意を決して女の子に話しかける。
「・・・・・・あのさ、もうすぐ根岸駅だけど」
「うん、お兄ちゃん、話し相手になってくれてありがとう」
話し相手になんかなってないけど・・・・・・。
それでも少女は満足そうに僕に微笑みかけていた。僕もつられて微笑み返す。
すると少女は立ち上がり、扉の前にちょこんと立った。
『根岸―・・・・・・根岸――・・・・・・お出口は、右側です――・・・・・・』
アナウンスの後、電車のスピードが段々落ちていって、そして止まった。
扉が開き、少女はこちらを振り向くことなく、扉の向こうの外の世界に消えていった・・・・・・。
「ただいま」
「あ、兄ちゃん、おかえり」
少女と別れた後、電車を乗り継いで僕はいつもより30分以上遅くに帰ってきた。
玄関のところに弟の稔弘(のりひろ)がいた。これから塾に行くらしい。
「稔弘、これから塾?」
「うん。兄ちゃん、今日帰り遅かったね」
「ん? ああ、ちょっとね。あ、そうだ。これやる」
僕はポケットからリンゴ味の飴を出して稔弘に渡した。
「飴?」
「うん。余り物だけどな。いってらっしゃい」
甘党の稔弘は、「サンキュー」と笑いながらそれを口にして出かけていった。
それを見送ると、僕は靴を脱ぎスリッパに履き替えると、2階の奥の自分の部屋に行った。