小説『影は黄金の腹心で水銀の親友』
作者:BK201()

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第一話 黒円卓の望みは知ってますが、何か?



―――諏訪原市海浜公園―――

「クソッ、クソッ、あの糞餓鬼ガァ……」

そこには今にも死んでしまいそうな程の重症を負っていた男がいた。彼の名はロート・シュピーネ。黒円卓第十位にして表の世界に最も通じていた諜報を中心に活動していた人物だった。

「だがこの傷もバビロンならまだ治せるはずだ。ククク、いけませんねぇ、油断しては。きちんと最後まで止めを刺したか確認すべきだったのですよ」

致命傷にも思える傷を負いながらも彼は生きてはいた。彼の傷は先ほど彼が公園に携帯電話を使い呼び出した藤井蓮によって負わされたものだった。圧倒的に優位だった筈の彼は手を組まないかと誘いかけたのだが三下呼ばわりされ、いきなり強くなったかと思えば、形成を行い彼自身の聖遺物である糸を斬られたのであった。

(おまけに私が負けた理由が顔の差だと!ふざけるのも大概にしろ!)

聖遺物は破壊されればそれを持っていた者は死ぬ(それが基本であるがゆえに聖遺物は強力でもあるのだが)。しかし彼はぎりぎりの所で聖遺物の破壊を免れていた。これに関しては経験の差ともいえるであろう。

「ヒヒヒ、次に会うときが楽しみですよ。次はこうは行きいませんよ。散々ばらしていたぶりつくして上げますからね」

そうしてあれこれと殺す方法を考えていると目の前に金髪に眼鏡を掛けた長身の神父が現れた。

「これはこれは手ひどくやられましたね、シュピーネ?」

「クリストフですか。いったい何のようです?私はここまでの傷を負ったのだ。早くバビロンの所に行かねば・・・」

クリストフと呼ばれた長身の神父はその言葉に対して答える。

「その必要はありませんよ。何故なら貴方はここで贄となってもらうのですから」

ズドン!とそうクリストフが言った瞬間シュピーネの腹がクリストフの腕によって貫かれる。

「が、あ…な、にを…?」

疑問を投げかけるシュピーネに対してクリストフは答えない。いや既に答えている。贄になって貰うと。そうしてシュピーネは死に、第二のスワスチカが開いた。そしてそれと同時に影が揺らめく。

「久しぶりだね。ヴァレリア?」

「二つ開いた時点で貴方が現れるとは…意外ですね、ナウヨックスさん」

クリストフのすぐ側に居たのはアルフレート・ナウヨックスだった。彼は久しぶりの世界に慣れる為に体を伸ばす。

「まあ、全然力はないけどね、活動しかできないし。それにしても相変わらずだね、ヴァレリアは。アルフと気軽に呼んでくれても良いのに」

「いえいえ、貴方と私はそのような間柄でもないでしょう?」

「そりゃそうか。じゃあ今度、教会でミサと市をしよう。そうすれば意外と人が集まってスワスチカが開けるかも知れないし。ああ、いや無理か。そんな急には出来ないだろうし」

彼から提案してきたことなのに寧ろ呆気らかんと彼はそう言う。クリストフはいつものことだと思い少しばかりため息を吐く。

「まあ、これから先会うとも限らないし一つだけ忠告してあげるよ」

突然話題が変わりクリストフは訝しげに思うが、六十年前もそんなことが多々あったと思い彼の忠告とやらを聞くことにする。

「忠告ですか?それはそれは、ありがたいことです。それでどのような内容で?」

「テレジアちゃんを助けたいならメッキに喰われて自分を失うなよ。聖餐杯?」

それを聞いた瞬間、言葉を失う。こいつは何故知っているのだ、と。

「ああ、警戒しなくていいよ。僕は知っていた、それだけさ。他意はないよ」

それを聞いてもなおクリストフは警戒を解くことはしない。当たり前だ。いくら弱体化しているとは言え彼はラインハルトの影であり下手をすれば大隊長すら歯牙に掛けないのだから。

「何故、貴方が知っているのですかね?誰にも話したことは無い筈なんですが?」

「どうでもいい事だ。このことはラインハルト殿も知らんだろうし、気にすることは無い。大体、僕は君とは比較的相性が悪いから今の僕じゃ絶対勝てないよ」

クリストフ自身は信じられないが彼は嘘を付いていないと理解する。記憶でも彼の精神や心でもなく、彼の身体がそう告げている。

「取り敢えず信じましょう。貴方の忠告は外れたこともありませんし。それでこれから何どうするのですか?」

最低限の警戒は解かないが先程よりも割と気楽に話しかける。アルフレートはどうしようかと悩み答える。

「取り敢えず、観光でもしましょうか」

少々肩透かしをくらうクリストフであった。



******




―――翌日・昼・諏訪原タワー―――

アルフレートは一人の女性を隣に付き従ってこの町を観光していた。隣に居る女性はクリストフに何か言われたのか、若干、警戒しながらも彼の要望に答えながら付き従う。

「それで、ご満足いただけましたか、少佐殿?」

「堅いね〜螢ちゃんは。もうちょっと気楽にしてくれないかな?アルフとでも呼んでよ」

「いえ、お気になさらず、少佐殿。それが嫌と言うのならナウヨックス殿とお呼びいたしますが?」

隣に居るのは櫻井螢(さくらい けい)、一族が関係者であり十一年前に死んだ団員の穴埋めの為に入った人物である。その為、幹部面々やアルフレートとの面識は無かった。その故かかなり警戒しているようにも見える。

(これはヴァレリアに何か言われたかな?兄の為とはいえ健気な事で・・・)

警戒され続ける様子にアルフレートは若干憐れみの目線を向けながら彼は観光を続けることにする。彼の目的はそもそも地理の把握であり、あくまでも観光と言うのは口実でしかない。それでも美人と言える女性と一緒に観光できるのだから言ってみるものである、と思っていたが。

「でもまあそれなりに満足かな、うん。美人さんとも一緒に歩けた事だし。ああ、あそこに店があるね、一緒に行かない?奢るからさ」

なんと言うかそこらに居そうなナンパ並のノリだが実際に笑顔を浮かべながら尋ねる彼はそれなりに様になっていた。要するに雰囲気が違う。
本人は隠していないからなのだろうが空恐ろしい程の存在感、だが畏怖する類ではなく怖い者見たさに近づきたくなるような感覚。それに戦々恐々としながらも出来る限り警戒を解かずに螢は受け答えする。クリストフに言われた通り、対応さえ間違えなければ何もしない人物なのだろうから。

「奢って頂けるというなら私に拒否する権利はありません。どうぞお構いなく」

「だから堅いって。もうちょっと楽にしてよ。折角の美人が台無しだよ」

そんな褒め言葉を言われなれてないのか若干頬を赤く染める螢を見ながら笑みを浮かべる彼には邪気というものは無かった。



******



(何でこんなことになってんだよ!)

現在、俺こと藤井蓮(ふじい れん)は現状に苦しまざるを得なかった。
事の顛末にいたるまで遡ると昨夜、香純の無事を知って疲れが出てきて気を失ったら、起きたときに何故かマリィが実体化して香純に問い詰められ、マリィにこの町を案内することになって展望タワーまで来て見れば櫻井が誰かを連れてタワーまで来ていた。
ここで何かするつもりなのかと思い、すぐさま俺は構えたのだが、

「今は如何こうする気もないわよ。藤井君」

やや疲れ気味の櫻井はそんな事を呟きながら溜息をついていた。疲れてるのだろうか。そんな感じで近くの飲食店まで行き香純が勝手に話を進めていると、

「始めまして、螢ちゃんの親戚のアルフレートと言います。以後、お見知りおきを」

隣に居た男性がそうやって話しかけてくる。何かをするつもりはなさそうだが油断するわけにもいかないので曖昧に返すと、

「いや〜螢ちゃんにこんな両手に花な彼氏が出来るとはね、これは苦労しそうだよね、螢ちゃん?」

俺と櫻井は同時に飲んでいた飲み物を盛大に吹いた。
いきなり爆弾投下してきやがった。と言うか櫻井ですら知らない事実を何で知ってるんだ!こいつは!?櫻井が何のことだと睨んでくるがそんなの俺のほうが知りたい!!

「何であんたが知ってるんだ!?」

とりあえず話を進めねばと思い話しかけると、

「その前にどういう事かしら?藤井君?」

後ろに灼熱地獄が見え今答えを間違えれば確実に色々とやばい事になるとわかってしまう。

「螢ちゃん、向こうでちょっと話してきなよ。恋人同士だけで色々と話したいこともあるだろうしさ」

「ええ、すいませんが少し席を外します。いきましょう藤井君」

付いていかなければ殺されそうな雰囲気に耐えれずとりあえず付いて行くことにする。

「あ、ちょっと!」

「恋人同士の話なんですから少しぐらい待ってあげましょう。それが男性から見たいい女の条件ですよ」

香純が喚き立てようとするがアルフレートと名乗った男が止める。それにしぶしぶと腰を下ろす香純。助かったと言うべきか。

「ええそれじゃあ、どう言う事かじっくりと聞かせてもらおうじゃない?」

どうやら大変なのはここからのようだ。



******



「それじゃあ、ここはお兄さんが奢ってあげるよ。何がいい?」

螢が蓮を連れて行き残った二人に尋ねるアルフレート。

「え、いやいいですよ。そんなの奢らせるなんて悪いですし」

「いやいや、ここは年長者の僕に奢らせて。その代わりと言っては何ですが、この町についてや螢ちゃんの学校の様子とか知りたいし」

そう言う事ならと言い、香純はオレンジジュースとチョコパフェをマリィはフルーツパフェの特盛りを注文した。
しばらくしてパフェが届き三人で話す。

「そういえば櫻井さんとは親戚だと言ってましたけど、どう言った関係で?」

「彼女の家は戦時中にドイツに居ましてね、その際に彼女の親類がそこで結婚しましてその結婚相手が僕の親戚だったらしいです。もっともそこまでいったら親戚と言えるかは怪しいですが(もちろん嘘だけど)」

「へえ〜、じゃあじゃあ櫻井さんってハーフなんですか?」

詰め寄るように聞く香純に対してアルフレートはまあ、そんなところですね。と曖昧に答える。そして、ふとアルフレートが目をマリィに向けるとマリィも気付き話しかける。

「思い出した。カリオストロのそばに居た人だ」

「ええ!!マリィちゃんこの人と知り合いなの!?」

驚くように声を上げる香純。それに対して苦笑しながらアルフレートは答える。

「ああ、思い出てくれましたか?だいぶ昔のことなので忘れてるとばかり思ってたんですがね?」

笑顔で彼はそう言いながら、会った時の事を思い出していた。



******



水銀が一人の女性に恋をしたと話してからしばらくたった時、彼は僕を恋した女性に会わすと言った。正直に言えば興味はあるがめんどくさいと言うのが本音だ。確かに水銀の恋は応援しているがあくまでその程度だ。水銀を手伝うことはしても直接会うことに必要性を感じない。そう伝えると水銀は興味深げに嗤う。イラッときたぞ、その笑い方。

「君は他者との関わりをあまり望まない上に最低限のことしかしようとしないね。それは良くない事だよ。だから私はその切欠を作ってあげてるのだよ」

うるさいなー。どうせ片思いの相手見せて自慢したいだけだろお前は。そんなんだから嫌われるんだよ。

「否定はせんが流石にそれは酷すぎではないかね?」

お前に温情の余地など無いわ!大体僕は影なんだから一々移動するのも一苦労なんだぞ。

「そんな苦労、私の知ったことではない。マルグリットに会わすのだから何の問題も無いはずだ」

い、言い切りやがった、コイツ。こら!影ごと引っ張るな!?分かった、分かったから行きゃいいんだろ!行きゃあ!


女神と出会った。取り合えずそうとしか表現できない。水銀が恋をするのも納得だ。黄昏の浜辺に揺らめく金髪。座っているのは処刑に使うギロチン。首筋に痕が有るが、それがまた惹かれる要素となっている。唯、少しだけ寂しそうにしているのは気のせいじゃないだろう。

「マルグリット、今日は私の友を連れてきたよ」

「?」

言葉が通じないのか?いやそれは無い。何故なら、水銀が知らない言葉などこの世界・・・・には無い筈だろうから。なら彼女が言葉の意味を知らないのか。だけど、彼女は水銀が来たことが嬉しいのか微笑む。
納得した。こんなにも美しいのは穢されてないからなんだ。それがまた水銀には愛おしく思えるのだろう。水銀が恋をしてなければ僕が欲しいと思ったかもしれない。まあそれはおいといて。

『始めまして、お嬢さん。お名前は?』

全てはここから始まったのだろう。その後、彼女と水銀と共に過ごし、だからこそ思った。彼の恋を成就させてやりたいと。
それを切欠に世界に干渉し始めた。数多くの存在と出会い、何度も見る望まない結末を回避するために別の道を探し、ラインハルトと言う手段がもう一つの目的となったのは何時だったか。記憶が喰われ続けてもあの黄昏と水銀との日々だけは忘れることは無い。だからこそ……僕は……

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