小説『影は黄金の腹心で水銀の親友』
作者:BK201()

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第八話 仕込みとか分かりやすい伏線の話




教会を出ると既に朝方だった。こうして見ると街はごく普通で当たり前の早朝風景にしか感じられず、ついさっきまでの出来事が悪い夢のようにすら思える。
だが、それは甘い感傷で、今もアイツらがこの街に居るせいで危険な状態にあることは揺るがしようがない事実。今も歩いている人たちを見ると土下座したくなる気分だ。
けど、まあ、今はそれを気にしている場合じゃない。やるべきことは、最悪の結果を防ぐためにも労を惜しまず、時間を無駄にしないと言う事で。

「……よし」

司狼、そして本城……あいつらは黒円卓(れんちゅう)のことを俺より知っている風だった。無事かどうかは分からないがアイツのことだ。早々やられることは無いだろう。例のクラブにでも行けば再会できるかもしれない。
あいつらと合流して、お互いの情報を交換しつつ今後の作戦を立てねばならない。アルフレート(あいつ)の言葉通りなら今から戦いが始まってもおかしくない。とはいえ、夜に戦いを始めるつもりなのだろうが。

「ねえ、レン。あの人達は、レンとカスミの友達?」

「ん?」

マリィに言われて見てみると同じ月学の生徒が数人、制服姿で歩いていた。登校には早いが部活の朝練か何かだろうか?

「……ッてちょっと待て!?」

朝練?そもそも部活自体、例の首切り事件以来、禁止されていたはずだし、今日はまだ休日なはず(・・・・・・・・・・)……

「あ……」

自分の馬鹿さ加減に頭が痛くなる。一体何時まで俺は拘束されていたのか。気を失ってから目覚めるまで何時間かかったのか……俺はそれを一切確かめていなかった。
ポケットに手を突っ込みケータイを取り出そうと……

「……ない」

ケータイは紛失していた。当たり前と言えばその通りだ。あれだけ暴れまわって無茶苦茶やって、敵に拘束されて、そんなハードな展開をこなした直後に落し物が無いなんてありえない。よしんば有ったとしてもそれが壊れていない可能性はほとんど無いだろう。

「クソ……!」

近くのコンビニに駆け込み店員に日付を尋ねた。その結果―――

「月、曜日……?」

なんてこった!俺は丸一昼夜気絶して、その間に土日が明けたらしい。

「悪い。今すぐ家に帰る」

「どうして?」

「香純が学校行っちまう!」

こうしている間にも香純が学校に行ってしまう。俺はマリィの返事も待たずに駆け出していた。

「ちょっ―――レン、待って。待ってよ!」

袖をつかまれて仰け反りかかる。反射的に振り解いてしまいそうなところだったが、振り向いた俺に彼女は今にも泣き出しそうな表情で俺を見つめていた。

「一人で行かないで。置いて行っちゃ、いやだ」

だよな、こんなところに放って行くわけにはいかない。けど急がないことに変わりは無いので、

「一緒に走るぞ。きついかもしれないけど、ゆっくりしてられない」

「うん、大丈夫」

「行くぞ」

言ってマリィの手を掴んで俺は全力疾走を開始した。



******



結局、なんだかんだで香純の部屋まで行って居なかったが、本城(バカ二号)が拉致ってるみたいだから俺は例のクラブまで行き、本城が言うには司狼と香純は寝ているらしく、本城を通じて同盟を結び学校が危険だと聞いたので学校に行くことにした。途中香純の部屋に行ってマリィのために制服を拝借したのだが問題は無いだろう。

「ここが学校?なんだか静かね」

生徒も教師もいる。平常通りつつがなく機能している。なのに話し声一つ無く、廊下ですれ違った何人かの生徒も俺とマリィに何の注目もしていない。どいつも無言のままふらふらと、そこら中をはいかいするだけ。明らかにおかしかった。
結局、校内を歩き回って分かったのは生徒も教師もふらふらとゾンビのように歩くだけ。授業すらしていなかった。中庭でマリィと一緒に座って話していた。
そんな所だっただからだろうか。気がつくと俺は学校での日常を思い出していた。あれから皆、変わってしまって一番俺が違う存在になったのに。そんな風に呟くと、

「じゃあレン、わたしが五人目になってもいい?」

マリィはこの異常化した現実ゆえに出逢えた相手だという事実。それは、俺が日常を取り戻せば、彼女は消えてしまうのではないかと言う予感。

『本当に人じゃない存在もこの世にいるのだから』

ふとその言葉を思い出す。そんなはずは無い。ラインハルトが人ならマリィだって絶対人だ。

「ねえ、駄目かな?」

「いいよ」

死人みたいな生徒たちに満ちたこの学校で、ただ二人だけで生きている俺とマリィ。夢みたいな生活である種時間が止まった世界に取り残されているかのようだった。



******



―――学校・屋上―――

「まあ、何つーか、耳痛いねえ」

中庭での蓮とマリィのやり取りを見下ろしながら、自嘲気味に司狼は零した。盗み聞きするつもりはなかったが、周りが静か過ぎるので仕方が無い。と言った風だった。
それはともかくとして、司狼の読みどおり、学校は黒円卓の連中の誰かが唾をつけている。あからさまに異常空間を演出することで仲間に横取りするなと言っっているのだ。

「だからさぁ、学校(ここ)は現状キープって事でいいんだよな?」

「そうだね、スワスチカを開く選択として終盤に残るのは元々人がいない立地か、どうあっても人がいる位置だ。その点ではここは後者だね」

「となると、次に連中が好んで来そうなのは…」

「想像通りだろうね。君はヴィルヘルムに気に入られてるから」

司狼とアルフレートが互いに目線を合わせることも無く話し合う。お互いに戦う気は無い。司狼では現状歯が立たないことを理解しているし、アルフレートも蓮が気がついてしまうことを避けたがっている。

「で、生き延びたんだから何かくれるんだろ。如何なんだ?」

「そうしたいのは山々なんだけどね〜」

バツが悪そうに頭を掻きながらヘラヘラと笑う。

「あげれそうなものが今無いんだよ。僕は力は現状スワスチカの数で制御されてる。だから二つしか開いていない今じゃまともな能力なんて持ちえてないからね」

造り直した666の獣もライニに殺されちゃったしね〜、と呟きながらアルフレートは屋上から離れようと柵をとびこえる。

「と言うわけだし今回は渡せないから次にあったときにしよう。ついでに利子代わりに変わりに情報を一つ、彼は闇の賜物、それだけで納得できるだろ」

「なるほどな、なかなか分かりやすいヒントくれるじゃねえか。でも良いのか?アイツブッ斃したら次はアンタかも知れねえぜ」

「面白いこと言うね、良いよ。殺せるなら殺して。それも君が与える僕の結末だ」

そう言って屋上からそのまま中庭とは逆の方に飛び降りていく。

「は、ワケわかんねえな、アイツだけは」

そう呟いて、司狼も踵を返し学校から出て行った。



******



―――夜・ボトムレスピット―――

「これは一足遅かったかな?」

「何しに来たの、ナウヨックス」

ダンスホールにまで来たアルフレートは歌っていた少女を眺めながら血塗られたダンスホールを歩く。そこに生者は彼女と彼を除き一人として亡く。そして二人は互いに向き合いながら話し出す。彼女の僕(しもべ)たる足元にいた無数の影も、彼の傍で鏤(ちりば)めいていた粒子もお互いの主人に付き従う。

「君に用があった訳じゃないんだ、ルサルカ」

「ヘェー、じゃあこの場所に用があったの?」

アルフレートはすぐにルサルカが聞いてきたことがスワスチカを開くことだと理解し否定する。

「いや、スワスチカを開くのは僕の役目ではないからね。用があったのはここにいるらしかった司狼君の連れだよ」

「あら、美人の前で他の女、それも他の男の唾が吐いてる女の話をするだなんて傷ついちゃうわね」

「ごめんね、何なら今度ホテルの最上階のバーで夜景をバックに楽しむとしよう。ついでにスイートルームのキーもつけるけど?」

冗談めかしながらそう言うアルフレートに呆れながらルサルカは答える。

「悪いけど、そういうのは好みじゃないわね。もっとこう、そっけなく、でもやさしさを感じさせるような若さを感じさせるようなのが私の好みなの」

そう残念、と全く残念がっていない様子を見せながらアルフレートはルサルカとの間合いを計る。
現状、彼の立ち位置は不安定だ。都合により全力を出せず、ラインハルトの腹心と言う黒円卓からすれば嫉妬の対象になりかねない地位、スワスチカの数を合わなくさせた張本人であり、さらにはメルクリウスの親友。これだけの条件が揃えば大概、狙われる対象になりえるだろう。

「それじゃあ、仕方ないし君でも良いか」

「何がよ?」

突然そう呟いたアルフレートに疑問を投げかけるルサルカ。ある意味同じ魔術に通じる身であるが故に何かしようとしていることを直感的に理解する。

「いやなに、ちょっとした仕掛けをしようと思ってね。お客さんが来る前に終わらさないとね」

そう言ってアルフレートは少々嫌そうにしながらも詠唱(栄唱)を紡ぎだす。

「栄光は父と子と聖霊に。(Ehre sei dem Vater, Sohn und Heiliger Geist.)
初めのように今もいつも世々に。(Selbst jetzt, wie immer und ewig in der ersten)
アーメン。(Amen)
形成(Yetzirah)―――
栄唱は十字架の印(Doxology ist ein Zeichen des Kreuzes)」

瞬間、闇がホールを覆い尽くさんとばかりに迫り来る。

「ッ!?」

ルサルカは自身の影を使いすぐさま周りを守るように展開する。

「如何いうつもりなのかしら……」

「さて問題です。僕の魂の総量はシュピーネに劣っていたはずなのに形成の詠唱を歌えた。これは一体如何いう事を表すでしょうか?」

「……スワスチカ……」

表情に苦いものを見せながらルサルカは答える。

「正解、君が三個目を開いた時点で僕は形成を使える状態となっていた。つまり、今の僕は君たちの形成と同レベルまで引き上がってるという事」

「そう、なら残念ね。あいにく今の私は創造使ってるわよ」

詠唱を唱えていない不完全な創造ではあるが、ルサルカは既に創造を行っており、アルフレートは既に影を踏んでいた(・・・・・・)。それはつまり、アルフレートは動けなくなることを意味する。

「参ったね〜、全然動けないや」

しかし、アルフレートに焦りは無く、それどころか棒読みにそう言っただけであった。

「貴方、今の状況分かってるの?」

「ククク、ああ分かってる。で、それがどうした?」

口調が変わり、ホールを覆っていた闇が蠢き出す。それはまるで意思を持ち完全に独立した個体のように。それが迫りルサルカを刺し殺さんとばかりに鋭く攻め入るが、ルサルカは自身の影と魔術を使い防ぎきる。

「どうして!?」

驚きと怒り。それがルサルカの今の感情を示すものだった。動きを止めている以上、彼の影もまた同じ様に動けなくなるはず。昔、第二次大戦時にそれは確かめたことだったはずだ。

「いやどうしてなかなか分かりやすい。優先順位さ。君の影の理と僕の闇の理。影と闇では闇が上位に立つ。ある意味当然の出来事さ」

口調こそ戻ったものの、もはや彼の目はルサルカを見ていない。取るに足らないものを蔑むような、まるで見下すような目線となる。実際には彼はルサルカに関心が無い。結果に予測がついた(・・・・・・・・・)からだ。彼の予測が外れたことは水銀とライニのことを除いてない。或いはあの人形も、と思案するがこの場では関係ないので割愛する。

「仕込みも済んだ。後は帰るだけだけど、影を外すなら痛い目みずに済むけど如何する?」

ルサルカは従わざる得なかった。異質の恐怖に囚われ、抵抗する気も失っていた。それでも、と彼女の一流の魔女としてのプライドが彼をそのまま帰すことだけを良しとしなかった。
影が一斉に迫る。それだけでなく鎖が、針が、鋼鉄の処女(アイアン・メイデン)が、車輪が迫る。しかし、

「単純、単調、短絡的。元に戻る程度に分裂すれば当たりもしないね」

自身の身を粒子にし、一つも当たることなく回避したアルフレート。それどころか、

「あ、がぁぁぁ、痛い、痛い痛い痛いッ!」

「おいたした悪い子にはそれなりの罰が必要だよね」

闇と表現した粒子が雨のように弾丸となりルサルカの身体を貫き、切り裂き、打ち抜いた。全身に傷を負い、血が流れだしたルサルカは余りの激痛に叫ぶ。
痛みを重視した傷、血塗られた痛み(ブラッティ・ペイン)と彼がつけた戦法。英語読みだが彼にとっては気にする程度のことではないと判断した。何故ならその技は彼がイギリスにいたときにつけた名だから。ジャック・ザ・リッパー、彼ら彼女らに教えた殺し方。苦痛が伴う傷こそが流血における意味だとそこのスラムにいた少年少女に教えた技。生きていけたのは何人だったか。そう思いだしながら、ルサルカを見る。そして思った。

(この醜悪な屍のなりそこないより、あの子達のほうが結末は美しかったな)

そんなことを考えながら彼は回復に専念しているルサルカをよそにボトムレスピットから出て行くのだった。

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