小説『売店のおばちゃんとチョコレート・改稿版』
作者:STAYFREE()

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 次の日、平日にもかかわらず、女の子は姿を見せなかった。風邪でも引いて学校を休んだのだろうか。次の日、その次の日も女の子は現れなかった。そして、そのまま二週間が経った。今は夏休みでも冬休みでも春休みでもない。学校はあるはずなのに――。
 今日は来てくれるかな。祈るような気持ちで次の週の月曜日を迎えた。女の子は夕方四時にホームに姿を見せてくれた。あの子だ! 私はそれに気づき、ホッとして女の子が店に近づいてくるのを待っていた。
 ……でも、女の子は売店には寄らずにそのまま電車に乗ってしまった。私は思わず、店から飛び出して声をかけようと思ったが、ほかのお客さんが来て遮られてしまった。
 なんで、今日は夕刊を買わないで行ってしまったのだろう。 お父さんにもういらないっていわれたのだろうか。
 翌日、いつもの時間に女の子はホームに姿を見せた。私は、店から出て女の子に話しかけた。
「こんにちは」
「こんにちは……」
 返事をした女の子の顔に笑顔はなかった。
「新聞、もう買わないの?」
「うん。もう買う必要がなくなっちゃったの……」
 そういうと、女の子は目に涙をためて、今にも泣き出しそうな表情になってしまった。
「どうして?」
「お父さん、交通事故で死んじゃったの。もういないのお父さん。新聞も渡せなくなっちゃった」
「えっ……」
 私は何も言えなかった。ショックだった。とても悲しくなり、涙がボトボト零れ落ちてしまった。
「どうして、おばちゃんが泣くの?」
 女の子は不思議そうな顔で私を見つめる。
 私は堪らなくなって、女の子を抱きしめた。私に抱きしめられた瞬間に女の子もしくしくと泣き出した。 そのまま、ホームの真ん中で五分ぐらい抱きしめていた。周りの目など全く気にならなかった。
 次の電車が来た時に女の子は私の腕から離れた。
「もう帰らなくちゃ」
「うん、ごめんね。元気出しなよ」
「ありがとう」
 女の子が言ったこの一言が胸に沁み込んだ。一度落ち着きかけた涙腺がまた刺激された。
「頑張ってね」
「うん!じゃあね。バイバイ!」
「バイバイ!」
 この後、女の子は新聞を買うことはなくなったけど、小学校を卒業するまで、毎回、私の売店に来てくれた。会話はいつも取り留めのない話ばかりだったが、とても心が癒された。孫がいたらこんな感じなのだろうと、寂しさを紛らわすことができた。

 そして、もう一人、いつも気になっているお客さんがいた。きっと、私の娘と同い年ぐらい。仕事の帰りなのだろう、夜七時ぐらいに時々、チョコレートを買っていくOLさん。
 職場で辛いことが多いのだろうか、彼女がチョコレートを買っていくときはいつも暗い顔で悲しい表情をしている。
 勝手だけれど、私はまるで自分の娘のように彼女のことを気にかけるようになってしまった。でも、小学生の女の子のように声をかけるのは、勇気のいることだった。厳しい世の中だし、今の若い子は特に辛いことなどなくても、こんな感じなのかもしれない。そう思っていた。

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