小説『Ark of the Covenant -lapis philosophorum- 』
作者:bard(Minstrelsy)

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 それが夢だった、と脳が覚醒するまで少し時間がかかった。
 自分が今どこにいるのか、それさえも解らない程だった。
 こんなにもはっきりした夢を見たのは、子供の時以来だろう。
 それにしても、ファンタジーな夢だった。
 俺がマシンのパイロットで、どうやらアリシアを守らなければならなくて、結局守れなくて敵にやられてしまった。ゲームや映画によくあるテーマだ。最近そんな類のものを目にしていないのだが。
 夢が強烈だったせいか、寝床に入るまでの記憶が曖昧だ。
 何とか報告書を形にして、それを提出した事は覚えている。
 イデアについて一通り述べ、賢者の石と契約の箱について資料の分析結果を書いた。賢者の石がイデアを映す鏡だという俺の推論は述べられなかった。
 それについては、もう少し考える必要があった。
 思い至った時に何かが引っ掛かったし、まだ公言すべきではないと感じたからだ。
 自信がないのだろう、とバーナー主任は言っていた。それは半分正解だった。
 推論を述べるには科学的な見地が必要だし、科学的な根拠が無ければ他の分野の資料を探さねばならない。一介の研究員の俺が、何の根拠も確たる裏付けもない推論を述べる訳にはいかないのだ。足がかりの無い状態では、自信なぞあるはずがない。
 後の半分は、上手く説明出来ないからだ。
 裏付けなど無くても構わない。むしろ、俺が一番最初の資料を作り出してやればいい。今当たり前に述べられている理論や資料も、一番最初に言い出した人物が居たのだ。俺がそうなっても構わないはずだ。
 気持ちとしては十二分にやる気があるのだが、それを上手く説明出来ないのだ。
 雲を掴むような話だからとか、曖昧だからという訳ではない。逆なのだ。
 言葉が溢れ出してくる。俺自身が処理出来ないレベルの奔流なのだ。
 契約の箱を見付けた時と同じだ。
 直感は得てしてそういうもの、と考え直す。それを落ち着かせるために、じっくり考える必要がある。そう自分に言い聞かせる。
 言い聞かせなければ、いつ堰を切った様に溢れ出してくるか解らない。
 こんな事は初めてだった。契約の箱といい、イデアといい、今までに経験の無い事だった。
(自分の考えが止まらなくなるなんて……)
 今も、ふとした隙を突いて押し寄せてくる。
 ……コーヒーを淹れよう。そうすれば、少しはマシになるだろう。


 時計を見て初めて、そんなにも眠っていない事に気付いた。
 帰宅したのが八時過ぎ。今はまだ十時にもなっていない。
 報告書の作成にかなり集中していたせいか、帰ってからすぐに寝てしまったのだ。
 そして見たのが、あの夢。
 PIPSがあれば、と思う。将来的には夢の記録も出来るようにするつもりだ、と言っていた。こんな時にこそ活きてくるのだろう。
 どんな夢だったか思い出すまでもない。
 昨日の記憶の様に、肌で感じる程に生々しい夢。
 爆音。戦場の緊張感。迫り来る敵。絶望。
 どんなシチュエーションであろうが、夢は大抵、見ているときは夢だと気付けない。だからこそ本気で怖れ、それを現実だと錯覚してしまう。
 けれど、目覚めてしまえば、その現実感は消え去る。夢だった、と安心する。
 たまたま珍しいジャンルの夢を見たから、その余韻に浸っているだけだ。
 しかし――。
 意識して、右手を握る。
 指が、中途半端な所で止まる。
 硬質な感触。
 その形は、操縦桿。
 人差し指はトリガーに。
 親指はレティクルを操作する。
(昔やったゲームを思い出した、のか?)
 意識が逸れると、右手の感覚は消失する。何も無い。指先は自分の掌に触れるだけだ。
 妙な感じだ。
 分析にでもかければ、妙な気分の理由が解るだろうか。
 指先は無意識に端末を起動し、夢の記録を綴っている。
 すらすらと流れるような文章を、俺は他人事の様に眺めていた。
 まるで、夢の中に居るような気分だった。

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