小説『硝子の魔方陣』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 うーちゃんは身体は小さかったけど、心は普通の女の子だった。

 ヘンテコな赤ちゃん言葉を使わず、自分のこともキレイに「わたし」と言っていた。

 でもすごくガサツだったり、時には乱暴なくらいオテンバで、いつもいつもクルクル変わる表情が可愛く

て、僕はいつの間にかうーちゃんに夢中になっていた。

 いっしょに話をすると、うーちゃんはすぐに、僕のほんのちょっと間を空けたところまで顔を近づけてくる

から、僕はすぐにうーちゃんにキスしたくなる。その度に、股がズキズキした。



 後から思ったことだけど、僕にとってはうーちゃんが「初恋」だった。たぶん。きっと。



 うーちゃんが退院する日に、僕はお花をあげた。

 うーちゃんは笑うと顔がピンク色になる。お花畑みたいに明るくなるから、僕は病院の中庭の花壇からいっ

ぱい花を摘んできた。

 後で母さんにこっぴどく叱られたけど、うーちゃんの笑顔を獲得する方が、僕にはずっと大切なことだっ

た。

 うーちゃんと会えなくなるのが寂しくて、下ばかり向いていたら、目の前いっぱいがうーちゃんになった。

また目の前まで近づいて来ていただけだったのに、僕はびっくりして思わずうーちゃんを突き飛ばしてしまっ

た。

 うーちゃんはぺたんとしりもちをついて、僕に「ごめんね、怖がらせて」と言った。悲しそうではなく、済

まなそうな顔で。

 その時僕は、うーちゃんが、自分がどんな風に周りの人から思われているかを知っていることに気づいた。

 小さくてわからないのでもなく、周りの目を気にしないわけでもなく、うーちゃんはそれをわかってて呑み

込んでいただけだったんだ。

 そりゃあそうだよね……うーちゃんは誰とも似てない。

 僕は生まれて初めて、他人の気持ちというものを考えた。初めて、人の心に触れた。それはチクチクと胸が

痛くなることだった。

「あのね、わたしまた入院しに来るの……でも、気を付けるから、だからまた仲良くしてね」

 うーちゃんは僕を見ないで言った。

 僕は膝をついて、うーちゃんと目の高さを合わせてから、白い絹糸みたいにキラキラした髪の毛をめくって

めくって、埋もれてた顔を掘りあてた。

 うーちゃんのほっぺを包んで、おでこをくっつけて「怖くなんかないよ」と言った。

「わたしね、近くまでいかないと、よく見えないの」

 僕は、うーちゃんが病気だったことを思い出した。
 
 そうっとそうっと抱きしめた。ぎゅうっと抱きしめたら壊れてしまいそうだったから。

 初めて抱きしめた女の子は、僕の腕の中にすっぽり収まった。温かくて柔らかかった。

「あーちゃんは優しいのね。本当に王子さまみたいね」

 うーちゃんが腕の中でクスクス笑いながら言った。

「言ったじゃん。王子さまだよって」

「ちがうよ。あーちゃんはあーちゃんだよ」

 僕は思い切ってうーちゃんにキスしようと思って、気取って言ったのに……うーちゃんはニコニコ笑ったま

ま言ったんだ。

「だって、あーちゃんは女の子でしょう?」




 どうしてわかっちゃったんだろう……

 スカートなんか穿かないし、ランドセルだって紺色だし、背だって男子より高いし、髪の毛だって短いの

に……

 女の子に見られたことなんてなかったのに……

 名前が「あや」だからかな……

 それとも目がよく見えないから?……だから一生懸命見てたってことかな……

 うーちゃんを抱きしめた感触を思い出すと、指先がじわじわとしてくる。

 胸がドキドキ、ドキドキして、また股がズキズキしてきた。



 その日の夜、ドキドキとズキズキで眠れなくなった僕は、初めてパンツの中に手を通した。

 へんな気持ちで「うっ」ってなった。もっとドキドキして、頭の中がうーちゃんでいっぱいになった。


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