小説『影は黄金の腹心で水銀の親友』
作者:BK201()

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第五話 僕自身の渇望






何時だったか、彼がマルグリットとの出会いを聞いてきたので答えたことがある。

『あなたに恋をした』
『あなたに跪かせていただきたい、花よ』

「へえ〜、君はそんな風に告白したんだ…恥かしく無い?」

無論、恥ずかしかった。よく分かっている。つまるところ、私は緊張していたんだ。あの娘に無視されたくない。取るに足らない一人として、流されることだけは避けたかった。だからあんな言葉が出たのだろう。

「でも、第一印象は最悪でしょ、それじゃあ?」

その通り、あの時だけは「しまった」と思ったものだ。今に至るも深くの出来事で、だからこそ判別できなかった。既知か未知かを。

「いやいや、その恋心だけは未知だったはずだろ。そうじゃなきゃ絶対そこまで君が動揺するはずが無いって。なんせ君は世界で一番嫌われ者なんだから」

それは些か酷くないかね?これでもこの恋は真剣なのだが。だからこそ君に話したのだが。
この甘苦い失敗談。彼女に共有して欲しいと思った、彼女への愛情についてを。

「君は馬鹿かね?いや馬鹿なんだろうね。きっと君のことが嫌いじゃない人を探してもきっと手の指の数で足りるよ。それにそういう惚気は本人の前でして来い。そうすれば彼女も喜ぶだろうよ」

果たしてそうかね?彼女はただ鬱陶しがるだけかもしてない。

「そのウジウジとした所が彼女が靡かない理由だろ。いっぺんその性格治して来い」

ハハハ、君にそう言われるとは、私も焼きが回ったものだ。

「おい一寸待て。どういう事だコラ!テメエ待ちやがれ!!」

また来るよ。でもたまには君のほうから来てくれると嬉しいのだがね。

「うるさい、馬鹿……うまくやれよ」

ああ、うまくやって見せるさ。何せ君がじきじきに助言をしてくれたのだからね。



******



「お初にお目にかかる、私のことはカールから聞いているかね」

私は気が付くと蓮の傍ではなくラインハルトと名乗った男性の腕に居た。

「卿のためにこの夜会を用意した。僭越ながら共に踊ってはいただけまいか」

この人は凡そ人が持つであろう美点を全て持っている。けれど私はそれに女として惹かれない。魂は痺れている。だけど、それは女として惹かれてるわけじゃないと断言できる。
では、一体何なのかと思いあたりを見回す。楽団の調べが聴こえる。ここは何処かのお城の大ホールで、何十人のオーケストラに囲まれ私達はその中心に居る。

「彼らは私の騎士で、同士だ。皆が卿を歓迎している。さあ、ともに一曲」

彼と共に夜会が始まった。

「カール・クラフトは私をなんと言っていたかね、マルグリット」

そうして気がついた、此処は歪なのだと。彼らはまるで喪に服している最中みたいにしている。
チェロを弾いている女性は左顔面が焼け爛れ、フルートを吹く少年は右目が丸ごと抜け落ちており、指揮を取る壮年の男性は体が鉄か何かと融合している。彼らは全員からだの一部を失っている。
だから、私は直感的に理解した。これは死人の楽団なのだと。

「答えは?」

目の前に居るこの男性だけが異常なほど欠けているものが無い。まるで、まるで、この人と、この世界は

「地獄……」

「なるほど。変わらんな、あの男も」

だからこう言った瞬間私は違和感を感じた。今の私は情緒に溢れた感情を思考を持っている。本来知るはずも無いことだ。
今こんなことを考えてる時点で普通じゃない。

「無感であれば痛み(歓喜)はない。私の世界においてそれは許さん。言ったろう、愛し方を教授すると」

だから分かった。これは恐怖。そして、今の私にはその原因が分かる。

「あなたは、たった一人……」

「かもしれん」

「卿は大海に落ちても溶けぬ宝石。私は大海を染め上げる墨のようなもの」

共に一粒、一滴だけど、違いはその影響力。

「覇道と求道、カールはそう言っていたな。前者は私、後者は卿だ。私としてはそちらのほうが眩しくみえるよ」

分かってはいけない。だけど嫌になる。わかってしまう。

「覇道の激突を私もカールも望んでいる。故に彼が居て、彼を愛する卿が要るのだ。問おうマルグリット、この地獄(私)をどう思うね」

「怖いよ」

わたしは生涯初めて拒絶というものの意味を知った。黄金は笑う。その一言を待ち望んでいたように。

「ならば共に天を戴かず―――祝おう、ここに宣戦は布告された。
その誓い、努忘れぬように呪いを贈ろう。痛みが胸にある限り、そは御身を溶かし続ける」

そう言われて、私は意識を失った。



******



目を覚ますと俺は暗闇の中に居た。真っ暗に近いが完全な暗闇ではない。そして、体を動かそうとして、全身の痛みに息が詰まった。あまりに痛みが強くうめき声が洩れてしまう。
何故こうなっているのかを考える。そうして思い出したのはラインハルトに砕かれたこと。じゃあ何で俺は生きている?
聖遺物を砕かれれば、身体にもダメージが及ぶはず。魂につけられた傷は、肉体にもフィードバックすはずだ。ならば完全にギロチンを砕かれた俺が、生きていられるはずはない。

「どうして……」

「ん、何がだい?」

「なッ!?…グゥ」

いきなり話しかけられ誰かが居たことに気付いた俺は思わず叫んでしまい、体中から痛みを感じた。

「落ち着きな。誰も取って食ったりはしないよ。まずは痛みを和らげたほうがいい」

取りあえずは言うとおりにして痛みを和らげるために落ち着くが同時に気が付く。拘束されていることに。手首を拘束している鎖を外そうと腕を動かすと、それに気が付いたのか先程から聴こえてきた声が言う。

「無理に外さなくても後でヴァレリアが鍵を取ってくるから待ってな」

暗闇に慣れ始め目が見えるようになってくると先程から聴こえてきた声の主が見えてきた。

「あんたは…」

「見えるようになったかい、ああ良かったよ。今死なれても困るからね」

そこにいたのはアルフレートと名乗った人物だった。それにしても縁起でもないこと平然と言う。だけど実際そうなってもおかしくない状況だったし、生きていることも不思議だ。聖遺物が破壊されたのだから。

「一つ聞いていいか?」

「どうぞ、答えれる範囲でなら答えるよ」

「なんで俺は生きている?」

「聖遺物が死んでないからだよ。君は一つ勘違いしてるよ」

勘違い?それはどう言うことだ、聖遺物が破壊されても実際は死なないということなのか?

「その理は本当のものか?目で実際に見たのか、それとも誰かに聞いたのか。見たというなら結論を急いているし聞いたのだったら言葉を理解し切れてない。
簡単なことさ、ラインハルト殿は聖遺物を壊したのではなく、蓋をこじ開け、中身を抜き取っただけ。それじゃ聖遺物は壊れないから誰も死なない」

「つまり…」

俺とマリィが引き剥がされただけで、互いに無傷だということか。武器の破壊が直結して死ぬのではなくそこに込められた魂を壊されることで初めて身体も壊れるということ。だけど、

「そんな簡単に出来ることなのか?」

言うならばそれは豆腐を傷つけず容器を握りつぶす芸当だろう。そんなことが本当にあっさり出来るとは思えない。

「出来るからこそ、彼の手によって君は殺されてないんだよ。彼は君や他の人間とは格が違う。彼にとっては造作も無いことだよ。さて聞きたいのは一つだといったから他の質問にはもう答えないよ」

そう言った直後、彼はまるで始めから俺が居なかったかのように興味を失い持っていた本を読み始める。俺としては他にも聞きたいことはあったがコイツに聞くのはなんとなく憚られ沈黙した。
そうしてしばらく時間が過ぎたころ目の前のコイツ以外の誰かが部屋の扉を開けた。

「こんばんは、藤井君」

扉を開けてきた氷室先輩とこんな形で会いたくはなかった。

「思ったより、驚きはしないのね」

「ん、テレジアちゃん、何か御用かな?眠れないって言うならリザさんのところに行ったほうが良いよ」

「そんな子供じみたことじゃないわ、悪いんだけど一寸席外してくれる」

「……良いよ、でもヴァレリアが来るまでだからね」

「ありがとう」

そう言って彼は扉のほうまで行って部屋を出たあと、扉を閉じた。



******



「恋、ね……」

廊下に出た俺はそんな風に一人呟く。テレジアちゃんが客観的に見て人形に恋しているのはわかる。だけど、恋愛というものが、いや愛情に関する全てが僕にはいまいち理解できない。ライニは全てを愛しており水銀ですらマルグリットに恋をした。でも僕には分からない。何がそうさせるのか彼らがどうしてそこまで固執するのか、全く持ってわからない。
そもそも人の領域からある意味外れた僕では一生分からないことなのかもしれない。だからこそ、

「人形同士、傷を舐めあってるようにしか見えないな、僕には」

「そのような言い方をするとは、貴方は相変わらず酷いお方ですね」

振り返ると鍵を持ったヴァレリアがいた。彼とてテレジアちゃんに愛情の一種を向けている。それは一体どういうものなのか、気になるからこそ尋ねてみる。

「愛だとか恋だとかそんなものがそんなにも愛おしいのかい、正直な話僕には理解できないんだが」

水銀に対して友情と呼べるものは抱いているし、ライニにも似たよな気持ちはある。無論、誰かを憎んだこともあれば、尊敬したこともある。けれど愛情だけは今まで生きてきて本当に一度も感じたことは無い。
だからこそこの戦いを客観的に見つめ続けている部分もある。主観的になれない。ついでどうでもいいことだが友情のほうが尊いのではないかと感じてしまう。触れたことの無い感情と大切に思っている感情とではあそういう認識にもなるだろう。

「あなたは、誰かを愛したことは無いのですか?」

ヴァレリアが意外そうに聞いてくる。それはあれか、僕が理解できないことなんて無い、とでも思ってたのかね?

「無いとしか言いようが無いね」

もしかしたら万分の一以下の確率でそんな過去があったのかもしれないが、どちらにせよ在ったとしても記憶は喰われているのだから意味をなさない。だから僕にとって愛情は最も理解に遠い感情だ。

「ほら、言ってあげなくて良いのかい?人形を縛ってる鎖の鍵、取って来たんでしょ?」

「その前に少しだけお話し出来ませんか?」

何時に無く真剣に尋ねてくるヴァレリア。正直、面倒だが話くらいは聞いてあげるべきだろう。

「……ハア、テレジアちゃんが出てくるまでね」

「ありがとうございます。では早速なんですが、貴方は私がメッキに喰われるとそう仰ってましたね」

確かに言った。彼の望みはライニになりたいことだ。それはつまり、最終的にヴァレリアという存在を捨てラインハルトという別の人間になることを指し示している。それでは彼が救うことは出来ない。何せライニはテレジアちゃんを救うなんて考えもしないだろうから。

「そうだね、事実としてそうなるよ。今のままでは」

「一つ聞きたいのですが貴方は何故そのような事を私に忠告した理由は何なのですか?」

「理由?」

「そう、理由です。貴方が私に忠告し、その事をほかの誰にも仰らない。その行為に貴方のメリットとなるべきものが全く見当たらない。故に何故貴方はこのようなことをするのか理由が知りたいのです」

理由、と聞かれればまず思い浮かぶのはライニか水銀だろう。この世界に居る理由そのものが彼らの願いなのだからそれは当然だ。
しかし、ヴァレリアに忠告する理由…いや、ヴァレリアだけじゃない。螢ちゃんに対して誘いをかけた。司狼に玩具(武器)をあげると言った。それはつまり、どう言うことだ?

「私は時々疑問に思うのです。貴方の行動には一貫性が見えない。ハイドリヒ卿の忠臣であるかと思えば、私の裏切りの可能性に対して忠告をする。かと思えばレオンハルトに手を差し伸べ、挙句、敵に力を貸そうとしたと言う。貴方は一体、何をしたいのですか?」

何がしたいか……ああ、簡単なことだ。僕は、

「結末を知りたい」

「は?」

「だから、結末を知りたい。それだけだ」

「結末、ですか。それは何の?」

なんというか、精神や心理的なものはそれを理解しているが、言葉として表すのが難しい。

「…うん全ての結末だと思う。例えるなら個の結末、或いはその集団の結末、そしてそれらが集まって出来た世界の結末。
そう言ったものが知りたい。でも世界は結末に辿り着くことなく消えていくものがたくさんある。だから僕はそれらが結末に辿り着く前に崩壊してしまわないようにしているんだと思う」

世界を世界の結末を知りたい。そうか、だから僕はこの世界にきたんだ。水銀の恋が成功するという結末、ライニの願いが叶うという結末。それらをそれらを望み続けている。それがある意味、僕の渇望……

「つまり、私達は貴方にとって結末を見る前に崩壊してしまう存在であると」

「そういうことだね。理解した?そろそろテレジアちゃんも出てくるだろうしこれでお終い。僕は先に帰ってるよ」

そう言って僕は教会の一階に出てそのまま外へ行き真夜中の真暗な闇を渡り歩いた。
そしてここに来てようやく僕の渇望が見つかったことに僕の心は歓喜に満ち溢れていた。

-7-
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