小説『硝子の魔方陣』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 憎しと思うな 七五三、六一坊主に蜂が刺す



 唯ひとつしかない答えを導く呪文だ……





 人生というレール上には、いくつもの分岐点がある。

 恐らく、恵まれた俺には、他人より多くの分岐点が用意されていた。

 ただ俺が迷わなかった。悩まなかった。

 ひとつにしか見えない道だったから。

 ひとつしかない、答えだったから。





 294 753 816

 合わせて15になる

 この決められた数の成す匣の中だけが、

 俺には 全てだ。




 憎しを和みて 無の一矢放たん



 俺が選んだ、俺の生き方。





   *―*―*―*





 僕の家は病院で、小さな頃から入院病棟が遊び場だった。



 僕が小学生の頃、真っ白な女の子が入院してきた。

 髪の毛と肌が真っ白で、ピンクのほっぺたと赤い目の、まだ3〜4歳の小さな娘だった。



 とても綺麗で可愛くて、僕はその娘と仲良くなりたくてしかたなかった。



 病院長である父に聞いた。

 彼女はアルビノだと父は言った。

 身体に色素がない人だと聞かされた。

 見た目は違うかも知れないけど、普通の人間だから仲良くしてあげなさいとも言われて、僕は上機嫌になっ

た。



 入院している病室を覗くと、回診中でピンクのパジャマの前を開いていた。

 胸もお腹もミルク色でつるんとしていて、僕はドキドキした。

 父さんは普通の人間だと言っていたけど、あの娘はきっと人間じゃない……妖精なんだと思った。

 でも、注射されて「痛い」と泣いた涙は、僕たちと同じ透き通った雫だった。

 ……普通の人間なんだ。

 あんなに綺麗でも、僕たちと同じなんだ。



 病室の入口にひらがなでかかれていた名前を覚えて、僕は勝手に「うーちゃん」と呼んでいた。

 白くて赤い目でウサギみたいだったから。



 うーちゃんは色素が足りないだけではなく、他にも小さな病気をいっぱい抱えていたので、定期的に入院す

ることになっていた。

 僕は学校から帰るとすぐに小児病棟に行き、うーちゃんに話しかけるチャンスを伺っていた。

 真っ白なうーちゃんは周りの目を避けるように個室にいて、いつも絵本を読んでいた。

 ある日、新しい絵本を取りに遊戯室に来たうーちゃんを、僕は通せんぼした。

「うーちゃん、今日はどんなお姫様だい?」

 初めての挨拶にしては、わけわからん事を言ったと思うけど、僕には考えに考えた気障な誘い文句だった。

 うーちゃんはウサギのように首を横に倒して、僕の目の前3センチくらいまで顔を近づけて言った。

「あなたはだあれ?王子さまなの?」

 長く落ちた前髪の向こうで赤い目がくりくりと揺れた。

 唇を突き出せば、きっとチュウ出来てしまうくらい近い距離で、僕はドキドキからズキズキと、股の間が熱

くなった。

「僕は……はざま あや。うーちゃんの……王子さまだよ」

 うーちゃんのピンク色に染まった顔が笑った。

「あーちゃんだね」



 僕は綺麗なうーちゃんと友達になった。

 毎日いっしょに絵本を読んで、毎日すこし難しい児童図書を読んであげた。

 うーちゃんは本なら何でも喜んだし、字も読めたし上手に書いてたけど、数字合わせは嫌いだった。1年生

の時使っていた算数セットをあげたら、病室中にぶちまけられた。

 うーちゃんはどこらへんが病気なのかわからないくらい元気で、病院内なら何処へでも僕の後についてき

た。

 ただ、病院の売店とかに行くと、外来患者や見舞いに来ただけの健常者に、いちいち奇異の目で見られるの

で可哀想だった。だけどうーちゃんはいつも笑っていて、周りの目なんてちっとも気にしてなかった。

 まだ小さいから、わからないのかと思っていたら、うーちゃんはもう5才で、来年から小学生だと聞いてち

ょっとびっくりした。

 うーちゃんは、少しだけ身体の成長が遅れていたらしい。


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