小説『先生は女子大生』
作者:相模 夜叉丸()

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4月の朝7時ごろ、僕は電車に揺られていた。何のためか。高校に登校するためだ。東京の中心部から少し離れた場所にある学校に通っていたため、都市部に向う人たちとは逆の方向の電車に乗っている。向かいのホームに到着する電車はまさに人がすし詰め状態なのに対し、僕が乗る電車の車内はいつも驚くほど空いていた。昔は面倒で苦痛に思われた電車通学が今は本を読んだりあれこれ考え事をしたりと、くつろぎの時間になっていた。
 かわるがわる目に入ってくる風景を眺めていると電車が学校の最寄駅である駅に到着した。足元に置いていた
鞄を取り上げ、僕は電車を降りた。いくつにも連なる車両から人が降り、その中に同じ制服姿の生徒が混じっているのが見えた。
 一番後ろの車両から降りた僕はゆっくりとプラットホームの中央にある階段を目指し歩き始めた。同じように階段を目指す人たちの後姿を見ていた僕はふと、駅の周りに広がる景色を見下ろした。道沿いに咲く桜、吹いてくる風は麗らかな春らしく優しい何かを運んできた。
 「春だなぁ。」
 一人悦に入りながら、僕は足取りを軽くして、改札口に続く階段へ向った。
 道が入り組んだ住宅地を右に行ったり左へ行ったりして、町の大通りに面した坂を登っていくとそこに僕の高校があった。
 毎年同じだ。いくつもの下駄箱が並んでいる玄関を入り、上から二番目という取りやすい位置にある上履きを
床に落として履いた。中に何かラブレター的なものが入ってないかどうか(入ってることは今まで一度も無かったけど)チラッと確認してから僕のクラス、3年E組みに行った。
 教室にはもう黒板に書かれている出席番号を確認しながら席に座っているやつがたくさんいた。もちろん集まって喋っていたグループもあちこちにいたけど、半分くらいのやつは英単語帳を見たり、参考書にラインを引いたりと、作業をしてるのがいた。
 僕は黒板に書かれている自分の出席番号を確認し、その席へと移動した。どうやら、また後ろから二番目、真ん中の列の席らしい。
 気がつくと時間はもう八時半になろうとしていた。
 前の扉がガラガラッと開き、黒いスーツ姿の男の先生が入って教卓の前に立った。その瞬間周りの生徒がざわざわと少しだけうるさくなった。またあいつかよ、とか、あの先生知らないんだけど、みたいな声が聞こえた。
 「おーし、席ついてるかみんな。欠席は・・・いなさそうだな。じゃ号令、お前やれ。」
 と言って先生は生徒の一人を指差した。色白の骸骨のような男が俺なのとばかりに自分を指差した。一番壁側の前列にいた安西だ。仕方ないといった具合に安西は起立、礼、着席の三拍子をか細い声で唱え、一同は席から先生を見た。
 先生は黒板に力強くカッカッと名前を書いてから、僕らのほうを向いた。
 「ええ、今年からこのクラスを受け持つことになりました吉田です。初めて見る面々も多いが、どうぞよろしく・・・と。さて、これから君達は各々の進路に向けて活動しなければいけない年なのだが・・・。」
 そうだ、僕はこれから次のステップに向けて準備しなくてはならない。大学受験なんてまだ先、なんて思っていたのがついこの前だったように感じる。特に部活に精を出してたわけでもなかったし、勉強をガムシャラにしてたわけでもなく、ただ何となく過ごしてたから時間はゆっくり流れているかに見えたのに。
 「とにかく、我々教員は君らが少しでも希望通りにいけるようにするつもりだ。」
 吉田先生の話の後、クラスの委員長を決めてプリント配布をして今日は終了した。
 HRが終わると部活に行くやつ、教室に残ってエレキギターの練習をし始めるやつがいたが、僕は真っ先に教室を出て、2時間前に乗っていたあの電車がある駅へ向った。
 校門を出ると、僕の前には彼女と一緒に歩いているやつが複数いた。恐らくこの後二人だけのスウィートタイムに突入する気だろう。僕はケッ、と心の中で嫌悪を示した。
 その嫌悪の念がスッと消えた。後ろから誰かに肩を叩かれたからだ。
 「オッス。田中。」
 僕は呼ばれて振り向くと、木南がいた。僕は黙って木南を凝視した。何?と困ったように笑う短髪のそいつに一言言った。
 「また背伸びたでしょ。」
 木南と会うのも久々だ。終業式以来ずっと会わなかったし、見かけなかった。木南はこの高校入学当時からの親友だ。たまたま同じクラスでいろいろと話しているうちに仲良くなった。成績優秀で、人柄も良い為皆から好かれている。いわゆる優等生だ。しかし、時々周りから言われているのが、なぜ木南と仲良くしてるんだと同級生は言う。やつとは違って僕は偏屈な毒舌をまわりにかましたことがあってみんなからちょっと引かれているし、それに何度か自分のそのような性格のため、木南にも色々嫌な思いをさせたこともあるのだが・・・。
 だが別に互いにそんなことは気にしていない。やつが優しいからなんだと自己完結して、付かず離れずの良い関係は継続している。
 「ところでさ。」
 とぼとぼと住宅街の中を歩きながら木南は急に話を変えてきた。
 「田中は受験するんだよね?塾って行ってたっけ?」
 はっと僕は思い出した。
 「そうそう、行ってなかったんだけど、僕さぁ。明日から塾行くことになった。」
 木南は口笛をひと吹きし、それはどこだいと僕に聞いてきた。
 「市谷スクールってところ。個別指導のところなんだ。」
 ふぅとため息をつき木南は空を見上げながら呟いた。
 「そっか、とうとう田中も塾デビューかぁ。」
 「どうしたんだよ。急に。」
 木南は苦笑いしながら僕のほうを向いて言った。
 「うん、とうとう受験なんだなぁって思ってさ。こう周りが受験一色になっていくのってなんか気が重いというか・・・。」
 木南でもそんなことを思ってたのかと思いつつ、僕はやつの肩をポンと軽く叩く。
 「分かるよ。それ、うん。分かるよ・・・・。頑張りましょうぜ兄貴。あっしも頑張りますぜ。」
 江戸っ子口調で木南に言ってみた。半分僕自身にも言っていたような気がする。
 
 
 
 

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