小説『影は黄金の腹心で水銀の親友』
作者:BK201()

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第四話 光と影…いやこの場合は闇か?




―――諏訪原タワー―――

蓮が獣達と相手をしている丁度その頃、ヴィルヘルムと司狼の下にも新たな人物が現れていた。

「ナウヨックス、テメェ邪魔してんじゃねえよ」

苛立ちを隠すこともせず声に出すヴィルヘルム。声を向けた先には少しだけ笑みを浮かべながら佇むアルフレートの姿があった。

「邪魔しに来たわけじゃないよ。ただ、彼に興味があったので。少し話したらすぐに下がるよ。
はじめまして、アルフレートと言います。君は…司狼君であってたかな?」

「人にもの尋ねるときは自分の目的言ってからって教わらなかったのかよ?正体言ってから聞けや」

「そこは名前じゃなかったかな?まあ、良いか。では改めて始めまして、アルフレート・ナウヨックス、ドイツ軍時代にての階級は親衛隊少佐。他に聞きたいことは?」

「じゃあ遠慮なく、お前さん…何だ?」

「?だから先程言ったでしょう。アルフレー…「御託はいいんだよ。オレが聞きたいのはそんなことじゃねえ、あんたは少なくとも人じゃねえだろ。いや、そういう事じゃないか。そこの中尉殿やあの女とも違う。なんていうか匂いだオレらと根本から違っていやがる」……へえ、やっぱり面白いよ、君は」

先程から浮かべていた微笑を深くし、狂気にも似た笑みを一瞬浮かべる。

「気に入ったよ、まあ会う機会があったら力を貸してあげてもいいね。でもまあ、今は…」

「おい、もういいだろナウヨックス。てめえのその戯言で俺を苛立たせんな。いきなり出てきてペラペラ喋ってんじゃねえよ。しかもまた会ったらだぁ?おいおい俺がコイツを生かすとでも思ってんのか、なあおい!」

ヴィルヘルムが吼える。チラリとアルフレートはそちらに顔を向け微笑のまま言った。

「彼から逃げれたらの話だろうね」

「ハ、その位やってやろうじゃねえか、力貸すとか簡単に言っといて後で後悔すんなよ」

「無視すんな、てめえらぁ!」

ヴィルヘルムが右手を突き出し突っ込んでくる。アルフレートはしょうがないとばかりに肩を竦めながら言う。

「はいはい、後は好きにして良いよ。すぐに引かせてもらうさ」

そう言ってヴィルヘルムの突撃に対し自身の一部を刃の形の影に変える。そしてそれがヴィルヘルムの影に突き刺さりヴィルヘルムが動きを止める。

「な、テメエ!?」

「確かルサルカちゃんも影を使ってたでしょ、それを真似てみてね。影踏み遊びならぬ影縫い遊びってね。もっとも拘束力なんて一瞬だけどね。じゃあねヴィルヘルムに司狼」

そう言いながら闇に溶け込むように消えていくアルフレート。ヴィルヘルムが完全に動けるようになったころには既に居なくなっていた。

「それじゃあ、まあ生き残ればあいつが何かくれるらしいし、それに期待してちょっとばっかし頑張ろうじゃねえか」

「おいおいそれじゃあまるで全然本気出してなかったみたいな言い草じゃねえかよ」

しかし、それは有り得ないことだ。司狼は常に本気だったし仮にそうじゃなかったとしてもヴィルヘルムに通用することは無い。だが司狼は特に意味の無いハッタリを続ける。

「案外そうかも知れねえぜ、実はオレには隠された力がある、って感じに」

「ハハ、そりゃおもしれえ。じゃあ、ぜひそうして貰おうじゃねえかよッ!」



******



―――諏訪原大橋付近―――

ヴィルヘルムから逃げてきた僕はまあ、獣の情報があるとはいえ人形の方も気になるので少しばかり寄ってみることにした。

「速い、いや逆か?僕らが遅いのか?遠くじゃ良くわからないね、やっぱり」

ともあれ覚醒は進んでるようだ。この調子なら黒円卓相手に勝ち進みスワスチカを開ききっとライニの満足する仕上がりとなってることだろう。もっともただ呆然と待ってあげるほど僕はお人好しじゃない。だからこそ『獣の数字666(メム・ソフィート サメフ ヴァヴ)』を送り込んだんだけど。

「いや〜ものの見事に蹂躙されたね〜」

確かに全滅するだろうとは思っていたし、このくらいは倒して欲しいと思っていたが…まさか666を集結させてたNrw Ksrまでこうもあっさり倒されるとは思ってなかった。
自らの身を犠牲にしてまで向かったのに一太刀すら許されないとはね。僕が女だったら惚れてるだろう。いや、そしたらその前に水銀やライニに惚れてるかな?

「でも、やっぱりあの獣は失敗作だったな〜」

やはり魂が安定しない。人造だから仕方ないともいえるが魂が現実という違和感に押しつぶされてしまうから体という堅い殻が必要となる。だからこそ肉体が傷つけば魂が漏れ出し、次第に現実という外側に圧迫され潰されて崩壊する。誰が如何考えても失敗作だ。

「せめて魂が残れば僕という存在に魂を吸収させることも可能なんだけど」

そうすれば質が悪くてもスワスチカを人造の魂で開けただろうに。崩壊して魂そのものが消滅してるからそんなことも出来ない。まあ、出来ないことを嘆いても仕方が無い。

「さてと、次はヴァレリアとかな。まあ今の人形では勝てないだろうけど」

これは確定している事実だ。今の人形じゃ絶対にヴァレリアに勝てない。彼の鎧を貫けるならそれは創造位階のレベルだ。だけどまあ、暇だし遊んであげようかな。




******



―――諏訪原大橋―――

「あんた達を斃す」

俺はそうはっきりと呟く。殺しなんてやりたくは無い。だけどこいつらの暴挙を許せば世界が終わることになる。だから、俺はたとえこいつらを殺す事になっても、もう躊躇わない。

「いい覚悟です、藤井さん。ですがそれは例え親しい者に対してであったとしてもそう言えますか?」

「如何いう事だ?」

「ですから、単純な話です。よもや気が付いていないわけではないでしょう。教会の人間である私が敵なのです。それはつまり……」

教会の人間が敵…まさか、いやでも、そんなことが…

「テレジアに対しても同様に殺すことが出来るというのですか?」

「そんな…まさか…?氷室先輩がそんな事するわけ!」

「無い、と本気でそう言い切れるのですか?貴方は本当にテレジアのことを知っているのですか?学年の違う生徒など知らないことのほうが多いでしょうに」

確かにそうだ。俺は氷室先輩のことを良く知っているわけじゃない。友人ではあるし、昼食を一緒に食べるくらいには親しいつもりだ。だけど、それは全部俺から見た氷室先輩に過ぎない。氷室先輩から見れば俺は親しいつもりでいた道化に映っていたのかもしれない。

「そういうことです。貴方ではテレジアを救えない。例えどれほど努力しようとも貴方が敵である限りテレジアを救うことなど出来はしない」

「そんなことは無い!俺は先輩だって救っ…「救えるわけが無いでしょう!敵である貴方に!!」……」

絶句してしまう。笑い話だ。元の日常に戻るために戦ってるのに元の日常の一人が敵だなんて。

「世界は何時だってそうなんですよ。報われない、救われない、私達の様な凡才では救える者など高が知れている。だからこそ私は彼を追い求めてでもテレジアを救う。あの子達を救ってみせる。
その為なら、例えテレジアが好いているであろう貴方が相手でも容赦はしませんし、私自身を犠牲にしてでも救ってみせる」

神父が構えだす。俺なんかよりも堅い信念、揺らぎを見せない瞳。何もかも俺なんかよりもずっと強い意志。だけど、だからこそ…

「だったら、俺はお前らの親玉を止めてみせる。その上で氷室先輩も救う。だから、そんな悲しい事言うなよ、あんたが死んだら氷室先輩だってきっと悲しむ」

そう言わずにはいられない。この人は強い、それは認める。だけどそれ同時に脆い。

「貴方は、ハイドリヒ卿を知らぬからそのようなことが言えるのだ。彼は恐ろしい方だ。だからこそ私も憧れた。彼のようになりたいと。
故に、貴方は負けぬと、勝つといいますか。この私に?我々に?貴方が?ははは―――愛を信じて?打倒すると?なんて眩しい!
美しく羨ましく妬ましく愚かしい!実に実に実に至高!」

「それで、そうして真似して最後にはメッキに喰われるのがお望みかい?ヴァレリア」

それは突然現れた。闇夜に影として現れた存在。存在はまるでそこには居なかったかのように、けれどはっきりと、それこそまるで全てを見られるかのように…

「貴方は…」

神父が呟く。その存在に恐れを抱くかのように、同時に何かを期待するかのように。

「全く、そんなこと言っちゃって、これを見たのが螢ちゃんや僕だったから良かったものの、エレオノーレ殿やゲッツ殿だったら不敬罪で殺されたかもしれないよ」

「このくらい多めに見てくださいよナウヨックスさん。それにハイドリヒ卿は御覧になられているのでしょう?」

瞬間、天が落ちてきた。

「率直なご感想をお尋ねしたくありますね。どうでした?」

『悪くない』

「ええ、人形としては合格でしょう。それと、ラインハルト殿、お久しぶりです」

「黒円卓(私)に負けぬと。よくぞ吠えた。その魂、敵に値する。そしてナウヨックス、久しいな。カールは元気かね?」

彼らは世間話でもするかのように、いや実際その程度なんだろう。俺も櫻井も重圧に耐え切れず押しつぶされてる。神父ですらそこに立つのがやっとの状況で、ナウヨックスと呼ばれた喫茶店で出会った敵は何てことも無くただ話していた。

「名乗ろう、愛しい我が贄よ。私はラインハルト。聖槍十三騎士団黒円卓第一位、破壊公(ハガル・ヘルツォーク)―――ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ。愛すべからざる光(メフィストフェレス)……などと卿の縁者に呪われ(祝福され)た、曰く悪魔のような男らしいよ」

「彼が名乗ったのなら僕も名乗らねばならないね。僕はアルフレート・ヘルムート・ナウヨックス。元ナチス・ドイツ親衛隊(SS)少佐。ラインハルト殿の腹心にして影―――もっともこの名も偽名に過ぎないが」

光と影。形容するならそれ以外に当て嵌まることのないであろう表現。そしてマリィが光であるラインハルトを目にして恐怖を感じていることが分かる。そして俺とマリィは同時に呟く。

「「こわい……」」

ならばどうする?マリィがこわいと感じ俺にもその感情が伝播する。恐怖を感じた人間がすることは大別すれば二つしかない。

「逃げるか、あいつを…」

この恐怖の根源を…

『一刀のもとに断てばよい』

同じ獣でも先の666とは違う。本物の獣であるラインハルトの重圧に立ち向かい構えそして討つ。そう判断し動こうと構えた直後、

「調子に乗るな、人形。暴走して作り変えたところで、脱皮した所で今のお前がライニに歯向かうなんておこがましい。いずれ超えようとも今から死に逝くな、お前はあくまであいつの人形でその娘の玩具なんだから」

踏み抜かれる。地面に這い蹲らされる。影が俺の体を貫いて縫い付けられる。邪魔だ、今のコイツじゃ俺に勝てない。縫い付けられてるのはあくまで唯の影だ。かき消せる。
今ラインハルトを斃さねば次の機会が訪れない。先ほどまで感じたラインハルトの重圧も程よいプレッシャーに変わっている。今を逃すわけには行かない!だから、お前は…

「邪魔するなぁー!!」

「ッ!!」

吹き飛ばす。所詮コイツは雑兵だ。俺はナウヨックスの拘束から抜け出し、全力でラインハルトに向かいギロチンをあいつの首を断ち切るために疾走する。

「ナウヨックス、拘束などする必要は無い。カールの事だ、こう考えているだろうよ…戯れろ、せいぜい可愛がれと」

「ッ!?」

皮一枚、髪の毛一本、断ち切ることも出来ずに俺の刃はラインハルトに何の痛痒も与えられない。力も覚悟も恐怖に対する克服もした。だけど、それを何一つ意味を成さないかの様に跳ね除ける。

「恐れでは私は斃せぬよ。カールよ、私なりの愛し方をこの女に教授するが、よかろうな」

「いいのでは、彼も貴方の愛は認めているのですから」

「では―――私は総てを愛している。それが何者であれ差別はなく平等に。私の業(愛)とはすなわち破壊だ。総てを壊す。天国も地獄も神も悪魔も、森羅万象、三千大千世界の悉くを。
ああ、壊したことがないものを見つけるまでな。卿はどうだ、私に壊された(抱かれた)ことがあったかね?知りたいな」

「ならば一度抱いてみれば良いよ。君に抱かれて喜ばない女性なんていないだろう?」

ビキリ、とギロチンに深い亀裂が走った。マリィが…壊される…

「やめろオオオオォォォッ――――――!!」

「卿も怒りの日の奏者なら、楽器のなかせ方は心得ることだ、ツァラトゥストラ。なに、すぐに返してやろう。もっとも、別の男に抱かれた女を、再度受け入れる度量があればの話だがな」

しかし、俺の絶叫は意味を成さずラインハルトはそう言って素手で、マリィを砕ききった。それと同時に俺の目に映ったのは、ラインハルトの腕に抱かれて呆然としているマリィだった。死ぬのか…こんな所で…俺は…

「安心しろ、人形。まだお前は死なない、死ねない。運命の束縛は今始まったんだから」

沈んでいく…俺の意識が沈んで、いく……

-6-
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