小説『Ark of the Covenant -lapis philosophorum- 』
作者:bard(Minstrelsy)

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【Report:4 既視夢】


 爆風で機体が激しく揺さ振られる。
 咄嗟に振り返り、彼は唇を噛み締めた。
 さっきの爆風は僚機のものだ。つい先程まで話をしていたのに。
 しかし、いつまでも感傷に浸っていられない。油断すれば自分がやられる。
「隊長! 三時の方向!」
 アラートと同時に警告を放つ。
 隊長機、回避。その影を、無数の閃光が舐める。
 体勢を立て直し、敵機を追う。彼も隊長機の後に続いた。
 だが、追いつけない。敵影はあっという間に硝煙の向こうへと遠ざかる。
『他の部隊との通信は?』
「駄目です、完全に途絶しています」
『最後に確認出来たのは十六分前、第二小隊が居住区へ救援に向かうとの通信です』
 僚友が彼の言葉を継いで報告する。
 今ので敵の攻撃は一段落したらしい。索敵レーダーも沈黙している。
 何としてもここを守り抜かなければならない。ここがやられてしまえば――。
 彼は少しだけ緊張を緩め、乱れた息を整える。
『避難状況は』
『もう間もなくかと』
『作業状況は』
「最終段階です」
 彼はちらりと外を見遣る。
 もうすぐだ。もうそろそろのはずだ。
『終了を確認次第、他の隊との合流を図る』
「了解」
 先程撃墜された僚機の残骸が、足下でくすぶっていた。


 共にいた戦友は、もう半分以上居なくなってしまった。
 帰投する度に、見送る柩は増えていた。
 勝てる見込みは、無い。
 彼我の戦力差は圧倒的だった。
 まるで、赤子が大人に立ち向かう様な、無謀という一言では言い表せない程の戦力差。
 それでも。
 一縷の望み、一筋の希望は、潰えたわけではない。
 だから、諦める訳にはいかないのだ。


〈通信文をキャッチ〉
 AIが沈黙を破る。
「読み上げてくれ」
〈原石ハ宝石箱ヘ 宝石箱ハ船ニ 船ハ嵐ノ中ヘ〉
「そうか……」
 通信文は、彼らの仕事が完遂した事を意味していた。
『終わったか』
 隊長の声も、心なしか嬉しそうだった。
 そう、これこそが望み、そして希望。
 今の自分達では勝つ事は出来ない。だが、それは負けではない。
 後は――。
『来るぞ、カノミ!』
 激しいアラートと隊長の声が重なる。彼――カノミは回避機動を取ろうとしていた。
 至近弾。僚機の残骸が蒸発していく。
 間髪入れずに叩きつけられる砲撃。閃光と衝撃で機体のバランスが保てない。
〈両脚バランサー、異常発生〉
 コンディションを示すモニターが真っ赤に染まっていく。
 今までどうにか耐えていたバランサーが悲鳴を上げていた。機体の反応が操縦に着いてこない。二、三歩動いて、よろめく。
「どうしたんだよ……動け、まだいけるだろう……!?」
 焦れば焦る程に、機体の動きは鈍くなっていく。
『カノミ、やられるぞ!』
 僚友の声にも応えられない。
 ついに両脚が折れた。がくりとその場に崩れ落ちる。
 カノミ機、擱座。
『何やってるんだ、やられちまうぞ!』
「駄目です……バランサーがイカれました。移動不可」
 状況を報告する声が震えている。
 棺桶に閉じ込められているかのような息苦しさ。カノミを支配しているのは、恐怖だった。
『機体を捨てて脱出しろ』
 隊長の指示にカノミは我に返った。動けなければ戦えない。急いで脱出に取り掛かる。
 だが。
〈システム干渉を確認。脱出システム、作動不能〉
 何者かがシステムを掌握していた。彼の機体が擱座した隙を突いたのだろう。
『早く脱出しろ』
「出来ません。システムがやられました。奴ら、自分の機に干渉しています」
 隊長、そして僚友が息を飲む気配が伝わってくる。
「自分はここに残ります。弾はあるので……砲撃は出来ます」
『しかし……』
『ハッチを外から開ける。そうすれば脱出出来るだろ』
「その前にお前がやられるだろ! …………隊長、自分は大丈夫です。他の隊との合流を」
 沈黙。だが、隊長がどう判断するかは解っている。
『動ける機は私に続け。カノミ、システムが回復次第脱出しろ』
 そう、それでこそ隊長だ。
「了解」
 首筋を冷たい汗が伝う。
『また、後でな』
 僚友の声はいつもの調子だった。
 無理をしているのが、嫌という程解った。


 別に、英雄になりたい訳ではない。
 死にたくなんか、ない。
 けれど、脱出も出来ない状態では、こうするしか無いのだ。
 怖い。
 それが、本音だった。
 完全に死んだバランサーを切り捨て、余剰エネルギーを全て武装に回す。
 彼の機体を取り囲む敵に、次々と攻撃を加えていく。
 火花が散り、各部が抉られても、敵は進撃を止めない。
「くそ……」
 じりじりと距離を詰められる。
 表情など無いのに、余裕の笑みを浮かべているかのような敵。この状況を楽しんでいるようだ。
「嬲り殺すつもりか」
 撃っても撃っても、敵は減らない。エネルギーも残り少なくなってきた。
「どれくら保つ?」
〈不明。脱出システムに関しても依然干渉は続いており、起動は不可能。復旧の可能性は未知数〉
「……ちッ」
 諦めたくはない。
 今ここを突破される訳にはいかないのだ。
 もう一度狙いを定め、攻撃を再開する。
 突然、敵の進行が止まった。
「何だ? ようやく終わっ……」
 激しい地響き。
 けたたましいアラートは、背後からの攻撃を告げていた。
 振り返った彼の目に、炎を吹き上げる施設が目に映った。
 それは、彼らが行ったはずの場所。
 そして、最後の希望を告げた通信が送られた場所。
 そこにいるはずの人物。
「アリシア!」
 その名を叫ぶ。その、愛する人の名を。
 敵が進行を再開する。
 彼を嘲笑うかのように。
 その姿は、正に死神であり、悪魔であり、そして荒ぶる「神の使い」だった。
 カノミは一機、また一機と撃ち貫いていく。
 だが、エネルギーが底をついた。
 擱座した機体では移動も出来ない。そして、システムを掌握されている今、脱出さえも――。
「うぁ……ぁ……あぁぁぁああああああああ!」
 咆哮と共に、向かってくる敵機に両腕を突き出す。
 しかし、そんなものが通用するはずもない。易々と振り払われる。
 敵が歪な顔で、にたり、と笑った気がした。
〈警告。熱源感知。回避を〉
 カノミが最後に見たのは、迸る光の奔流だった。

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