小説『影は黄金の腹心で水銀の親友』
作者:BK201()

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第九話 魂の総量は未だにシュピーネ並みなんです





―――夜・諏訪原大橋―――

夜の闇の中、ヴィルヘルム・エーレンブルグはスワスチカが開いた方向を見ていた。彼が今、何を思っているのかは分からない。なぜならこの現実が奇妙だからだ。
血気盛んなカズィクル・ベイ。血と暴虐の信奉者。そんな彼が本来進んで一番槍に名乗り出たはずである。だと言うのに行動を起こさず、その役を奪われた。奇妙としか言いようが無いだろう。

「ふん……」

加えて言えば、そうなったにも関わらず怒りの色が見えないこともまたおかしい。穏やかと言うわけではないが別段憤っているようでもなかった。故に何を考えているのか分からない。

「よぉ、てめえ何のつもりだよ。正直俺はクリストフの野郎が来ると思ってたんだが?」

「さあ?大方、僕に気付いたから避けたんじゃない?ヴァレリアは僕のことを警戒してるから。君も警戒してるのかい?」

「ハッ、そんなワケねえだろ。気にいらねぇがテメエが俺の埒外にいる事位は分かってるつもりだ。他の連中がどうかは知らねぇがよ。
そんなお前が態々俺らに分かるように面倒ごとを持ってくるかぁ、アホらしい」

ぶつくさと吐き捨てるようにヴィルヘルムは目の前に現れたアルフレートに対して言う。やれやれと肩をすくめながらアルフレートはそれに答える。

「君からの僕の評価はそんな風だったんだね。それじゃあ分かってると思うけど君が目をつけてた場所のスワスチカが開いたよ。大体予想は付くだろうけど君の気になってた彼も巻き込まれたんじゃないかな?」

「で、だから如何した?テメエが殺ったわけでもないだろ」

少しずつ苛立ちを見せるヴィルヘルムだが別段と気にした素振りは見受けられない。寧ろ少しだけ期待するように顔を歪ませていた。

「ふ〜ん、意外と気にしてないんだね。良かったら理由を教えてくれない?」

「あの野郎、曲がりなりにも俺と殺りあった。マレウスやあの小娘ども程度に黙って殺られるタマじゃねえだろ。これは俺の予想だが二割いや三割ぐらいで逆に喰らうんじゃねえか」

なるほど、とアルフレートは呟き独白する。これは選択肢間違えたかな、と。

「でだ、テメエは何の用で俺の前まで来たんだ?わざわざ血の臭いまで嗅がせて俺と今から殺りあいたいとでも言うきかぁ?」

「まさか、君は理解してるだろう。僕がスワスチカに興味が無いことも君と戦う気が無いことも」

「分かっちゃいるがだから如何した。それだけで信用するほど俺はお前の事を信用しちゃいねえぞ」

ギチリ、と音をならし臨戦態勢に入るヴィルヘルム。アルフレートも顕現させたばかりの自身の形成を行い対応できるようにする。



「取りあえず、喰らっとけッーー!!」

先に動いたのはヴィルヘルムだった。右手を構え無造作に放たれる大振りの一撃。

「チィッ!!」

アルフレートは自身の粒子を圧縮させてぶつける。

「オラオラ如何したぁーーー!!」

「ッ痛〜〜〜!?」

アルフレートは連続で放たれる槍と腕を防ぎ続けるも相殺しきれず少しずつダメージが蓄積していく。

はっきり言ってアルフレートの現状でのヴィルヘルムに対する相性は決して良いとは言えない。何故ならアルフレートは自らを闇という粒子に変質させることでダメージを最小限に留める。しかしヴィルヘルムの攻撃は最小単位であろうと一定の量が吸われていく為くらうべきではない。故にアルフレートは防御に回らざるをえなかった。

「いい加減に!!」

ヴィルヘルムの攻撃を受け続ける状況となり吹き飛ばされ遂に橋から吹き飛ばされ水面に落ちそうになる。
しかし、その一瞬の状況で足元の影を動かして反撃する。その影の数は十を軽く超えた。斬戟が斬突が打突が弾丸がと様々な攻撃で攻めてくる。螢ならば受けきれず吹き飛ばされただろう。ルサルカなら斬戟を回避しきれずにいただろう。しかし、

「なあ、遊びのつもりか。俺にそんな攻撃が通用するはずねえだろ」

斬戟は全て逸らされ、斬突は弾かれ、打突は当たらず回避され、弾丸はそもそも意味を為さなかった。ヴィルヘルムは自由落下をしているアルフレートを追撃するために自ら橋を飛び降り攻撃を仕掛ける。それを予想していたアルフレートはその間に闇を圧縮させて剣と成し剣戟を走らせる。

「これでッ!!」

「一々小手先に頼ってんじゃねえ―――!!」

剣を一撃で砕ききり、そのまま右腕でアルフレートを貫かんとする。その一撃を受けてたまるかとばかりに空中でありながら身を反らし、魔術で落下を加速させる。さらに気休め程度だが自身の密度を高め空気抵抗を小さくした。そして急加速したまま水中に突撃する。言っておくが今は十二月中旬の冬真っ盛りだ。

「寒っむ!?いや!寧ろ痛い!?」

そう愚痴りながらも距離を取りつつ武器(水)を構える。彼にとって水辺は戦場として向いている。自身の周囲を喰らい武器にする彼に取ってここは軽い(或いは薄い)空気よりも効果を発揮する。理想を言えば炎の中や死者の魂の彷徨う墓場などの方が効率的であるし効果的なのだがそこまで贅沢は言えないだろう。

「今のテメエの実力はさっきので把握できたんだが、それで如何にか出来ると思ってんのか?」

「いや全然、むしろ良く耐えたと思う」

そう言い合いながらも互いに剣戟を止める事は無く、圧縮し更に密度を高めた闇(水)や影(氷)で迎撃する。そんな中、現状の魂の総量で劣る上に創造すら使えないアルフレートが限界を迎えるのは当然の帰結だった。右手に構えていた薄氷の槍を叩き潰され、それと同時にヴィルヘルムの右腕がアルフレートを貫く。

「ガハッ…、相変わらず、速い、ね…」

「テメエが遅いだけだ。大体そりゃあれか?俺に対するアイツ(シュライバー)への当て付けか何かかぁ、オイ」

苛立ちを込めながらヴィルヘルムは貫いてた腕を引き抜く。アルフレートは自分の体を支えきれず膝立ちに倒れてしまう。

「良いんだよ、目的は、十分、果たせた…」

そう言った瞬間ヴィルヘルムに顎を蹴られる。逆らわずに吹き飛ばされるアルフレート。現状の魂の総量、相性、聖遺物のランク全てが不利なアルフレートに抵抗することは出来ずただ嬲り殺しにされるしかなかった。



******



―――同時刻・ボトムレスピット―――

「おいおい、こりゃ滑稽だな。如何したんだよ、お前?」

司狼は愉快に顔をにやけさせながら苦痛に顔を歪ませ血に濡れていたていたルサルカを見てそういった。

「うるさい…貴方、状況理解して言ってるの…」

「全然」

あっけらかんと寧ろ、だから何、といった表情で堂々と言い切った。

「だがまあ、予想はつくぜ。大方此処にいたのはスワスチカとやらを開くためだろ。それで此処にお前さん以外いないのは贄にでもなったってところか?」

「…………」

ルサルカは痛みの所為で苛立ちを隠せずにいたが、沈黙を肯定と受け取った司狼は言葉を続ける。

「でだ、疑問なのはお前さんが怪我をしてるってことだが聖遺物ってやつじゃ無けりゃ傷なんて負わせらるワケないんだろ。だけどお前等の敵である蓮の奴は今も学校に居るはずだ。となると仲間割れか?」

歪んでいた顔をさらに顰めさせルサルカはより不機嫌そうに答える。

「だったら如何だって言うのよ。どっちにしろ貴方にもう選択肢なんてないのよ。貴方は私に食べられる、それだけよ」

ルサルカがそう言った直後、影が蠢きだし司狼を喰らい尽くさんとばかりに襲い掛かる。その瞬間、

「ま〜た、既知感(デジャブ)ってやがるぜ」

そう呟いて司狼は食われた。



******



「なあ、今の気分はどうなんだよ?いい加減白けて来たんだが」

今だ大橋の上で戦闘を…いや一方的な虐待を繰り返していたヴィルヘルムがそう言う。彼は今アルフレートを殺す気はなかったが生かす気も別段なかった。ようは死んだら死んだでそれまでということだ。

「……………」

「もう死んじまったかぁ?オイオイ何か反応しろよ。俺が寂しいだろ」

そう言ってヴィルヘルムが無造作にアルフレートの髪を掴み持ち上げる。すると彼は突然口元をニヤリと歪ませた。そして、

「――――――――」

何か小さく言葉を呟く。

「あ?そいつぁ如何いうことだ?」

ヴィルヘルムは聞き取れたが、その内容を確認しようともう一度聞こうとした瞬間、アルフレートの体が霧散し始める。闇霧となり溶け込んでいくかのようにその場から消え去った。
ヴィルヘルムからしたら馬鹿にされたも同然だろう。しかし、ヴィルヘルムは特に怒りを見せるでもなく、寧ろ嗤っていた。

「ハッハハ、オイオイそいつは俺好みな事だな。だったら楽しみに待つことにしようじゃねえか」

上機嫌になったヴィルヘルムは嗤いながら次の戦局に至るまでに自分に出来ることを果たすことにしようと思い始めた。

「ずいぶん愉快なことじゃねえか。そう思うだろクリストフ」

手始めに聖餐杯の話を聞こうじゃないか。そう思いながら吸血鬼の一夜は明ける。



******



―――海浜公園―――

「ガハッ、ゴホッ!……あ〜死ぬかと思った。逃げてたら沖の方まで流されてたとかマジ冗談じゃ無いでしょ」

アルフレートは濡れ鼠となった状態で海からあがる。元々髪の色が灰色のような色なので似合っていると言えば似合っていた。本人にとっては…と言うか誰であろうとも不名誉なことだろうが。

「それにしても危なかった。粒子の状態じゃなかったら絶対死んでた。ヤバイヤバイ」

アルフレートは自身の粒子を利用して、あの戦闘、いや虐待から逃れていた。その方法自体は単純で、密度を変えて抜け殻や風船のように外側だけ残して逃げたのだ。

「せめて創造出来るようになってから会うべきだったかな。いやでもそれだと五つ目だから間に合わないか」

ともかく服だ服。そう言ってアルフレートはずぶ濡れな上に傷だらけ血まみれの自分の服を替えようと歩き出す。
考えれば分かることだが、当然彼らの拠点である教会には行けない。そうなれば別の場所に行くしかないのだが、

「あ〜金、持ってきてないや……」

夜に戦う可能性を考慮して持ってこなかったがそれが裏目に出てしまっていた。
仕方なしにと彼は闇夜に紛れ一夜を明かす。その代償に夜に遊び呆けていた人間が犠牲になることになろうと誰も気にはしないだろう。

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