小説『Butterfly Dance Night -完』
作者:こめ(からふるわーるど)

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 ソラが卵を取り返しに行き、無事に帰って来た出来事から数日が経った。ソラ自身に生傷がたくさんできていたものの、ソラの無茶をする性格はクラスメイトもだいたいわかっているようで「また怪我をしたのか」というようなかんじでソラを見ていた。
 今日もソラの周りは静かだ。自分では近づきにくいという雰囲気を出しているとは思っていないのだが、どうもソラの周囲には時々しか人がいない。ソラは教科書に目を落とす。
 その様子を遠くから見ているクラスメイトがいることは知っている。ソラに声をかけようとしてやめているクラスメイトがいるのも知っている。親切でソラが落とした教科書を一緒に拾ってくれるクラスメイトがいるのも知っている。
 だが、なんというのだろうか……この孤独。
 避けられているわけではない。近づきにくいという言葉が当てはまっていることは知っている。だからこそ、ソラは寂しくてたまらないのだ。
 誰か、話せる人いないかな。
 そう考え続けてもう四年になっていた。四年という年月は意外にもはやく、ソラはほぼ一人で四年間を過ごしたといえる。
 傍からみると寂しい人かもしれないね、僕は。
 そう自嘲気味に笑い、ふと後輩のヴィオラとコーベライトの二人が脳裏をよぎった。そういえばあの二人はいつから仲がいいのだろうか、二年生のクラスメイトとは前は色々あったらしいけど、今は仲が良さげだな。そう思ったところで少し二人のことが羨ましくなってきた。
 二人は学校を楽しんでいる。友達をたくさん作ってくだらない話をしたりたまには真剣な相談をしてみたり……本当はソラだってそんな学校生活を送りたいのだが、何故かだめだ。自分には無理なのかなと思って脳裏にある二人の笑った顔を無理矢理消した。
 本当は僕、二人のことが羨ましいんだ。
 そう思いながら気を紛らわすように開いた教科書を目で追う。次の授業である考古学の教科書の一つのページには、大きな樹のイメージイラストがあり、ソラはそれを見つめた。教科書の大きなタイトルには「世界樹」と書かれており、下に細かい説明があった。でもこれって信じている人とそうでない人がいるんだよね、と心の中で思った。
 教科書にある世界樹の表現は「世界一美しい樹」だ。本物を見た者がいるならそれは本当にあるのだろう。本当にあるなら、この地で命を終えるまでには見ておきたいなと一瞬だけ思った。教科書を閉じる。
 ソラの真剣に教科書を読んでいる姿は、お世辞にも近づきやすいとは言えない。
 何故ならその姿は真剣で、声をかけてはいけないというオーラを出しているからだ。だが、そんなソラに近づいてくる者がいた。
「ソラ?」
 名前を呼ばれてソラは顔を上げた。そこには一人のクラスメイトがいて、手には一冊の座視を持っていた。勉強に関係ないものを持ってきてはいけないのではないか、と思ったが口には出さずに「どしたの?」と問う。
「あのさ、ソラって最近二年生の後輩と仲いいよな?」
「うん。ヴィオラ君とコーベライト君の事?」
 クラスメイトはそうそう、と頷き、手に持っていた雑誌のページをソラに見せる。
「その後輩の、ヴィオラとコーベライト?がこの雑誌見てちょっと騒いでたから借りてきたんだけどさ。……この雑誌の論文どう思う?」
 そう言われてソラはクラスメイトが差し出したページの論文を読む。そして読んだ後は真っ青になり「これって……どういうこと?」と問うた。
「いや、俺もよくわかんねぇんだけど、なんとなくあの後輩が騒いでいる理由がわかったような気がしてよ。本当は先生に聞こうと思ったんだけど、ソラが教科書の世界樹のページ読んでたから聞いてみようと思って」
 そしてクラスメイトは続ける。
「事情聞いたらかなりの問題作の論文らしくて……ほら、この作者、スッタードっていう名前、たぶんペンネームだと思うんだけどさ、結構問題作書くっていう噂だよな」
 ソラはそのスッタードという人物の論文に目を再度通す。その論文の内容は恐ろしい、というよりも寒気がするものだった。
 論文には「世界樹は人のエネルギーを原料にして生きている。特に空の大陸の翼ある者のエネルギーは膨大で、それを吸いこんでいる世界樹は力強い」とあった。ここまで繰り返り読んで、吐き気がしたので続きを読むのをやめた。まさか先ほどまで教科書で「美しい」と称されていた世界樹についてここまで薄気味悪い論文を書く人がいるのか。しかも今まで知らなかった世界中の秘密。たぶん発売日の今日あたりにこの雑誌には苦情がたくさんくるだろうなと予想して「見せてくれてありがとう」とクラスメイトに雑誌を返した。
 クラスメイトは「おう」と言って受け取り「じゃあ、これヴィオラとコーベライト?だっけ?に返してくる」と言い、背を向けて歩き出そうとした。
「そういえばさ、俺思ったんだけどさ」
 クラスメイトはソラのほうを向いていた。ソラはどうしたのかと首を傾げて次の言葉を待った。
「ソラって今まで近づきにくいっていうか、近づいたらだめなのかと思ってた……。でもこんなに近づきやすい奴だって、今日知った。ごめん」
 そう言われてソラはぽかんとしている。そして次の瞬間おかしそうに笑う。
「そっか、そんな風に思われていたんだね」
「なんかオーラが違うというか、なんというか」
「そうかぁ……」
 少しさっぱりとした気分で話していると、ソラは言ってみたかった言葉を口に出していた。
「あのさ」
「どうした?」
「よかったらまた、話をしに来てほしいな。僕も近づくと思うけれど」
 そう言ってソラは照れたように笑った。

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