第五話 交差剣槍2
「と言うわけだセイバー。ここから先は獲りに行かせてもらうぞ」
「それは私に獲られなかったときの話だぞランサー」
獰猛な笑みを浮かべたランサーの言葉にセイバーは涼しげに応えた。
じりじりと間合いを計っていたランサーは、セイバーに一突き入れた。
それをセイバーは当然のように剣で受け止めたわけだが、
「なっ!?」
セイバーの口から驚愕の声が漏れた。
別に、槍を防げなかった訳じゃない。ちゃんと、セイバーの剣で受け止められた。セイバーが驚愕したのはもっと別の事だ。
(風王結界が……解けた!?)
詳しく言うならば、一部分、ランサーの赤い長槍が触れている部分だけ、風王結界が解けていた。
鍔迫り合いを終え、後ろに跳んだセイバーは改めて剣を見た。
先程解けていた風王結界は既に元に戻っており、普段と何ら変わっていなかった。
「晒したな。秘蔵の剣を」
セイバーと同じく後ろに跳んだランサーがニヤリと笑いながら言った。
「刃渡りも確かに見た! 是でもう見えない剣に惑わされることはない!」
そう言ってランサーは連続で赤い長槍でセイバーに突きを入れ始めた。
「くっ!」
セイバーもそれに応戦して、剣で防ぎ始めたが、やはり、ランサーの槍がセイバーの剣に触れる度、その部分だけ|風王結界が解けていた。しかし、
(ここだ!)
自身のスキル、”直感”より導き出された答えにより、一撃を与えようとするが、
「っ!」
攻撃に失敗し、お互い手傷を負わせて一旦距離を置いた。
「セイバー!」
アイリスフィールがセイバーに向けて急いで攻撃を受けた場所――鎧が纏われていた腰の部分に治癒魔術を掛ける。
「大丈夫ですアイリスフィール。治癒は効いています」
そう言いつつもセイバーはランサーを見据えていた。
「やはり、そう簡単に獲らせてはくれないか」
ランサーも自身のマスターから治癒を受けながら苦笑して呟いた。
(ランサーの槍は、鎧が防ぐはずだった……なのに、私に傷が付いた)
セイバーはランサーに傷つけられて部分を触りながら考え、ふと気がついた。
(なんだ……? 鎧が傷ついていない?)
そう、槍で傷ついた筈なのに、セイバーの鎧には、それらしい傷が無い。まるで、素通りしたかのように。
(それに、さっきの風王結界は……)
風王結界は、空気を魔術により集め凝縮し、光を屈折させて剣を見えなくするセイバーの宝具。それが槍に触れた瞬間、何故かその部分だけが見えてしまった。
其処まで考え、セイバーは唐突に槍の能力に気がついた。
「そうか……ランサー、その槍の正体が少しずつ見えてきたぞ」
「ほう……」
ランサーが感心したように呟く。
「その槍は刃が触れた部分のみ魔力の流れを断つのだろう?」
「その甲冑の守りを頼みにしていたのなら諦めろセイバー。俺の槍の前には丸裸も同然だ」
ニヤリと笑うランサーに大して、ふん、と鼻を鳴らすセイバー。
「たかだか鎧をむいだぐらいでいい気になるなランサー」
******
(魔を断つ赤い槍……?)
シオンは、魔術を使い、セイバー達の会話の聞き、その中でランサーの槍の能力に引っかかりを覚えた。
(なんだ……? どこかで聞いた能力だな。何処だ)
英霊の座だろか。どこで聞いただろうか。
(何処だ……魔を断つ赤槍、魅惑の黒子。……まさか)
徐々にだが、ランサーの真名が把握出来てきたシオン。
(もしかして、あの男か……?)
******
セイバーの身に纏っていた鎧が霧散した。
アイリスフィールは驚き、ランサーは「ほう」と呟いた。
セイバーは自ら鎧を捨てたのである。残ったのは軽装の青いドレスだけだった。
「防げぬなら、その前に剣で斬り捨てる」
「……思い切ったものだな……乾坤一擲ときたか」
ランサーが感心したように言う。
つまりは、セイバーは鎧が奪われた不利を逆に鎧を捨てることで覆す気なのだ。
「だが、この場で言わせて貰えば――それは失策だったぞセイバー」
「さあ、それは……この一撃を食らってから言え」
そう言ってセイバーは剣の切っ先を自分の後ろの方に向けた。
『…………』
じりじり、とランサーがほんの少しずつ動いていた。その動きをセイバーは少しも眼を放さず見ていた。
そして、次の瞬間、ランサーが足下をずらし、ほんの少し、僅かだが、砕かれたアスファルトに足を取られた。
(……今だ!)
そう思い、セイバーはスキル”魔力放出”を発動し、さらに風王結界を解いて、風王結界のもう一つの能力を発動した。
凝縮されていた空気を一気に解放し、爆発的な加速を生み出し、一気に音速を超えるスピードでランサーに斬り掛かった。
しかし、
(あっ……!)
唐突にだが、ようやくシオンはランサーの真名に気がついた。そして、今まで何故気がつかなかった自分に文句の一つも言いたいところだった。
もし、自分の想像が正しければ、ランサーのもう一つの槍は……。
基本的に英霊が持つ宝具は一人につき一つだ。
しかし、二個や三個持つという破格のサーヴァントもいる。
つまり、決して宝具は単一とは限らない。
セイバー――アルトリア然り、シーカー――シオンも然り。
そして、ランサーも然り。