小説『影は黄金の腹心で水銀の親友』
作者:BK201()

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第二十五話 喜悲劇への前座




―――グラズヘイム城内―――

城内で玉座に座っていたのは当然、城の主であるラインハルトただ一人。そして、その人物の目の前まで連れて来られ立っているのはゾーネンキント、すなわち氷室玲愛だった。先ほどまで自らの部下達に勝利とは何かと問うていたなかで氷室玲愛はナウヨックスに連れてこられ彼の目の前に立たされた。

「ナウヨックス」

ただ一言、ラインハルトはその一言で理解しているだろうと言わんばかりに声を掛ける。
次の瞬間、少女の傍にいたアルフレートはテーブルと椅子、テーブルの上には当然とばかりに茶菓子と紅茶をそれら全てが彼女の目の前に違和感なく一瞬で用意された。瞬きの間に起きた出来事。もしも今というタイミングでこの光景を見たのならば始めからこの場がこうであったかのように錯覚されるだろう。

「では、ラインハルト殿、テレジア嬢、僅かながらの時間ですが御寛ぎ下さい」

そう言ってナウヨックスは何事も無かったかのようにその城から退室していく。元よりアルフレートが城の内部に居ること自体余りない。何故なら彼は未だにその魂をヴァルハラへと謙譲していないからだ。故に彼が死して正式にその亡者の列に並び立つことで初めて彼はその城の住人として認められることになる。であれば如何に彼がラインハルトの側仕えであろうともその場にいることを快く思わぬものは多くいるだろう。
だからこそ彼は城を行き来する権限をハイドリヒ卿に与えられていながらも城に入ることを好まない。それ以前に行き来すること自体、今だからこそ出来ることであり普段から出来ることではないが。

「好きに座りたまえ。話したいことがあるのだろう。余り時間はないが―――なに、卿と話す時間位ならば取れる」

ラインハルトはそう促す。氷室玲愛は意を決したように彼に話し始めた。

「私の……いえ、祖父(イザーク)の父はあなたですか、ハイドリヒ卿」

黒円卓の誰もが疑い、それでありながら誰一人として追及しなかったそれを玲愛は言った。

「答えてください。あなたみたいな人が、何の繋がりも無く二人も存在するはずがない」
彼と夢で見た祖父は余りにも似すぎていた。問いながらも彼女はその返答が是であると確信している。いや、むしろ否といわれても信じることは出来ない。だからこそ、リザは恐れ、血脈の罪を清算しようとして私を()として捧げたのではないかと疑ってしまう。
そして、その問いにラインハルトは、

「ふむ」
「あ……」

彼は玲愛の(おとがい)に手を沿え上へと向かせる。覗き込む黄金の瞳はまさに圧倒的と言えるだろう。

「愛い子だ、テレジア。確かにイザークの面影がある。だが、アレの父が誰かなど、私は知らんよ」

「嘘ッ!」

その言葉は嘘にしか聞こえず、事実嘘だと疑い彼女は彼を睨みつける。だがラインハルトはその視線を気にすることなどなく言葉を続ける。

「心外だな。私は女子供に責任を果たさぬような男ではない。現に私は妻であったリナに対して誠実さを見せていたつもりだ。だからこそもう一度言う、知らん」

馬鹿な、と愕然とした気持ちで玲愛は言葉を詰まらせてしまう。するとラインハルトは笑い出した。

「そうなると不思議だな。考えたことは無かったがアレの父は誰なのだろうな?カールにはその手の機能があるとも思えん。ゲッベルスやカナリス、ヒムラ、ヴェルナー、シェレンベルグ辺りか?いやないな。その手の相手に事欠くことは無くともアレは出来ん。意外にナウヨックスやも知れんな。まあそれは有り得んだろうが。
ふむ、こう考えては如何だ?少しばかり夢のある推理だ。そもそも父親などいなかった。マリアの子に父などおるまい」

声を出さないでいられたのが不思議だった。破壊的なその気配に潰されそうになりながらも辛うじて耐え忍ぶ。

「時間だ。中々に有意義な会話であったよ。次にあうのは総てが終わったときであろうな。まあ、その時までにもう少しましな解を考えておくことにするよ」

既に呼び止める力など無く、ナウヨックスが用意した席に座り続けたまま意識を手放さずにいることしか彼女には出来なかった。




******



―――諏訪原タワーパノラマ展望台―――

「親衛隊は敵地を進み、 そして悪魔の唄を歌う(SS marschiert in Feindesland Und singt ein Teufelslied )
狙撃兵はオーデルの河畔に立ち、 微かに口遊むのだ(Ein Schutze steht am Oderstrand Und leise summt er mit )
我らはどこでも口笛を吹く(Wir pfeifen auf Unten und Oben )
全世界が我らを 呪い、また称えようと 一抹の慰みに過ぎないのだから(Und uns kann die ganze Welt Verfluchen oder auch loben, Grad wie es ihr wohl gefallt)」

僕は珍しく上機嫌になり軍歌を口ずさみながら窓越しに外を見る。上へと目を向けると高度で緻密で大胆で繊細でそれこそ術師本人であるメルクリウスやそれと同等レベルの人間にしか手を出すことの出来ないであろう魔方陣が目に映る。
逆に下へ目を向ければライトアップされ本来ならば恋人や友人、家族で過ごすであろうこの時期の夜にもかかわらず人の気配はほぼ総て絶えている。残っているのは学校で敗戦を噛み締めている蓮君達と唯一、一人だけ勝ち残ったヴィルヘルム、そして僕自身とその周りにいる七人の皇帝だったモノ達のうち僅かに残り僕の命に従う二人のみ。

「ナウヨックス。今後、我々は何をすれば良い?貴様の指示には従ってやってるんだ。さっさと言え」

他者との会話をあまり好まないカリグラはさっさと次の指示を出せと問いかける。テレジアを城へ運ぶ際もそうだったが、彼は元々一匹狼の気質が強い。僕に従ってるのも現状、単体での独立が出来ないからだろう。でなければとっくに第三勢力として戦っているはずだ。
英雄願望や名誉欲が高く、そのくせ群れることや下につくことを嫌う。求めるのは何時でも頂点。孤独ではなく孤高。嗚呼、何て面倒な考え。
とは言っても別にカリグラだけではない。元々人間は面倒な気質を持つものだし、他の分体も同じだ。

「カリグラ、アナタでしゃばり過ぎじゃ無いかしら?私達は元々彼の所有物なのよ。道具のアナタが主であるアルフレートに楯突くなんて、あなたは私に殺されたいの?」

恐らくは本気で言っているであろうパシアス。自分のことは棚に上げてカリグラを射殺さんとばかりに視線を向ける。
彼女も人の厄介な部分を表している。盲目の愛とそれに比例する依存。
愛も依存も否定はしない。種の存続にはどちらも必要であるし、愛も依存も蓮君やマルグリットのように強みにもなる。重要なのはその質だ。彼女の愛はまさしく憎愛であり、その依存は独占欲の極みにある。まさに業が深い。
他の分体達もそう。
アウグストゥスの根を張った忠誠心も、クラウディウスの悩み続けた故にできた矛盾した敵愾心も、ティベリウスの純真さによる憧れも、ティトゥスの持つ狂った刹那快楽主義も。誰もが内に外にと燃え上がるような極端な感情を持っている。彼らは生きている僕などよりもずっと人間らしく、生きて(死んで)いる。
無論、僕自身にも人間らしさや感情はある。ただそれ以上に彼らが人間らしいだけの話だ。まるで僕自身が持つ感情を映して、それが彼らの感情であるかのようだ。だからこそ宥めるのも指示をするのも僕自身の役目。自らの愛し子に等しい彼等を鏡を見るかのようにして言葉を放つ。

「よしなよ、パシアス。僕は君がそういう風にするところを見たくはないよ。カリグラも自由に動いて構わないよ。僕の指示を聞く必要は無いさ。第八が開くまで……いやその後も自由にして構わないさ」

憮然とした表情で、しかしどことなく自由にして構わないと言われた事に快を隠しきれない様子を見せるカリグラ。そして僕に声を掛けられ、その上心配までしてくれたと大したことのないそれらの行為に頬を染め、目をトロンとぼんやりさせる。まさにその様子は恋する乙女といえるだろう。
本当に下らない。ラインハルトやメルクリウスならともかく、彼等にどう思われようとも関係ないし何も感じない。何せアレ等は僕にとってただの都合のいい駒にすぎないのだから。
だがまあ、戒め程度には役にたったな。まさに『人の振り見て我が振り直せ』というやつだね。僕自身とて感情に左右されないわけじゃないが、彼等ほどではないと信じたいな。

「さあ、謳い上げようじゃないか。我等が主のご帰還なんだ。今宵は宴さ」

まあどちらにせよ今更気にすることではないさ。時間はこれから先もあるに違いないんだから。

「我らはどこでも常に前進する(Wo wir sind da ist immer vorwarts )
そして悪魔が嘲笑う(Und der Teufel, der lacht nur dazu )
ハ、ハハハハハ!(Ha, ha, ha, ha, ha, ha. )
我らはドイツと ヒトラーの為に戦う(Wir kampfen fur Deutschland
Wir kampfen fur Hitler )
敵は休まずやってくる(Der Gegner kommt niemals zur Ruh' )……ククク、馬鹿みたいだな。祖国もヒトラーももういないのにさ。ハ、アハハハハハハ―――」

笑いが込み上げそれを塞き止める事などせずに僕は笑い続けた。




******




―――同時刻・遊園地付近―――

豪くけったいな夜だとヴィルヘルム・エーレンブルグはそう思いながら月を見上げていた。別に彼は今の現状に文句を言っているわけではない。むしろ彼からすれば今の状況は歓喜にも結びつくような状況なのだ。永遠の仇敵、あるいは宿敵ともいえるシュライバーとの闘争の果てに勝利し、自分こそがハイドリヒ卿の牙に相応しいと示して見せた。そして、今か今かと自身の主の帰還を待ち続ける。そんな中で彼は何か足りないと感じていた。

「いや違ェな。足りないんじゃねえ。むしろ逆か?」

ここ最近の状況が満足しすぎる状況だったといえると判断する。ティベリウスのその忠実さも司狼との殺し合いもシュライバーとの決着も考えて見ればここ数十年無かったことだ。十一年前のあの戦いも有意義だったと言われれば否定できないが絶頂できるものだったか、満足できるものだったかと言われれば否と言うしかない。
言うなれば彼は長い年月の間、ずっと満足できない日々を送っていたのだ。それが突然、まるで転機を得たかのように充実した日々を送っている。そう、つまりは満足できてしまった今に困惑していると言うことなのだ。

「ってこたァ何か?俺は今まで本気で満足できてなかったってことかよ」

それを理解して少々思うところはあるが、概ね満足出来ている今の状況で何か言うほど苛立ちを覚えることは無かった。

「そうと決まれば……」

次に狙うべき獲物は当然のように決まっている。大して目を引くことのない小娘でも女と戦場を駆ける様な腑抜けた男でもこそこそ裏から掻きまわる様な影でもない。本質は自分達とそう変わらないであろう餓えた獣畜生。

「まあ、お膳立てはしてくれるみてぇだからな。相手してもらうぜ」

深い犬歯を剥き出しにした笑みを浮かべながら吸血鬼は嗤う。

「ああそうさ、ナウヨックスとメルクリウスの奴等が同種である様に俺とテメエは同類なんだよ。だから先にオッ死ぬなんてつまんねえことになるなよ」

白皙の吸血鬼はその時、つまりは遊佐司狼との決戦が訪れるまで待ち続けることを選んだ。




******




さて、時間か。
そう呟いたのは果たして誰か?誰もが同時に行動しだす。藤井蓮とマルグリット、遊佐司狼、櫻井螢の四人は立ち上がり学校から敵が待ち受けるであろう諏訪原タワーへと向かいだした。
ヴィルヘルムは待ち遠しいとばかりに月を見上げ天に牙を向き立ち上がった。
ナウヨックスは分体の二人と共にタワー内部から外へと向けて歩を進める。
そして彼等が主であり、宿敵であろうラインハルトもまた天高くから舞い降りた。
さあ、今此処に今宵最後の恐怖劇(グランギニョル)が始まろうとしている。それが喜劇となるか悲劇となるかは未だ誰にも分かりはしない。






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後書き

アルフレートが歌っていた軍歌は「SS marschiert in Feindesland」という歌です。次話以降は戦闘が続くと思うので更新に時間が掛かるかもしれません。いつも読者の方々にはご迷惑をお掛けしますがいつも読んでくださってありがとうございます。

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