睨んだ。

「面倒くせぇ相手だな……ラウラの奴も大層な事をするぜ全く」

ガンダムフェイスに覆われた顔で笑みを浮かべた重吾は、攻撃する意思を見せようとしない泥人形を据える。
何故こんな状態になってしまったのかは分からないが、どうにかしてラウラをあの泥から引きずり出さなければならない。それは当たり前の前提条件だ。

しかし問題はその方法で、解明出来なければ救い出す事は叶わない。
溜まっていった水を掻き出すようにすれば、やがてラウラを見つけられるかもしれないが……そんな事は出来る訳が無いのは承知だ。
出来るのならば最初から実行に移しているだろう。

「………………」

瞼を閉じた重吾は、エクストリームガンダムの能力である"情報取得"を発動させる。
何か少しでも分かればと発動させてみたが、泥人形から読み取れる物は何も無く、ただ混濁とした何かが見えるだけだ。
これ以上は不可能と判断した重吾は、苦虫を噛み潰したような表情をして情報取得を辞めようとする。

しかしその時ーーー誰かの"声"が頭に響いた。

何度も何度も頭に木霊し、助けをこう様な悲痛の叫びが反響する。
嫌だ、怖い、助けて……そんな感情を物語る様な声は、重吾の精神を驚異的に蝕んだ。

「う、あぁ……あぁあぁぁあ!!!!」

エクストリームガンダムを待機状態に戻した重吾は、その圧倒的感情の波に耐え切れず膝を着いて泣き喚いた。
様々な感情が襲い、涙が止まらない。怖いという恐怖心や、嫌だという拒否反応。そんな物が一斉に侵入してきた。

もがき苦しみ続けてずっと一人。助けて欲しくても誰も自分を見てくれない。
なんで……なんでだ。自分は此処に居るじゃないか。ちゃんと存在するじゃないか。目を逸らさないでくれ。一人にしないでくれ。でなければーーー

「壊れてしまう……こんな物をラウラさんは……君はこんなにも苦しんでいるのに……」

ゆらりと立ち上がり。ポツポツと言葉を漏らす。
そんな重吾を心配した一夏とシャルロットは、一旦泥人形への攻撃を中止し、顔を伏せて涙を流す重吾の元へ駆け寄った。

「重吾! おい重吾ッ!! どうしたんだよッ!?」

「左腕が痛いの? 無理しちゃ駄目だよ!」

「……大丈夫……大丈夫だよ二人共。心配してくれてありがとう」

顔を上げて重吾は笑顔を作るが涙は流したまま。明らかに何かがあったと察知した一夏とシャルロットは、重吾の目を見て問いかける。
しかし重吾はそれを拒否すると、おぼつかない足取りで泥人形の元に向かった。

「助けなきゃいけない。絶対に君を助ける。そんでもって友達になって、いっぱい遊んでやるッ!!」

濁っていた重吾の目が、言葉を紡ぐ度に活力を取り戻していく。意思の灯った瞳は心強く、そして頼れるもの。そんな目をしている重吾は堂々と胸を張り、流した涙を拭って笑顔を浮かべた。

「織斑君、ISの稼働時間はどう?」

「正直言ってやばいな……これじゃ零落白夜も使えねぇ……!」

「じゃあエネルギーを補給してきて。シャルロットさんも! 織斑君に着いてってあげて!」

「井伊月君はどうするのさ? まさか一人でなんて!」

そんなシャルロットの心配に、待っていましたと言わんばかりに口を吊り上げた重吾は、左腕でサムズアップを作って二人を見つめる。
一夏はその重吾の瞳にただならぬ覇気を感じ、息を呑んだ。そして無言で頷くと重吾に目配せし、白式を解いてアリーナの整備室へ向かう。
そんな一夏を見たシャルロットはかなり迷った後、「直ぐに戻って来るから!」と言葉を残して走り去って行った。

対に一人になった重吾は、こちらを見下ろす泥人形に向き直る。
首を数回ならしてエクストリームガンダムを再び纏うと、ブースターを吹かせて宙に浮かび上がり、泥人形の顔まで近づいた。

「ラウラさん……絶対救うから待っててくれ」

そう重吾が言い放った瞬間、エクストリームガンダムをエネルギーの渦が包み込む。
かつてのトーナメント戦の時の様にだんだんシルエットを変えていったエクストリームは、エネルギーの渦を撒き散らして暴風を起こした。
そしてそれがピタッと止むと、包み込んでいた渦が霧散していき、"進化"を果たしたエクストリームガンダムがその姿を現す。

「ーーー進化……これは、希望を繋ぐ」

それは二翼の輝く羽を持っていた。絶望を希望に変え、暗闇を照らし出す光を放っていた。
見る者を魅了して惹きつけ、まるで孔雀の求愛行動の様に酷く美しく、そして優雅さすら感じられ、神々しいとまで言えてしまう程の姿だった。

「アイオスフェースーーー!!」

瞬間、その輝かしい翼を広げ、アリーナを暖かい光で包み込む。
その優しい暖かみは本当に安心するもので、まるで母親に抱かれて眠ってしまう様なもの。不思議と安堵感をもたらし、絶望など一切感じさせない。

ーーーそうだ。

このアイオスが与えてくれる物。それはとても大切で、手に入れば誰もが笑い合えるものじゃないか。

「希望の力ーーー学ばせるッ!」

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TVアニメ IS<インフィニット・ストラトス> VOCAL COLLECTION ALBUM
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