小説『硝子の魔方陣』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 うーちゃんは退院したが「また来る」と言っていた。

 父さんも、定期的に入院が必要なのだと言っていた。

 うーちゃんは病気だった。

 真っ白で色素が無くて、他の子より小さかった。

 それだけで入院が要るのかは、よくわからなかったが、自分が病気であることで、周りの人を怖がらせてる

と思っているうーちゃんが、僕は可哀想で仕方なかった。

 僕は、真っ白なうーちゃんが本当に綺麗で大好きだったから、本当はそのままで居て欲しかったんだけど、

うーちゃんの為に治してあげたいと思ったんだ。

 将来の夢なんて、適当にしか考えたこともなかったけど、父の跡を継いで医者になりたいと、その時初めて

強く願った。



 父さんに、うーちゃんの病気は何かと訊いたら、サラサラと紙切れに病名を書いて渡された。



『先天性白皮症(アルビノ)』

『モザイクターナー症候群(性染色体モノソミー)』

『(上記染色体異常による)卵巣機能不全』



「まだ小学生のお前には難しいとは思うがな」

 父さんは言った。

 バカにしたような言われ方だったけど、子供の僕にはわけのわからないだけの病名を、それでも言うのでは

なく書いてくれたのは、有り難かった。

 僕が医者になろうと思う、最初の試練だった。

「ありがとう」と書斎を出ようとした僕を、父さんは引き留めて、もう一枚、紙切れを渡した。

「綾、お前の病名だ」



『性同一性障害(F to M)』



 紙切れに書かれたその病名を、僕は何度も指でなぞった。



 僕も病気?



 でも毎日元気な僕には、これがどんな病気なのかわからなかった。

 ……聞いたことあるような気がするけど。

 ただ、僕もうーちゃんと同じく、病気を持っていたことを、少しだけ嬉しく思った。その方が、うーちゃん

だって安心するだろうし。




 翌日から僕は、うーちゃんの病気を自分なりに調べてみた。

 でも『家庭の医学』にはどれも載っていなかったし、忍びこんだ父さんの書斎でも、ナースステーションで

も、それが解る本が見つけられなくて、僕はインターネットでそれを調べた。

 画面にビッシリと書かれていた病気の内容は、僕には初めての言葉ばかりで何が何だかさっぱりだった。

 僕は、それを全てプリントアウトすると、ランドセルに忍ばせた。

 これは僕の重要テキストであり、御守りだった。

 時間を見つけては、読めない漢字を調べ、解らない言葉を調べ、少しずつだけど、うーちゃんの秘密に近づ

いて行った。

 まだ、どんな病気なのかは解ってなかったが、ひとつだけ、治らないって事だけがわかった。





 夏になる頃、つば広の麦わら帽子を被ったうーちゃんが病院に来た。

 その時の僕はもう知っていた。うーちゃんはお陽様が苦手なこと。目が悪くて眩しいこと。日焼けが出来な

いこと。お陽様の下では遊べないこと。

 でも大丈夫。僕がうーちゃんのお陽様になるから。



「あーちゃん!」

 僕を見つけて、駆け寄りくっついて来たうーちゃんが可愛かった。

 病院の医師や看護師はみんな「兄妹みたい」だと囁いていた。

 僕には、三歳上の姉しかいない。自分より年下の子が自分を頼ってくるのは初めてだから、兄妹ってこんな

感じなのかと、くすぐったくて堪らない。

 学校の友達や下級生なんてどうでもよかったけど、うーちゃんにはどこまでも優しくしてあげたかった。 

どこまでも大事にしてあげたくなるのはうーちゃんが初めてだったから、僕はうーちゃんの前では大人になれ

る気さえする。

 うーちゃんの前髪は更に伸びて目を隠していたけど、横顔が少しだけ大人びて見えた。きっとうーちゃん

も、僕と居ると大人になるのかもしれない。

 ずっと一緒に大人になりたいな。彼女と。


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